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34 笑顔の価値




 坂棟は木の椅子に腰かけた。

 テーブルをはさみ、二人の女性が対面に座っている。

 歓迎ムードではない。


「改めて、坂棟克臣と言います」


「名のる必要はないね。さっさとここから出ておいき」


「年を重ねると強情になるって言いますね。ナージェディア、あなたの祖母の名は、何と言うんですか?」


 坂棟は話し相手を変えた。


「耳ざといですね」


 眼鏡の奥でナージェディアの瞳が鋭く光る。

 坂棟が彼女の名前を憶えていたことを言っているのだろう。


「質問の答えは?」


「本人から聞いてください」


「あなた方は、エルフですか?」


 坂棟の質問に二人はあっけにとられた。

 次いで、彼女の祖母が爆笑し、ナージェディア自身は表情に困惑をにじませた。


「なるほど、物を知らないようだね」


「それほど的外れでしたか?」


「ああ、ヒューマンにセリアンスロープかと、訊ねるみたいなものだ。常識のない男だ」


「では何なのです?」


「おまえこそ、何だ?」


 ナージェディアの祖母が問う。


「知っているんでしょう? 僕の顔に反応してましたよね」


「小賢しい。目的はなんだい?」


「目的も何も、上から見えたから降りてきただけなんですが」


蒼一角馬フレイディーンに乗るような非常識な男が、よくまあ、そんなことを」


「常識がないのは知っているでしょう?」


「ふざけているね。さっさと出ておいき」


 ナージェディアの祖母は立ちあがると、隣の部屋へと消えていった。

 逃げられたな、と、坂棟は思う。

 彼女は、いろいろと知識を持っていそうだ。


 坂棟はナージェディアに視線を投じた。

 彼女も坂棟を見ていた。


「ダークエルフを知っていますか?」


「――あなたたちは、ダークエルフという種族なわけか」


「ええ、神々に呪われた種族です」


 重たい物を吐きだすように、ナージェディアは言った。


「……わからないな。俺はまったく知らないから、教えてくれないか」


「私たちのことについて知りたいのですか?」


「ああ」


「簡単です。すべての種族から嫌われている――これがダークエルフです」


「それは違うな」


「え?」


「異界者は嫌っていない」


「何を言っているんです?」


「俺は、嫌いじゃないってこと」


「あなたは、異界者なのですか?」


「気がついてなかった?」


「はい」


「君の祖母はわかっていたみたいだけど」


「おばあ――祖母は、物知りだから」


「教えてくれる気になった?」


「あなたはどこで暮らしているのですか? ヒューマンの町にいるのなら、何も話すことはありません」


「この顔じゃ、目立ってしょうがない。俺はラバルという国にいるよ」


「ラバル? 聞いたことがありません」


「そう? 俺の周りじゃ有名だけど……住人は、セリアンスロープ、ドワーフ、オニ、セイレーン、ってところかな」


「なんですか、その国は! そんな国あるはずがありません」


「落ち着いて、客にお茶とか出すといいんじゃないか?」


「落ちつけませんよ! あなたは――自分が何を言っているのかわかっているんですか! ……それに、お茶なんかありません」」


 ナージェディアの声音が低くなる。


「そう、ナージェディアたちは、この場所にこだわりでもあるの?」


「ありません」


「一つ頼みがあるんだけど?」


「何です?」


「ナディアでいい? ちょっと、呼びにくいんだけど」


「――失礼な人ですね」


「返事は?」


「勝手にすればいいでしょう。どうせ、呼ぶ機会なんてありません」


「かもな。じゃあ、おばあさんも呼んで外に行こうか」


「なぜです?」


「セイが獲物をとってきた。さばいて、皆で食べよう」





 食事というのは重要だ。

 空腹を満たしさえすれば、人間、攻撃的ではなくなるものだ。

 坂棟は、ダークエルフの住民たちからある程度受けいれられていた。

 今は物珍しそうに遠巻きにされている。


 坂棟が、ダークエルフに対して、まったく蔑視の視線を投じなかったことが、彼らの心の壁を壊す一つの理由となったのだろう。


 食事中、ダークエルフたちはおおいに騒いだ。

 一〇年に一度の祭りであるかのように、大声で歌い、躍った。

 笑い声や手を打つ音が森に響く。

 騒ぎ方が尋常ではない。


「躁状態になってるのか?」


 正直、坂棟はダークエルフのノリに、まったくついていけないでいた。

 獣がほとんど取れないようなので、さばくところが珍しかったのかもしれない。

 だが、マグロの解体ショーが珍しいからと言って、歌い踊るやつはいない。


 食糧事情が厳しいからこそ、喜びが大きいのかもしれないが、食べ物にがっつくことはあっても、歌って踊るやつはいないだろう。


「ねえ、外の世界ってどうなってるの?」


 坂棟と同年代のように見える女性が声をかけてきた。

 興奮しているのか、彼女は頬を上気させている。

 首には、小さな紅玉のペンダントをしていた。


「私は、セレンキーア」


「坂棟克臣」


「よろしくね」


「こちらこそ」


 場は友好的になっていたが、坂棟に話しかけてくるダークエルフはいなかった。

 彼女が最初である。

 セレンキーアの口調は、非常に好意的だった。


「それで、どうなの?」


「そうだな。俺は、魔族やらヒューマンやらと戦っているな」


「え、あなた、ヒューマンなのに、ヒューマンと戦っているの?」


「そんなもんじゃないの」


「ねえ、なぜあなたは私たちと普通に接しているの?」


「普通の人間だから」


「あなたがここにいてくれたら、私たちも食事に困らないのに」


「セレンキーアがここを離れればいい」


「私は、隠れて生きなくちゃならないから」


 わかりやすく、セレンキーアはしょんぼりした。

 ダークエルフは、日の当たる道を歩けないのがこの世界の常識なのだ。


「場所にこだわりはない?」


「あるはずない。私たちは、ずっと逃げて生きているんだから」


「そうか。外の世界が見たいんだ」


「ええ、ここにいたら新しい物なんて何もない――希望もね」


「ここをまとめているのは、ナージェディアのおばあさんなのか?」


「そうよ、三氏族の末裔だもの」


「そうか」


 三氏族という単語に引っかかりを覚えたが、坂棟は質問しなかった。

 彼女の会話をとめることは、無粋なように感じたのだ。


「なに、もしかしてあなた悪い人なの?」


「さあ? それは皆に判断してもらおう。明日、あることを提案しようかな」


「なに、なんなの?」


 セレンキーアが坂棟に顔をよせた。

 首にかけられたペンダントが揺れる。


「明日のお楽しみだな」


「え、教えてくれないの?」


「言わない」


「なに、それ――ホントに楽しみ」


 セレンキーアは、本当に楽しそうににっこりと笑った。

「じゃあ、明日ね」と言って、坂棟から離れようとして、すぐに戻ってくる。


「やっぱり、少しだけ教えて」


 楽しさの中に、真剣さと恐怖が彼女の瞳であわさっていた。

 彼女たちの種族の過去が、未来に対する楽観を許さないのだろう。

 絶対に隠さなければならない理由は坂棟にはない。

 彼はたやすく前言を撤回した。


「いろいろな種族が一緒に暮らしている町がある」


「いろいろな種族?」


「セリアンスロープ、ドワーフ、オニ、セイレーンとかかな」


「嘘!」


 セレンキーアは目を輝かせた。


「その中に、ダークエルフの名があってもおかしくないと思わないか?」


「え、でも」


 喜ぶかと思われたが、彼女はおびえを示した。

 セレンキーアにとっては、ラバルの環境は、太古の楽園のように非現実なものなのかもしれない。

 その非現実の夢物語を語る坂棟のことが、信じられないのだろう。

 たとえ、信じたいという気持ちがあっても……。

 それほど、ダークエルフは夢を見ることを許されない環境にあるのだ。


「まあ、引っ越すとなると引っ越し先の環境を知りたいだろうから、代表者がまずラバルの町を訪れてみればいいさ。その話を聞いてから、皆で引っ越すかどうかを決めればいい」


「あの……」


「なに?」


「あの、ね……」


 セレンキーアはうつむき、もじもじしている。


「どうかしたか?」


「私が最初に行きたい」


「どこへ?」


 セレンキーアが顔をあげた。


「もちろん、ラバルへ!」


 セレンキーアの顔には明るさが戻っていた。








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