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21 わかりあえない人たち




 ――失敗した。


 と、サクヤ・イツキは後悔していた。


 初対面も同然の相手に対して、さらに、こちらが迎える立場であったにもかかわらず、「不審者」などと本音を口にしてしまった。

 独特な顔立ちは、あまりに印象に残りすぎた。

 反射的に言ってしまっていた。


 ――この村を訪れる男が、セイレーンにとって大切な人物になる。


 セイレーンのもつ巫女としての特殊な能力で、母は悟ったらしい。

 真実であるかはわからないが、彼女は本気である。


 表面こそ涼しげな顔をしていたが、内心では娘に激怒していたことだろう。


 ハルという坂棟という男の従者に村を案内するよう誘われたのをいいことに、サクヤは逃げるようにして、その場から離れた。


 今、彼女はあるセイレーンの家にいる。

 そして、次の問題に直面していた。


 彼女の隣に座っている長身の美女のことである。


 まず存在感に圧倒された。

 そして、何よりも規格外な容姿の端麗さである。


 セイレーンは美しい者が多いとされているが、そのセイレーンの中にあって、埋もれるどころか、セイレーンを完全に背景にしてしまう、あまりに抜きんでた美しさである。


 セイレーンからは、女性しか生まれない。

 つまり、セイレーンは種として、女性しかいないのである。

 子孫を残すためには、異種族の子供を身ごもることになる。

 そのためか、異種族の女性に対して、正確に言えば、異種族の女性の美しさに対して、強い敵愾心を持つのが、セイレーンの特徴的な性質である。


 サクヤは、セイレーンとしてはきわめて鈍感な性質で、これまで妬心というものを持ったことがない。

 だが、自分たちの存在を打ち消すような、ハルの美貌に対しては、心のざわめきを抑えることができなかった。

 おそらく、この美しさを目にすれば、すべてのセイレーンは強い嫉妬心に身を焼くことになるだろう。


「なかなか美しいものね」


 ハルは、セイレーン産の布を手にとっていた。

 三枚の布が並んでおり、いずれも持ち主にすれば自慢の一品である。

 ハルの正面に座っているセイレーンは、微笑を浮かべているが、明らかに苛立っていた。

 ハルの美しさにあてられているのだ。


 今、この村には活気というものがまったくない。

 そこに生きるセイレーンたちが、あきらめに身を染めてしまっていたからだ。

 ここ数年、いや、十年の間、誰もが感情の針をほとんど揺らすことなく生きてきた。

 だが、ハルという女性は、セイレーンの感情の沈黙をあまりにあっさり、なおかつ、劇的に破ってしまった。


「ええ、それは、私が作った最高のものですから」


「そう、でも、まだ足りない。私が着ている服、わかるわね? これは私がお館様からいただいたもの。私はこれと同じ物が欲しいの」


「お館様というのは、どなたですか?」


「あなたには、一生関係のない人よ」ハルは立ちあがった。「サクヤ、これがこの村で一番良いものということではないのでしょう? 案内しなさい」


「はい」


 サクヤはハルに従う。

 ほとんど無視される形になったセイレーンは、だが、文句を言うことはなかった。

 格の違いがあまりにあったからだ。

 ただし、瞳には強い光が宿っていた。


 外から来た者たちの風によって、セイレーンの村が変わろうとしている。

 サクヤの目の前にる女は、問題ではなく希望なのかもしれない。


「あなたたちは、良いところにいてくれた」


「へ?」


「私は、とどまるとか、様子を見るという行為が嫌いなの。短い生なのだから、走り続けてもらわないと、おもしろくない」


「何のことですか?」


「これから、少しはおもしろくなるということよ――まあ、私は不参加の予定だけど」




 坂棟は、アマウミの家に通された。

 板の間で、坂棟とアマウミは対座する。

 セイは、後ろに控えていた。


 二人の間には、茶が置かれている。

 坂棟は口をつけた。

 味は日本茶に似ているような気がする。

 普段、お茶など飲んでいなかったにもかかわらず、少しばかり彼はほっとした。

 その事実に、異世界よそに来ると、日本のことをより意識するという言葉を実感する。


 坂棟は、正面に座る女性を見た。

 サクヤという娘と親子であるという。

 年齢は教えてもらってはいないし、坂棟も訊いてはいない。

 ただ、彼の目には、親子ほど年が離れているようには見えなかった。


 外見と異なり、意外と年齢はいっているのか、と坂棟は疑問を抱く。

 坂棟は、ハルと念話をして年齢を訊ねてみた。


 ――四九という数字が返ってきた。


 あっさりと娘から訊きだしたようだ。


 アマウミの容姿は、坂棟の感覚でいうと、年上の女性と言う程度のものである。

 大きな年齢差は感じなかった。


 いろいろとおもしろいものだな、と坂棟が感慨に浸っていると、微笑みを浮かべていたアマウミが口を開いた。


「どうかしましたか?」


「いえ」


 問いかけに、やや険があるように感じたのは、坂棟の気のせいだろう。


「私はセイレーンです」


 アマウミは、あっさりと正体を明かした。


「言って良いんですか? 隠しているのかと思いましたけど」


「隠れ住んではいますね。坂棟様だから、明かしました」


「初対面ですよね。第一印象で決めていいんですか、秘密を明かすかどうかを」


「いいえ、待っていました」


「僕が来るのがわかっていた、と?」


「いいえ、そうではありません。坂棟様が来られるのがわかったのではなく、私たちに大きな影響を与える何者かが、訪れることを感じたのです」


「そうですか」


 気のない返事を坂棟はした。


「信じてはいただけませんか? お出迎えも、その一端でしたのに」


「セイレーンというのは、海で暮らすと聞きましたが、海中では姿が変わるのでしょうか?」


 坂棟は年上の女性の言葉に答えず、話を転じた。

 失礼なことこの上ない対応である。


「よくご存知ですね。下半身が魚のような姿に変じます」


「陸地でも問題はなさそうですね。どちらのほうが暮らしやすいのですか?」


「どちらも、快適であり、不便でもありますね」


「生地や服などを作っているみたいですけど、原料はどうしているんですか?」


「質問ばかりですね」


「ええ、セイレーンに会いたくて、ここまで来ましたからね。興味があるんです――海底で暮らしていると、聞きましたが」


「残念ながら、今では海底で暮らすことができません。坂棟様は、どこから来たのですか?」


「西です」


「異界からですね」


 アマウミの言葉に、坂棟の目がすっと細くなる。

 対談の最初から、アマウミは、薄い笑みを顔にはりつけたままだ。


「僕のことを知っているような、言い方ですね」


「私にわかるのは、あなたは異界者であり、異界者ではない、ということです」


「いろいろと、物が視えるようだ、イツキさんは――僕なんかとは、比べものにならないくらいに」


「それほどでもありません」


「楽しそうですね」


「ええ、こんな気持ちは久しぶりです」


 三〇近い年齢差のある二人の男女の双眸が重なる。

 熱さと冷たさが同居した、不思議な空気が二人の間に漂った。


「――僕にこう言った人間がいます。『セイレーンは信じるな』とね。『やつらは、美しい男に対してのみ真実を話し、その他の男には、都合のよい虚偽しか言わない』どうですか? 間違っていますか?」


「違いますね」


「断言できる?」


「ええ、『美しい男』ではありません。『愛した男』です。その不正確な情報は、いったいどのようなご人が口にされたのですか?」


 いけしゃあしゃあとアマウミは反論した。


「ドワーフです」


「ああ」アマウミは小さく頷く。「あの短足男たちですか」


「ひどい言いようだな」


 坂棟は苦笑した。


「粗野で、味の違いもわからない人たちです。彼らとは、古来より気が合わないのです」


「僕は合います」


 たんたんとした口調で、坂棟がきっぱりと言う。


「私が信じられない――ということですか?」


 アマウミの表情がわずかにかたまった。


「初対面の人間に曖昧な妄言を吐く人を、あなたは信じられますか?」


「………」


 年齢不詳のセイレーンの口元が歪む。


 今でこそ異なるが、彼女は本来女王であった。

 同族の者からは一定の尊敬を受け、たとえ、反対の意見を言われる時であっても、相手は彼女のことを気づかった。


 また、彼女はヒューマンの町で過ごしたこともあったが、優れた容姿のおかげもあり、正面切って異性から、これほど直截に否定された経験など皆無であった。


 彼女の中にある女性としてのプライドに傷が入る。


「僕は信じません」


 剣をねじりこむように、坂棟はとどめを刺した。

 友好とは言い難い重い沈黙が、室内を流れる。

 一度坂棟から視線を外し、しばらくして、アマウミは顔を上げた。


 そこにあるのは、決意の表情である。

 ただし、わずかに別種の感情もまじっているようであった。

 それは、セイレーンがもっとも熱を燃やす感情である。


「……わかりました。私と娘の話をしましょう」特徴的な青い瞳が、艶っぽく輝く。「すべてを語れば、あなたと私の間にも信頼の糸が結ばれることになると信じて」


 坂棟はわずかに表情を動かした。

 実は、彼はこの時、面倒くさいな、などと考えていた。

 話を聞くことが、ではなく、正面に座る女性に対する感情である。


 坂棟の心の声が聞こえなかったことは、両者にとって幸いなことであった。


「私の娘サラメ・イツキが、なぜ、ランストリアを治めるセイレーンの女王となったのか。そして、なぜ私が女王の座を追われたのか。私たちがなぜ、海底で暮らしていないのか。それは――」








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