38 影に潜むもの
坂棟が家に戻った時、屋内は静まりかえっていた。
午前中だというのに室内は薄暗い。
彼は、ナージェディアの部屋の前に立った。
室内に人の動く気配はないが、いることはわかる。
坂棟はドアを叩こうとしたが、彼の行動はとめられた。
彼女の祖母に呼びとめられたのである。
「孫は休んでいる。休息を邪魔するようなことはやめてほしいね」
「俺は話がしたいんです」
「ずいぶんと我がままな客人だ。いや、ダークエルフに対しては、皆そうか」
「違いますよ」
「何だって?」
「俺は、どんな種族だろうと変わらず我がままを言います」
「……威張って言うことじゃないね」
ナージェディアの祖母は、自分の部屋のドアを開けた。
彼女は振りかえって、坂棟に告げる。
「何してるんだい、さっさと、来な」
「じゃあ、おじゃまします」
坂棟は、ナージェディアの祖母に続いた。
部屋に入って、坂棟はようやく彼女の名前を教えてもらった。
――ヘルヴォーラ・ヴェルサンティ。
ヴェルサンティという氏は、エルフでは三氏族として特別に扱われ、歴史のある一族であったということだ。
誇りなのだろう。坂棟が質問したわけではないのに、自ら教えてくれた。
ヘルヴォーラはベッドに腰かけ、坂棟は丸椅子に座った。
「それで、訊きたいことはなんだい?」
「この村から出ていった人がいますか?」
外部の者が犯人であると仮定する。
その場合、余所者がこの村を発見する可能性より、この村をもともと知っていた人間が外に伝えた可能性の方が高い、と坂棟はみた。
「そんなやつがいたら、村で騒ぎになるだろうね」
「ここ数年、いや、十数年前でもいい」
「……そんなことを聞いてどうする?」
「セレンキーアを殺した人物に心当たりがありますか?」
「ないね」
「化け物」
坂棟は、口調を変えて呟いた。
「……何のつもりだい?」
「憶えがありますか? 殺害された現場に、書き残されたものです」
「そうかい」
ヘルヴォーラは短く返事をした。
だが、平静という仮面には、ヒビが入っている。
「犯人の目的は、どこにあると思いますか?」
「なぜ、私にそんなことを訊く?」
「知っている人に教えてもらった方が早いでしょう」
「私が犯人を知っている?」
「ええ、他の人たちは、『化け物』という単語にそこまで反応しなかったし、警戒心も表さなかった」
坂棟の視線を、ヘルヴォーラは正面から受けとめた。
もう一度、鉄仮面をかぶったようだ。
「あなたくらいです。『化け物』という言葉に反応したことを隠そうとしたのは――知られないようにするということは、そこに隠していることがある、ということでしょう」
「……嫌な男だ」
「褒め言葉ですか?」
「文字通りの意味しかないよ」
ヘルヴォーラは視線をそらした。
「誰かこの村から出ていった人がいますね」
「ああ、二人いる」
「二人?」
「そう、二人も、だ。ナージェディアの母と兄さ」
「二人は、いつこの村を離れたんです」
「一緒じゃないよ。まず、母親が出ていった。そして、二人の子供を連れて、この村に戻ってきた。もちろん、一人はナージェディアだ」
「また、出ていったんですね」
「ああ、兄が一人でね」
「いつ頃ですか?」
「もう、ずいぶんまえさ」
「どれくらいです?」
「一〇年以上前の話だ」
「一〇年?」
なぜ、今になって?
一〇年生きのびて、今わの際にこの村の位置を誰かに明かした、ということだろうか。
本人が金欲しさのために村を売った、ということもありうる。
可能性は無数だ。
だが、無関係な者が犯人であるのなら、殺人をする理由がわからない。
ヒューマンならダークエルフを奴隷にするはずだ。
ヒューマンは犯人ではない?
「あれは、この村のダークエルフ全員を恨んでいるのだろう。見当違いだがね」
「なぜ?」
「母親が幽閉されたからさ」
自虐的な笑みをヘルヴォーラは浮かべた。
「あなたの娘のことですね」
「ああ、そうだよ。勝手に外へ出て、都合が悪くなると帰ってきた。身勝手な女さ」
「あなたが幽閉したんですか?」
「そうだ」
「その人は、今どうしていますか?」
「死んだよ」
「……なぜ?」
「言いたくないね」
ヘルヴォーラの口調には弱々しいものがまじっていったが、拒絶の意思は明確だった。
坂棟は問いただすことをしなかった。
ここでこじらせて、話をうちきられるわけにはいかない。
動機を持った相手がわかったというのは大きい。
まだ、情報を訊きださなければならないのだ。
「仮に、ナージェディアの兄――」
「シャルルフレイだ」
「そのシャルルフレイが生きているとしたら、母親を幽閉したあなたのことを憎んでいると思いますか?」
「それだけじゃない。私は、あれをこの村から追放したんだ」
「その決定に彼は従ったんですか?」
「ああ、あっさりとね」
「処分はそれだけ?」
「そうだ」
坂棟は、なぜシャルルフレイの命を奪わなかったのだろうか、と考えた。
彼がヒューマンに捕らえられたら、拷問によって村の場所を吐かされるだろう。
いや、ダークエルフを恨んでいるという彼ならば、積極的に教える可能性も高い。
外に出ればダークエルフは生きられないから、追放は死罪も同然と考えた?
だが、シャルルフレイの母親は、外に出て帰ってきたという事実がある。
処分のあまさは、孫に対する情だろうか。
「あれはね」
ヘルヴォーラは手で額を抑えた。
「あれは天才だった。当時でも私にできるのは、追放が精一杯だったよ」
シャルルフレイは、ごく短期間で驚くべき速度で知識を吸収した。
ヘルヴォーラは何も教えていない。
自ら本を読み、そしていくつかの質問をした。
彼女が答えを窮するような質問だった。
ヘルヴォーラは、シャルルフレイの言葉で忘れられないものがある。
「ダークエルフの肌や血の色が排斥される原因なら、エルフやヒューマン、他の種族でもいいけど、さらってきて、血をまぜればいい。その実験はやったの?」
まだ、十にも満たない子供があっさりとそう言った。
ヘルヴォーラはその意見におぞましさを、意見を言った子供に恐怖を覚えた。
「やったんですか?」
「おぞましいことを言うな」
「そんなおぞましいことを言った少年を追放ですか?」
「ああ、そうだ」
「禍根を残すとわかっていても?」
「ああ、そうだよ。今頃、シャルルは化け物に成長していることだろう。あんたも、私らにかかわってないで逃げることだ」
「化け物ね。俺も一人知っています」
ヘルヴォーラが目で問いかけた。
「そいつ、坂棟克臣っていうんです。ヒューマンの神法術師から、化け物と呼ばれていましたよ」
坂棟はナージェディアの家の前にいた。
すでに昼を過ぎている。
気温が低いためか、外にいるダークエルフは一人もいない。
坂棟はたいして寒さを感じていなかった。
彼は、セイの主人であるためその力を吸収して、多少精霊力を身につけているのだ。
昼食はとっていない。
この村は慢性的な食糧不足なのだ。
いつ、犯人が現れるかわからない以上、坂棟もセイも村から離れるわけにはいかなかった。
一人で警戒にあたるのは限界がある、と彼は考えていたのだ。
感知できない人間が何人もいるとは考えたくないが、それへの対処である。
敵が多くいると坂棟には思えない。だが、敵の人数が判明していないという事実があった。
対応は安全側にとるしかない。
警戒は強めておくべきだった。
坂棟は地面にあぐらをかいていた。
頬杖をついた、その上にある顔にはまるで感情がない。
ひどく機械的な印象だ。
ヘルヴォーラの話から犯人候補はできた。
シャルルフレイが犯人ならば、外部犯が確定し、村人はさっさとラバルに移動させればよいということになる。
だが、内部犯の可能性が完全に否定できたわけではなかった。
しかし、このまま村に滞在しても、状況は悪くなるばかりである。
援軍を呼ばれる可能性だってある。
多数で来られたら、ダークエルフたちの動き次第では、犠牲を出すことだってありえるだろう。
詳細な情報がない以上、最善の行動を選択することは難しい。
何者が行っているのかを特定する完璧な情報など、期待するほうが無理がある。
よりよりと考えられる方へ、舵を切るべきだ。
坂棟は決断した。
彼はラトと連絡をとった。
騎獣をよこすように命じる。
さらに、ダークエルフの生活する場所を確保しておくことをあわせて指示した。
しばらくの間、彼らには同じ所で生活してもらう。
内部犯であった時の監視と、他種族との交流がうまくいかない時に、守りやすいようにするためである。
坂棟は、騎獣によってダークエルフを移住させることにしたのだ。
人数が少ないからこその計画である。
騎獣を使って、空を移動すれば、潜んでいる何者かもつけてはこられないだろう。
追おうとすれば、姿を現すことになる。
正体をあきらかにすれば、坂棟としては、捕らえることも始末することも可能だ。
ただし、騎獣をもちいたやり方でも、一日という時間がかかる。
騎獣の数は、セイの獅翼をいれても、四頭しかいない。
誇り高い蒼一角馬は、坂棟以外を背に乗せることはない。
一頭につき、二人騎乗したとしても、一度に移動できるのは八人である。
つまり、五往復する必要があった。残りの二人は、セイが運ぶ。
五往復を連続して運ぶことはできない。騎獣にも休憩は必要なのだ。
夜通しというわけにはいかないのである。
一夜、この村で過ごさなければならないということだ。
視界の悪くなる夜が勝負となる。
坂棟は立ちあがった。
彼は、これから村人の説得にあたらなければならなかった。
実は、ラバルに移住するよう彼はヘルヴォーラに提案したのだが、色よい返事はもらえなかった。
かってにすれば良いとのことである。
ということで、坂棟はかってにすることにした。
「何かするつもり?」
背後からの声に、坂棟は振りかえった。
「ああ、皆を移住させることにした。食べ物と身の安全は保障する」
「また、それですか?」
「君たちにやってもらいたいのは、事務作業。物を書いたり、計算したり、資料を作ったり、資料をまとめたり、と言うあたりかな」
「なぜ、今なのですか?」
「害を与えようとしている何者かが潜んでいる可能性がある。だから、安全な場所に移動する。おかしいか?」
「すべてあなたの計画どおりみたいですね」
「そうだな。余所者という事実が、いちいちそう見せる」
「すみません。本気で思っているわけじゃないです」
「村人の説得に協力してほしいんだが」
「ええ、わかりました」
「今日中に二四人移動させる。候補をあげてくれ。俺が無作為に選ぶより、いくらかマシだろ」
「わかりました」
この後、ナージェディアは、坂棟に最大限の協力をしてくれた。
予定どおり二四人がラバルへと運ばれた。
急遽立てられた計画ではあるが、進行は順調である。
だが、坂棟には気になることがあった。
ナージェディアに元気がないのだ。
時々ふと何かに気をとられる姿があった。
もちろん、セレンキーアの死が関係していると考えるのが普通だ。だが、彼女は、友人の死体を見て、奇声を上げて気絶するという不自然とも取れる反応をした。
それが坂棟には引っかかる。
ナージェディアは、母と兄のことを憶えていないはずだと、彼女の祖母は坂棟に告げた。
祖母は嘘を言ったつもりはなく、本気でそう思っているのかもしれない。
だが、それは彼女の思いこみということもありえた。ナージェディアは知っているのかもしれない。
心の中など誰ものぞくことはできないのだ。
「何か気になることでもあるのか?」
「いえ、ありません」
「とてもそうは見えないけどな」
「わからないんです。自分でもわからないことを人に説明なんてできません」
「困ったことだ」
「ええ、本当に」
眼鏡の下にあるナージェディアの金銀妖瞳は、どこか遠くへ向けられている。




