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35 知識の使い道




 坂棟は、ナージェディアの家に泊まることになった。

 ナージェディアが彼を宿泊させるのは、食事に対するお礼の意味があってのことだろう。

 ちなみに、彼女の祖母はこの件に関して「ふん」とだけ言った。


「本当に、あなたはダークエルフのことを何も知らないのですね」


 ナージェディアは目の前の男の無知が信じられないようだ。


「なので、ご教授願いますか」


「わかりました」


 無表情に、だが、わずかに悔しさのある口調でナージェディアは語りだした。

 ダークエルフは、もとはエルフであったこと。

 そして、彼女の祖先はエルフでも三氏族といわれる特別な存在であったこと。

 だが、大戦のおり、魔族に寝返ったために神々に罪を問われ、消えることのない刻印を押されたのだ、ということ。


「身体にあざでもあるのか?」


「上位魔族のことを知っていますか?」


「人型で、高い知性を有するってことくらいなら」


 この程度のことしか、坂棟は知らない。

 実際、彼は魔族について無知だ。

 ラトからも特に教えられていない。


「彼らは『夜の眷属』とも言われ、太陽の下で力が充分に発揮できないとされています。青白い肌をしていて、その下には赤い血ではなく青い血が流れています」


「ダークエルフも同じ特徴を持っているってことか」


「はい。でも、私たちは太陽が出ていようと、普通に生活はできます」


 太陽の下で力が発揮できないというのは本当だろうか、と坂棟は疑問に思った。

 本人にその気がなくとも、ダークエルフと魔族の違いを主張したいがために、俗信を事実のように言っているのではないか。


 いずれぬせよ、青白い肌と青い血という魔族と同じ特徴をダークエルフは有しているので、嫌われているということだ。

 さらに、逸話の中で、神の敵対者にされてしまっている。

 好きこのんで神の敵対者に手を貸す人間は皆無だ、ということである。


「さらに加護は奪われ、特別な力は何もない」


「そうです。獣にも勝てません。でも、私たちには、知識があります」


 戦えずとも知識はある、という一線が、彼女たちの譲れない最後の防衛ラインなのだろう。


「知識ね……魔族については、他にどんなことを知っている?」


「あなたよりかは、はるかに」


「だろうね。俺は上位種と下位種がいるってことくらいしか知らない。仮に、彼らと戦うことになった時、知っておくべきことはあるか?」


「戦う? 本気ですか?」


 魔族に対して、戦うという考えを持つこと自体が彼女には信じられないらしい。


「そんなに強いわけだ」


「強いというのは、控えめな表現です」


「控えない上位魔族にはどんな能力がある?」


「本当に無知なんですね」


 憐みが、ナージェディアから坂棟に注がれた。


「特殊な褒め方をするな」


「まったく褒めていません」


「何か特殊な力はあるのか」


「――上位魔族ですか?」


 ナージェディアは坂棟との会話に楽しさを覚えていた。

 普段話す誰とも会話の調子が異なる。

 外の人間とはこういうものなのか、と彼女は思った。

 これが刺激というものなのかもしれない。


「そうですね。上位魔族は、全力を出す時、姿が劇的に変わります」


「――変身するのか?」


 いきなり意外な事実である。


「能力に関していうのなら、魔族化というものがあります」


「やっかいそうな響きだ」


「はい。彼らは血を吸うことで、人間を魔族化することができます。魔族化すると人間は、下位魔族のような力を持ちます。ただし、知性は大きく退化します」


「血は青くなるのか」


「はい」


「血を吸うね。どっかで聞いたことがある話だ」


 坂棟は苦笑した。


「血を吸うと表現されますが、実際は、接触することが重要なのではないか、と私は考えています」


「血液感染でもしているのか?」


「おもしろい言いようです。その言葉は正しいかもしれません」


「魔族は増え、人間は減る……か」


 坂棟は腕を組む。


「でも、実際はほとんどありえません」


「なぜ?」


「魔族は人間のことを下等生物と思っています。いや、ゴミくらいに考えているかもしれません。そんな低俗な者たちを自分たちの眷属にいれたくないのです。しかも、自らの手で、というのは、我慢ならないようですね。彼らのプライドはとても髙く、下位魔族も同族ではないと考えているようです」


「人間を眷属にするのは、ヘンタイ行為か。でも、一部の変わり者がいそうだけどな」


「知りません」


「そうですか」


「そもそも眷属化などしなくても、彼らは力のない人間ならば、操れると言います」


「操るだと?」


「はい。上位魔族の目を見てはダメだと……教えられていませんよね」


「まあね。実践主義を標榜しているから」


 面倒だなと坂棟は思う。

 催眠や暗示、といった方法を上位魔族は持っているらしい。

 その能力を使われれば、守るべき者から攻撃されることもあるだろう。

 魔族というのは、やはり相当にやっかいな存在のようだ。


「知識を有効に利用しないのは、愚か者の所業です」


「その言は正しい、だな。それで、他には?」


「他にですか……魔族は人間を見下していますが、人間には、特にヒューマンの中には、上位魔族を崇める者がいます」


「いそうだ」坂棟は苦笑した。


「彼らの中には、魔術と呼ばれる神術に近い術を使える者もいるそうです。何らかの秘儀を行い、それを通過した者のみに授かる力とされていますが」


「秘儀?」


「おそらく、魔族の血をもちいるのでしょう。多くは死ぬとされています」


「本当によく知っている」


 坂棟の声には、感心があふれていた。


「いえ、これは私たちの血に価値を見いだすヒューマンがいるということから、推測しただけです」


「なるほど」


「魔術をもちいる彼らのことを魔道士と呼びます」


「魔族のプライドはどの程度のものだ?」


 坂棟の話は急に変わる。

 ナージェディアは、まだ、その感覚についていけない。


「どういうことですか?」


「人間との戦いで敗色が濃くなった時、兵隊を増やすため、人間を魔族化したりはしなかったのか?」


「聞いたことはありませんね」


「それは朗報だな」


「魔族の話を聞いて、朗報なんて言う人がいるんですね」


「世界は広いってことだ」


「広いんでしょうね」


 それまでとは異なる色がナージェディアの口調にまじった。

 触れることのかなわない、遠くの景色に憧れる者の瞳を彼女はしている。


「『第二の言葉』は読み書きできる?」


「当然です」


「この集落にいる人、全員が可能?」


「ええ」


 ナージェディアは頷く。


「なら、是が非でもラバルに来てもらわないといけないな」


 坂棟が言うと、ナージェディアは大きく息を吐いた。


「あなたは聞いていたのですか? 私たちはすべての種族から嫌われているのです」


「うちにはセイレーンもいるけど、彼女たちも他種族からはかなり嫌われているぞ」


「セイレーンですか」


「ほら、ナディアもちょっと嫌そうな顔した」


「いえ、別に私は」


「それでもいっしょに暮らしている。たぶん、きちんと食べることができているからだろ。皆に、自分たちと異なる者たちを受けいれる余裕があるんだ。まあ、たいした違いがあるわけじゃないしな」


「しかし、私たちは神々からの呪いを植えつけられたと言われています」


「勘違いだろ。神様はそんなに人間に対して興味ないよ」


「まるで、知っているみたいですね」


「知らない。それよりも、いっしょに暮らして危ないやつじゃないっていう実績ができれば、まあ、大丈夫なんじゃないか?」


「そんな軽いものではありません。あなたはよくても、ラバル国の王は許さないでしょう」


「王? そんなものはいない」


「王がいない?」


「いや、王は二人いるか――となると、一番上は皇帝か」


「とにかく、国の上にいる人たちは許さないでしょう。そして、それは、理性的な判断です」


「国の上の人なら、許してるよ」


「なぜあなたにわかるのです」


「俺が、一番上だから」


「もう少し信憑性があることを言ってもらえますか?」


 ナージェディアの語気がわずかだが荒くなった。

 外の世界への思いが、彼女にもある。

 だが、それは、絶対にかなわないことを彼女は知っていた。

 目の前の男の無知ゆえの、あまい言葉が許せなかった。

 もっと許せないのは、それにすがりたくなる自分自身だ。


「なぜ、皆はあんなに騒いだんだろう?」


「え、何です?」


「俺みたいな警戒すべき余所者がいる前で、いくら久しぶりの豪華な食事とはいえ、おかしくないか」


「………」


「諦め、疲れ――俺にはわからないが、君たちの種族はとっくに限界をこえているんじゃないか?」


 ナージェディアは視線をそらした。


「明日、皆に提案してみる。君のおばあさんにも話をしておくつもりだったけど、聞いているみたいだ」


 坂棟は、かたく閉ざされたままの扉に瞳を向けた。

 扉が内側から開かれることはなかった。





 奴隷商人ギルディは、護衛兵によって守られていた。

 森の中で、彼らは獣から襲われている。

 戦っているのは、主に傭兵と奴隷兵である。


「しかし、なんだって、こんなに猛獣や獣が襲ってきやがる。運が悪いぜ」


 ギルディの隣に立つ護衛長が舌打ちした。


「いいや、これは運が良いということだ」


 奴隷商ギルディが言う。


「襲われて運が良い? 旦那の趣味にはついていけねえな」


「違う。金のなる木がこの先にあるのだ」


 少人数ならともかく、数十人からなる人間の集団に対して、獣たちは普通襲いかかったりしない。

 自分たちがやられる可能性があることを知っているからだ。


 なのに、なぜ、ここの獣たちが襲いかかって来たかと言うと、それは人間が無力であることを学んでいるからだ。

 無力な人間の味を経験しているのだ。

 つまり、近くに無力な人間の集団がいる可能性が高い。


 情報通りだった。

 後はその集団が全滅していないことを祈るばかりだ。


「祈る? あいつらのことをいったい誰に祈るというのだ」


 奴隷商は笑った。

 雇い主の顔を見ていた護衛長は、処置なしというふうに肩をすくめる。

 奴隷商の集団がダークエルフの村へと近づいていた。








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