39 影は冷たく、生者は惑う
木陰に人影がある。
夜の闇に、彼は完全に溶けこんでいた。
彼の計画は大きく変更を余儀なくされている。
二人の人間がすべてを台無しにしていた。
その内の一人は、記憶にある顔立ちとどこか似ていて、見慣れない服装をしていた。最も重要な事実は、底知れぬ力を持っていることだった。
彼は奴隷商と黒髪の男の戦いを観察した。
黒髪の男は、奴隷商が来ることを早い段階で察知していたようで、ダークエルフに指示を与え、事前に迎撃の準備をしていた。
戦いが始まると、奴隷商は男の力を感じとり、すぐに戦いをやめようとしたが、まぎれこませていた者たちを使って、彼は戦闘を継続させた。
だが、たった二人の手によって、奴隷商の一隊はあっさりと潰滅させられた。
やられた者たちは、敵の攻撃方法さえわからなかっただろう。
だが、外から観察していた彼は、二人の男の攻撃方法を推測することができた。
おそらく、黒髪の男は、何かを飛ばして攻撃し、大柄な男は、精霊をもちいて戦っている。
といっても、黒髪の男は、具体的に何を飛ばしているのかはわからなかったし、エルフではない大柄な男が、精霊を利用できたことも不気味だった。
だが、彼にとってもっとも脅威であったのは、男が、どうやって奴隷商の行動を予知できたのかという問題である。
視認する必要がなく、人間のいる場所がわかるのだとしたら、それはおそるべき能力だ。もしそんな力があるのだとしてら、彼は撤退をはかるよりなかった。
しかし、疑問が残る。
いまだ彼の存在がばれていないのである。
少なくとも完璧な力ではないようだ。
黒髪の男のあやつる力がどういったものなのか、その力にどういった条件があるのかを探る必要があった。
容易なことではないが、放置するわけにはいかない。
――目的を果たすには、あの黒髪の男は大きな壁になる。
そんな予感を彼は持った。
まず、自分の居場所が本当にばれていないのかを、彼は調査することにした。
闇にまぎれて村に入り、彼はセレンキーアの部屋に忍びこんだ。
セレンキーアを選んだ理由は、村の中でもっとも好奇心の強いのが、彼女だからだ。疑心を抱かれることなく、村の外へ連れだすのに最適なのだ。
実際、セレンキーアは親切なほどに協力的だった。
村から出たが追手はない。
どうやら、彼の位置はあの黒髪の男にはわからないらしい。
だが、まだ問題はある。彼の居場所はわからなくても、セレンキーアの位置はわかるかもしれないということだ。
彼はゆっくり冷静に行動した。
だが、邪魔はまったく入らない。
反応はまったくない。
油断しているということか。やはり、力に何らかの欠陥や条件があるのだろう。
「ホント、久しぶりね。本物?」
「ああ、一二年ぶりかな」
セレンキーアは人懐っこいところも変わっていなかった。
彼にとっても、彼女は懐かしい存在だった。
「どうして、こんな夜中に?」
「僕は嫌われているからね」
「ああ、ヘルヴォーラ様ね」
「よくわかったね」
「それはわかるわよ。でも、大丈夫。全部変わるから」
「どういうことだい?」
「あのね、私たちは、外の世界で暮らせるようになるの」
「外の世界で? 本当に?」
「ええ、ホント。今、村に来ている人がいてね。これは内緒よ」
「内緒の話?」
「そう。あのね、ラバルという町があるの。そこではね、種族なんか関係なく暮らせるの。もちろん、奴隷としてではなくよ」
「そんな夢みたいな町があるかな?」
「うん、夢だよね。でも、神様に見捨てられた私たちは、これまで夢なんか見られなかった」
「そうだね」
「うん。だから私楽しみなの」
セレンキーアはにっこりと笑った。
刃閃が煌めき、青い花が夜に咲いた。
満面の笑顔のまま、彼女の命は闇へと散った。
セレンキーアの身体は、ゆっくりと後ろに倒れ、木にぶつかると、重力に従い崩れおちる。
「おやすみ、セレンキーア。良い夢を見られるといいね」
月明かりの銀光に、彼の顔が照らされた。
――シャルルフレイ。
月の美しさを持つ男だった。
この時、シャルルフレイは新たな計画を立てた。
いずれにせよ、結果は同じだ。多くのダークエルフの命を奪い、ある一人のダークエルフの命だけは完璧に消す。
その場を去る時、彼は一度として振り返ることはなかった。
移住を決定した初日の内に、半数近くのダークエルフの移動を終えていた。
夜となり、騎獣を休ませるために移動は中止されている。
坂棟は腕と足をそれぞれ組んで座っていた。
目をつぶり集中している。住人以外の気配を感じ取ろうとしているのだ。
暗闇に、彼は完全に沈んでいた。
――やられた。
「やはり、わからない」
坂棟は瞼を開け、ナージェディアの家を飛びだした。
彼は、ダークエルフの生命反応が消えたことを感知したのだ。
坂棟は殺人者を、犯人ではなく敵だと断定した。
ラバルの国民となるはずのダークエルフに、これ以上犠牲者をださせるわけにはいかない。
やられた家は、ナージェディアの家から遠かった。
坂棟は、殺害現場に向かう途中も集中していた。
念糸を方々に飛ばしながら、影に隠れた敵をあぶりだそうとする。
だが、触れる物はない。
結局、敵とは遭遇しなかった。
坂棟は家へと入る。
生者の気配はない。
坂棟は一つだけあるドアを開けた。
ベッドの中で、息絶えたダークエルフの男がいる。
首を切られていた。
殺傷痕には、感情がなく、躊躇もない。
敵は、またもや冷静に目的を遂行していた。
セレンキーアの時と同じである。
坂棟は、あえて光の球を頭上につくる。
光球が室内を明るく照らした。
夜の闇中で、この家のみが光を放っている。
格段に目立つ。もちろん、坂棟はわざとやっていた。
襲ってくるのなら、むしろ都合が良い。攻撃時に敵の居場所も知れるからだ。
だが、攻撃はない。
死体の状況と周辺を観察するが、痕跡となるものは視認できなかった。
「化け物」という文字も残されていない。
これ以上ここにいても意味はないだろう。
敵は村に攻撃を開始した。目的を達成するまで、その行動が止まることはないだろう。
防御しなければならない。
だが、各家にダークエルフがそれぞれいるという状態は、防衛にまったく向いていなかった。
保護するという決めた瞬間から坂棟にはダークエルフを守る責任がある。防御の徹底を欠いたのは、彼の失敗だった。どんなことであろうと対処できるという自らの力への傲慢が、油断を招いたと言っても否定はできないだろう。
(お館様、敵が現れました)
セイからの念話に、坂棟は走りだす。今必要なは思考ではなく行動である。
光球は消した。
敵がシャルルフレイであるのなら、関係の濃い血縁者に何らかの反応があることは容易に予測できる。
恨みを考えるのならヘルヴォーラの身が危険だ。だが彼女は何かを隠している。その言を信じて行動するのは危険に思えた。
結局この夜、坂棟は、セイに対してナージェディアを重点的に護衛しろ、と命じた。
その時の彼に明確な根拠はなかった。
だが、どうやら坂棟の勘は当たったようだ。セイの報告が事実を物語っている。
ただし、坂棟も敵の陽動と思われる行動に引っかかっていた。
彼は、急いでナージェディアの家に戻らなければならなかった。
ナージェディアは、木窓を破って侵入してきた相手と対峙していた。
すぐに、ドアを開いて、セイが室内に飛び込んできた。
セイがナージェディアの部屋に入ってきたのは、侵入者とほとんど同時であった。
彼女はセイの背中にかばわれた。
「あれは魔族だ。そのまま動かないでもらいたい」
セイがナージェディアに言う。
だが、彼女はセイの言葉に従わずに、魔族の姿を見ようと彼の背中から顔を出した。
見覚えのある影だったのだ。
「セールガットさん」
それは、セレンキーアの父の名前であった。
「魔族じゃありません。あれはダークエルフです」
「魔族だ」
「いいえ、違います。あなたも私たちを魔族だというのですか!」
セールガットが襲いかかってきた。
その瞳には理性は見られず、欲望が宿っている。
尖った牙を見せ、セイを捕らえようと両腕を伸ばしてきた。
セイは、セールガットの腕を取ると、壁に投げ飛ばした。
「ちょっと、手荒にしないでください」
ナージェディアはセイの腕をつかみ、全体重をのせて動きを阻害した。
その時、彼女の背後にあった扉から、新たな影が揺れ動いた。
ナージェディアは気がついてない。
セイもまったく反応していない。
新たな影は、ナージェディアの首筋に噛みつこうとしたまま、かたまる。
影の首がすとんと床に転がった。
「え?」
物音に反応して、ナージェディアだけが振りかえる。
人影がゆっくりと倒れているところだった。
部屋に明かりが灯り、室内が照らされた。
「どうして? セレンミールさん!」
離れ離れになった首と胴体を見て、ナージェディアが叫んだ。
「セイ、始末しろ」
坂棟がドアの前に立っていた。
従者は主人の命令を忠実に守る。もちろん、彼は、主人の存在をずっと感知しつづけていた。背後の敵は、主人が倒すとわかっていたのだ。
「やめて!」
「冷静になれ。今、この村は攻撃を受けている。このままじゃ、やられるかもしれない。いや、すでに大きな遅れをとっている」
魔族まで現れていた。
想定しないことが起こっている。
ナージェディアを襲った二人を見て、坂棟は、自分の勘が外れていたことを悟った。
セレンキーアの両親は捨て駒だ。
敵の本命は別にある。
ダークエルフを全滅させることか?
「違う」
坂棟は身をひるがえした。
この騒ぎにあって、静寂を保ったままのドアを、彼は開けた。




