40 執着の結末
当たり前のようにドアを開けて入ってきた人物を、ヘルヴォーラは睨みつけた。
「やはり、おまえだったんだね。シャルル――シャルルフレイ」
「一二年ぶりなのに、わかるんですね。血のつながり――というものですか?」
シャルルフレイは室内に入ると、断わりを入れることなく木窓を開けた。
月の光が彼を照らし、夜の風が部屋の温度を下げる。
ヘルヴォーラは、椅子に腰かけたまま孫の姿を見ていた。
「化け物が今さら何をしにきた」
「二度目ですね、あなたからそう言われるのは」
「何度でも言ってやるさ」
「僕の血が気にいりませんか?」
「………」
「呪いというものに一番こだわっているのは、あなたですね。卑屈な生き方だ」
「おまえにはわかりはしない」
「誰にも他人の心などわかりませんよ」
「……目的は、私か? なら、さっさとやればいい」
「ナージェディアを育ててくれたことには感謝しています」
「あんたに言われる筋合いはないね」
「母が亡くなった時以来ですね、こうして会うのは――」
彼の母、ラクシャミーアは、村から離れた粗末な小屋に幽閉されていた。
母が亡くなった時、その場所には、彼と妹、そして、祖母の三人がいた。
「忘れたね」
ヘルヴォーラは視線をそむける。
初めて、彼女の瞳が怯えの色に染まった。
「彼の名前は何というのですか?」
「………あのヒューマンの男かい」
ヘルヴォーラはいぶかしげな声を上げる。
「ヒューマンではなく、異界者であるのはあなたもわかっているはずです。それで、名は?」
「なぜ、そんなことを訊く?」
シャルルフレイは、微笑みを浮かべていた。
「なるほど、あの男を恐れているのか。化け物同士というのは、本当のことか」
「化け物? それは、私と同じという意味ですか? 彼にも私たちの血が――?」
「――私は、今だって間違っているとは思っていない。おまえの母は狂っていた。あれに育てられれば、子は空へとまっすぐに育たない」
うつむき、ヘルヴォーラはとうとうと語る。彼女は、シャルルフレイの問いにまともに答えなかった。
意識的にやっているというよりかは、無意識の内にやっているようだ。
「――そうですか。でも、僕は、母に育てられた。じゃあ、僕は、どこに向かって成長したんだろう?」
「私だけにしな」
祖母は孫の顔を見る。
「もう少し話していたかったけれど、時間切れですね」
シャルルフレイは、短剣を垂直に振り、目の前の女の命の流れを断った。
重力に従い、青い血が流れ落ちる。
会話の途中であること、何より同じ血が流れている存在を消すことに、彼は何の躊躇もしなかった。精神の異端性が垣間見えている。
シャルルフレイは、ドアへと視線を投じた。
ドアが開くと同時に、強烈な光が彼の網膜を襲う。
「ようやく、対面だな」
隠しきれない苛立ちのまじった声が、新たな対決の鐘を鳴らす。
坂棟克臣は、ヘルヴォーラの死を感知していた。わずかな差で間に合わなかったのだ。
この時、彼女の遺体を含め、部屋ごとまとめて破壊していれば、勝負は一瞬で決していただろう。
だが、彼は別の手段を選んだ。それは敵を滅ぼす以外のことに意識を向けてしまったことに起因する。彼の背後に駆けてくる若いダークエルフの娘の事を考えてしまったのだ。
もちろん、敵を逃すつもりは毛頭ない。
初手に光球を放ち、間をおかずに念糸を飛ばす。
常人が相手であれば、この攻撃は決定的な効果を上げたはずだ。
だが、シャルルフレイは常人ではなかった。
赤い鮮血を飛散させながら、侵入者シャルルフレイは、開けられた木窓から外へと跳びだしたのである。
人間を越えた異常な反射速度であった。
坂棟は高熱波を放つ。
エネルギーの奔流はすべてを破壊して進んだ。
壁が消失し、外との区切りが消えた。
坂棟は、そのまま外へと飛び出る。
――六体の魔族を感知した。
おそらく、ダークエルフが魔族化したのだろう。
セレンキーアの両親と同じだ。
(セイ、魔族をやれ。一体だけは、生きたまま捕らえろ)
薄い反応ではあるが、坂棟はシャルルフレイを感知している。
傷を負ったことで乱れが生じ、そのかすかなノイズが、坂棟にシャルルフレイの存在を教えていた。
坂棟は、狙いにあたりをつけて、高熱波を放つことを考えた。
だが、それをなせば、他のダークエルフを巻きこむことになる。ダークエルフの家を破壊してしまうからだ。
明らかに、シャルルフレイは、それを意識して逃走経路を選んでいる。
坂棟は、シャルルフレイがどれほど危険なのかをはかれていない。
戦いに関係ないダークエルフを巻きこんで、なお、倒さなければならないのかの判断がつかなかった。
正面から戦えば、坂棟がシャルルフレイを完封するだろう。坂棟に直接危害を加えることは、おそらくできない。
だが、彼の民は危険におかされていた。
「みんなを助けてください!」
ナージェディアの願いのこもった悲痛な叫びが、夜の空気を裂いた。
セレンキーアの笑顔が、坂棟の脳裏をよぎる。
彼は、高熱波ではなく念糸を放った。ダークエルフを助けることを優先したのだ。
念糸は、シャルルフレイと、魔族化したダークエルフへ向けて放たれていた。
今まさに、襲われようとしていたダークエルフを坂棟は救ったが、シャルルフレイへの攻撃は避けられた。
攻撃が見えていたとは思えない。
勘で避けているのだ。
あのダークエルフはおそるべき直感を有している。
そして、シャルルフレイの気配は森の闇に溶けこんだ。
坂棟は跳躍し、そのまま空を飛ぶ。
彼は空中から狙いをつけると、シャルルフレイが逃げたと思われる一帯に向けて、高熱波を放った。
爆発が森を削りとり、轟音が静寂を引き裂く。
坂棟の攻撃は、それだけでは終わらなかった。
彼は、村の周囲一帯へ、高熱波を落とし続けた。
徹底した破壊が行われる。
その夜、ダークエルフの村の周囲に荒地が生まれた。
ダークエルフの村には被害は出ていない。
坂棟が見えない防壁をつくり、村を守っていたからだ。
坂棟は、シャルルフレイを感知することができなくなっていた。完全に見失ったのだ。
彼は、光球をいくつも作り出し、村の周囲を明かりで灯した。
荒地となった周囲を念入りに調べ上げる。
時間をかけての捜索は、だが何の成果も上げることができなかった。
普通に考えれば、坂棟の攻撃は、シャルルの遺体までも消し去ってしまったというだけのことになる。わずかな時間で荒地を生みだすほどの威力だ。その判断は間違っていないだろう。
だが、坂棟はなかなか捜索を止めなかった。
彼は、シャルルフレイが生きているという疑いを捨て切れなかったのだ。
坂棟はシャルルフレイに一種の執着を見せている。
シャルルフレイというより、有能な存在と表現したほうが正しいだろう。
彼自身は、そんなことは微塵も考えていない。
執着を持っていると考えたとしても、それはセレンキーアの死に対する怒りのためだ、と解釈しただろう。
間違ってはいない。
だが、それはすべてではない。
組織の雛形のようなものができた頃から、彼の欲望は人材獲得へ向けられるようになってきていた。
思考の表面にあるのは、誰かいればいいな、という軽いものであるが、少し深く潜れば、人材への執着が鎌首をもたげているのがわかるはずだ。
シャルルフレイの存在を知った時から、坂棟は、どこかで、彼を自分の配下にしたいという思いを抱いていたのだ。
だからこそ、今回、彼の思考は、常に防御にまわっていた。後手を踏んだ。
殺さずに捕らえたいとの思いを、彼は知らぬ間に育てていたのである。
だが、一方で多くの命を無残に奪った男に対して、本物の怒りを抱いていたことも事実であった。夢を抱いていたセレンキーアの笑顔を消したことを、彼は許すさない。




