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20 猛る鬼たち




「どうしてもやるのか?」


 寝床から半身を起こした青年が口を開いた。

 顔色が悪く、筋肉のほとんどついていない身体つきをしている。

 見るからに健康を損ねていた。


 オオムチ・クツハ――彼こそが、現在のオニの王である。

 年は二九であるが、病身のためか、それ以上に年を重ねているような外見をしていた。


「はい」


 答えたのはオオムチよりも一〇歳以上若いオニである。

 姿勢ただしく正座をしている。


 長い髪を結っていた。

 黒髪黒目。凛とした中性的な顔立ちで、未だ表情には幼さが垣間見える。その姿は、少年のようにも少女のようにも見えた。

 体つきは細く、成年男子と比べれば小柄だ。


 磨きあげられた板の間で、二人は対峙していた。


「おまえ自身が出なければならないのか?」


「はい」


「私はいつまで生きられるかわからない」


「いえ、兄上は大丈夫です」


「気休めだな。私は死んでもしかたがない。だが、皆は守らなければならない。残念だが、往年の力は私たちにはない。それは、王である私が父に遠く及ばないことに起因している。だからこそ、皆を守るためには、皆をまとめる新たな者が必要だ」


「私は王にはなれません。兄上もわかっているでしょう」


「ヤマト……」


「すでに決定したことです。王と言えど、決定をくつがえすことはできません。兄上自身も決定を承諾したでしょう?」


 ヤマト・クツハは姿勢をまったくくずさない。

 冷静に話しているように見えるが、鋭い瞳の中には激しい怒りが爆ぜていた。

 戦装束であるためか、怒りの色はより濃く映える。


「おまえの剣の腕は天才的だ。だが、個人の武勇だけでは指揮を取ることはできない」


「心配せずともタチバナがいます。私の未熟を承知の上で、あれは、私を大将としたのでしょう。兄上も同じ気持ちなのでは?」


「そうか、そうだな……生き残れよ」


「あの女の息の根を止めてきます」


 ヤマトは、兄の瞳を睨むようにのぞきこんだ。

 オオムチの瞳には諦観があるのみだった。


 頭を下げるとヤマトは立ちあがり、部屋を後にした。




 病身の王が言うように、オニに全盛期の力はない。

 この村の人口は、現在八〇〇人程度である。

 クツハ城を根拠地としていた頃は、一万を超えていたのだ。

 あまりに明白な数の減少だった。


 周辺にいくつかの小さな集落があるので、オニの総数で言えば、おそらく五〇〇人は増えるはずだ。

 だが、中にはすでに連絡のとれなくなった集落や集団もあった。


 彼らの多くが、戦うことをあきらめてしまった者たちだった。


「若、これが最大にして最後の機会だと思うことです」


「わかっている――じいは、反対しているものだと思っていたけど」


「決定したからには、最善を尽くすのみでござる」


 ヤマトの傍に、老人がいた。

 白髪白髭。

 体つきはしっかりとしていて、四肢にみなぎる筋肉はまだまだ現役である。

 ジング・タチバナという名であり、ヤマトの剣の師匠でもあった。

 老人はヤマトの傍にいつも控えている。

 それは、ヤマトに危険が迫ればいつでも体を張って守るためだ。


 ヤマトの前には、二〇〇人の武装したオニが並んでいた。

 集団の中に決意の空気が流れている。


「ハサルの偵察によって、やつらが完全に油断していることがわかっている。一度の勝利で、我らに勝ったつもりでいるのだ」


 ヤマトは一同を見まわす。


「やつらは我らがすでに滅びたと高をくくり、完全に油断しきっている。今回の戦は必ず勝てる。オニの強さというものを、あいつらに思いださせてやろうではないか――私に続け!」


 ヤマトは兵士たちに背を向けると、敵地を目指して足を踏み出した。

 背後から気炎を上げる多くの兵士たちの声が聞こえる。


「ハサル。よく情報をつかんでくれた」


「いいえ、それが仕事ですから」


 一〇人からなる偵察部隊の面々には、興奮はいっさい見られなかった。

 周囲との対比により、彼らの空気は異質に思える。


 ヤマトはやや気分を害されたが、偵察に赴く人間というのは常に冷静でなければいけないのだろう、と考えなおした。


 今回敗れるようなことがあれば、オニという種族には滅びが待っている。

 生きるということが、逃げると同義になるはずだ。

 そして、いずれ逃げることもできなくなる。


 この世界では、戦う手段を失った者は、生きられないのである。

 戦う力がなければ、滅びる――それは、過去の戦いが何よりも明確に示していた。


 過去、オニはパルロ国に敗れた。

 多くのオニが命を落とし、ヤマトの父も同じように命を奪われた。


 なぜ、攻撃されねばならない?

 なぜ、奪われるのか?


 パルロ国の掲げた戦の大義は、魔族とつながりのあるオニを征伐する、というものだったらしい。

 もちろん、そんな事実はまったくなかった。

 言いがかりである。


 オニの作る各種の陶器品や刀は、王国や帝国で人気であったという。

 それらの技術を独占するためだろう、というのが、生き残ったオニたちの言葉である。

 実際に、パルロ国へ連れ去られたオニの職人が百人近くいたという。


 いずれにしても、ヤマトにはとても納得のできる理由ではなかった。

 ヤマトは父の死に様を見ていない。

 だが、直接見た者から話は聞いていた。


 父は最期まで戦いつづけ、ついには敵の総大将であったパルロ国の王子にまでたどりついたらしい。

 だが、そこにたどりつくまでに大小多数の負傷をおっており、力及ばず敗れたのだという。


 その後、父の遺体はヒューマンたちによって無残に扱われた。

 母も自決し湖へ飛びこんだらしいが、母の遺体もわざわざ引きあげられ、さらされたという。

 父の首は王都まで運ばれ、さらし首にされた、という話もあった。


 敗者を鞭打つ行為である。

 許すことはできなかった。

 必ず報いを受けさせる。

 いずれ、パルロ国の王もヤマトは討つつもりでいた。


 ヤマトの生とは、仇を討つことだった。それ以外にやるべきことはない。


 まず、最初の獲物は、セイレーンの女王だ。

 過去において兄と婚約者であった者であり、オニを裏切った張本人である。



 意気ごむヤマトの背中を、老人タチバナが心配げな瞳で見ていた。

 ヤマトは、人の上に立つのにふさわしくないと、自ら言う。

 それにはいくつかの理由があるが、一つに、ヤマトが激情家で、一つのことに集中してしまうと周囲が見えなくなる、というものがあった。

 悪く言えば、一つの事柄に捕らわれてしまう性質なのだ。


 タチバナも、ヤマトのそういった性質をよく知っていた。

 その性質は、剣の修行においては高い集中力を発揮するので、逆に良い目が出ている。

 ヤマトの剣の腕は、オニでも並ぶ者がいないほどに成長した。


 だが、それだけでは駄目なのだ。

 上に立つ者は、視野をひろくもち、遠くを見なければならない。

 足もとばかりを見ていては、彼に続く者たちが旗を見失い道に迷ってしまう。

 上に立つ者は、遠くを指でさしつづけなければならないのだ。


 人の上に立つ人物になってほしいというのが、タチバナの願いだ。


 残念ながら、現王のオオムチは、身体を損ねている。

 オニには、強い者を上に担ぐという習性がある。

 オニの男は、強者に惹かれ、ひざまずくのだ。


 その点で、オオムチは、会議の議長にはなれても、オニの王にはなれていないのだ。

 なればこそ、あえてタチバナは、今回の戦いの大将にヤマトを推した。

 上の立場を経験することで、視野が変わり、性質が変じることもあるだろう、と信じて。


 戦いに勝ち、新たな王を抱くことで、オニは、もう一度天下に旗をうちたてることができるはずである。

 オニには、新たな王が必要であった。





 多数の気配の存在が近いのを感じとっているのだろう、ハルの歩む速度があがった。


「待て。まだ接触はしないって、言っただろ」


「提案であって、命令じゃなかった」


 ハルがいっきに、足を進めた。

 凄まじい速さである。

 坂棟の反応は遅れた。

 セイレーンに会ってみたいという、少しの好奇心が、行動の迅速さをさまたげたのだ。


 視界は、唐突にひらけた。

 セリアンスロープの村よりかは幾分立派な家が、数十軒並んでいる。


「お待ちしておりました」


 まるで、坂棟たちが来るのがわかっていたかのように、彼らの事を出迎えた二人の女がいた。

 深々とお辞儀をする二人の女性の立ち振る舞いは、洗練されている。


「アマウミ・イツキと申します」


「サクヤ・イツキと言います」


 頭を上げると、二人の女性は上品な微笑みを浮かべた。

 印象的な青い瞳が、坂棟一人に投じられる。


「こんにちは、坂棟克臣です」


 坂棟も頭を下げた。

 一目でわかるのは綺麗な女性である、ということだけで、人魚的要素は皆無だ。

 彼の好奇心はほとんど満たされていない。

 竜はいても、人魚はいないらしい。

 現実とはそういうものだと考え、坂棟は頭をきりかえた。


「姉妹ですか?」


 顔つきと名字が同じことから、坂棟は推測を口にした。

 意味はない。

 適当な話題づくりである。


「いいえ、親子です」


「そうですか」


 冗談を言っているのかな、という思いが浮かんだくらいに、坂棟は二人の関係に驚きを覚えた。

 単純に、アマウミは年を重ねているようには見えなかったのだ。


 驚きはしたものの、アマウミの年齢以上に、坂棟が興味をひかれるものが目の前にあった。

 彼は、一方の顔に見覚えがあったのだ。


「久しぶり」


 初対面同様の相手に対して、不適切な挨拶を坂棟はした。

 サクヤと名のった女性は、青い瞳に不審を宿し、顔をこわばらせて、坂棟に人差し指をつきたてた。


「不審者!」








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