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36 消える命




 坂棟は、ダークエルフの村で一夜を過ごした。

 ナージェディアの家に宿泊したのだが、彼女の家は三部屋しかなかった。

 祖母の部屋、ナージェディアの部屋、そして、リビングとでもいおうか。そのリビングで、坂棟は睡眠をとったのである。


 翌朝、陽射しに空気が温められる前に、坂棟は、ナージェディアの協力のもと住民を集めた。

 ほぼ全員が集まった。

 衆目を一手に集めた坂棟は、気負う様子もなくラバルへの移住を提案した。

 大人しくダークエルフたちは話を聞いたが、反応は芳しくない。

 目を輝かせていたのはセレンキーアくらいのものだ。


 大声で正面から反対の声をあげる者はいなかった。

 ほとんどが隣に小声で話しかけている。

 ラバルの存在が信じられない、だとか。

 そんな条件は嘘だとか。

 奴隷にするつもりだろう。

 などと、口では言っているが、どこかダークエルフの言葉には真剣みがなかった。


 彼らにすれば、騙されるだとか奴隷にされるというのは、すぐ側にありうる過酷な現実のはずなのに、恐怖や嫌悪があまり感じられない。

 感情が薄いのだ。

 表面に浮いている言葉や感情をすくえば、その下には、諦観というあまりに深い海があるのではないか。

 ダークエルフの集団は、いくらか議論をおこなったが、議論は白熱することなく、結論も出ないままに解散となった。


 今のところ、坂棟は、成り行きを見ているだけで何もしなかった。

 無理やりこちらが引きあげねば動かないかもな、と、彼はダークエルフの移住に関して考えた。

 肯定であれ否定であれ、積極的な意思を持っているのは、ナージェディアとその祖母セレンキーアくらしか見当たらない。


 ラバルの方での受けいれは、大丈夫のようだ。

 ラトは、文官として高い能力が期待できるとわかると、積極的に賛成した。

 ダークエルフという特殊な種族であることについては、特に問題としなかった。

 彼は、ダークエルフに関して、「そういえば、いましたね」という程度の認識であった。


 問題は、移住の方法である。

 ナージェディアによると、ダークエルフは四三人しかいないという。

 人数が少ないというのは楽だ。

 それでも、移動時間はかかるし、一定の秩序をもって行動してもらわなければならない。

 スムーズに事を運ぶには、やはり、この集団の長であるナージェディアの祖母に音頭をとらせるのがいいだろう。


「ところで、ナディア」


「ところで、って何です?」


「知りあいが大勢で訪ねてくる予定はあるか?」


「私たちの知りあいは、この村にいる人たちだけです」


 坂棟たちは、ナージェディアの家の前にいた。

 坂棟は地面にあぐらをかき、ナージェディアは傍に立っている。

 セイは狩りに出かけていた。


「こっちに向かって、二〇人くらいの集団が近づいてきている」


「何の冗談ですか?」


 笑ったナージェディアに、坂棟は視線を投じる。


「本当にわかるんですか?」


 坂棟は視線を外した。


「最近、誰かこの村に来た?」


「ええ」


「そいつが、この場所を売ったのかもな」


「あなたです」


「俺?」


「あなた以外、この村には誰も来たことがありません」


「つまり、何を言ったところで、俺が疑われるってことか」


 坂棟は小さく息を吐いた。


「あなたではないとしたら、なぜ、ここを知っているのでしょうか?」


「さあな。でも、目的は何だ? この村に、わざわざ奪っていくような物はあるとは思えないけど」


「私たちです」


「――奴隷か」


「はい」


「ふん、やっぱり、罪の刻印なんか関係ないじゃないか」


「え?」


「殺さずに奴隷にするということが、それを示している。ダークエルフを奴隷にすることは、これまでもあったということだな」


「死よりも惨めな生を送らされる、と、私は聞いています」


「そうか」


 坂棟は、ダークエルフ全員に指示をだした。

 森に隠れるのは、獣が危険だということで、断念。

 かといって、丈夫で大きな家などもない。

 皆には、家に隠れていてもらうことにした。

 さしたる反発もなく、ダークエルフたちは従う。

 やはり、反発心や反抗心がほとんどない。

 坂棟が、村に降りてきた時に、曲がりなりにも示したあの防衛は何であったのか。

 指示する人間がいるということが、彼らの積極性をさらに奪ったのだろうか。

 ナージェディアは、坂棟と一緒に集団を迎えるつもりらしく、彼の隣に立っていた。

 彼女には、まだ積極的な意思が薄れずにあるらしい。





 奴隷商ギルディは、計画の成功を確信した。

 ダークエルフは数が少ないということもあり、見つけることは至難だが、発見さえすれば、捕らえることは容易である。

 彼らの多くは、反撃や逃走をせずに、なすがままとなる者ばかりであるからだ。

 ごく一部の反抗心を持った者だけに、気をつければよい。


 とはいえ、奴隷商ギルディは、逃げる者がいないかを見張るよう言いつけた。

 逃げられる可能性は低いとはいえ、稼ぎを減らすような油断をするつもりはない。

 稀少性と容姿の美しさ、青い血という異端が、奴隷市場でダークエルフの価値をはねあげていた。

 一体でも、その価値ははかりしれないのだ。


 奴隷商は、粗末な村へと足を踏みいれた。


「これはこれは、お出迎えとは――しかし、先約ですかな」


 まるでギルディが来ることがわかっていたかのように、男女三人が立っていた。

 あの男、他の人間にも情報を流したのだろうか。

 だが、他に人影は一人も見当たらない。

 同職のものではないようだ。

 偶然、この村にまぎれこんだ男なのだろうか。

 大男だけは、警戒する必要があると、奴隷商は冷静に観察した。


「あなたの出番はない、という意味なら、そうなります」


 黒髪黒目の男坂棟が答えた。


「見たところ、お二人しかいないようですが、他の方々は家の中ですか?」


 ギルディの口調は、どこかねっとりと話す相手にからみつく。


「二人か――嫌な数え方をする」


「なるほど、そういう変わった考えをお持ちの方ですか」


「あなたは、奴隷商ってやつですか?」


「はい。あなたも見かけない容姿、それに後ろの男も、なかなか使えそうだ。差異をつけるのが嫌だと言うのなら、あなた自身が落ちればいい。おまえたち――」


 ギルディの言葉に反応して、配下の男たちが剣を抜く。


「他の方法もある」


「なに?」


「あなたがいなくなればいい」


「――その二人をやれ!」


 雇い主の勇ましい声を合図に、奴隷兵と傭兵が動き出す。まっさきにくりだしたの六人の奴隷兵と傭兵だが、彼らは何もすることなく、突然地面に崩れおちた。

 全員の動きがとまった。


 奴隷商は、何が起こったのかわかっていない。

 だが、目の前にいる男が、何かをしたということを直感的に察した。


「待て」


 商人としての勘が損得勘定を叩きだす。

 戦うべきではない、と彼の勘が告げてくる。

 降参して生きのびることを、奴隷商ギルディは考えだした。

 交渉によって、ダークエルフを譲ってもらうということもできる。

 稼ぎは減るだろうが、それでもいい。

 最悪、生きのびるだけでも良いのだ。


「待ってくれ」


 はっきりと言い、今度は、黒髪黒目の男に対してギルディは請うた。

 だが、ギルディの描いた未来図は、すぐにくつがえされる。

 一人の奴隷兵が、ふいに、ナージェディアに突撃したのだ。


 坂棟は何もしなかった。

 ナージェディアに油断はなく、彼女はかまえをとっていたからだ。

 おびえもなく、かまえは様になっている。

 彼女は、奴隷兵の剣をかわすと、懐に入り込み、相手の重心のずれを利用して投げた。

 完全に一本背負いである。

 しかも、地面に殴りつけるようにして叩きつけた。


「へえ」


「へえ、じゃないです。きますよ」


 ナージェリアの言葉は正しかった。

 奴隷兵が、坂棟やセイをさけて、ダークエルフの家に向かってばらばらに散る。


「とめさせろ!」


 ギルディが叫ぶ。

 これではすべてが終わってしまう。

 彼は、隣で動かない護衛長にもう一度命じた。


「何をやってる。とめさせろ!」


「ダメですよ。ギルディ様」


「何がだ!」


「ダークエルフは、全員殺さなければならないのです。さあ、皆に命じてください」


 ギルディの背中に、硬い何かが押しあてられた。


「きさま!」


「さあ」


 護衛長が笑う。

 背中にギルディは痛みを覚えた。


「全員、やれ!」


 ギルディは命じ、そして、彼は背中から熱がひろがっていくのを感じた。

 奴隷商の背中には、剣がつきたてられていた。


 命令者を失ったまま、戦いは繰りひろげられる。

 しかし、長くは続かなかった。

 多数対少数の戦いは、数の力に反して、少数が圧倒するという結果に終わった。

 奴隷商の一行は全滅した。


「仲間割れか?」


 坂棟は呟く。

 すっきりとしない終幕が、彼の胸に残った。





 翌朝、村のすぐ側の森で死体が発見された。

 それは、胸もとに赤いペンダントをした女性だった。








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