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18 クツハ城跡




 ラルバーン地方の東に、シムラルズ山嶺がある。

 標高七〇〇メートルほどの山々が、北から南へと一〇〇キロメートルにわたり貫いている。


 さして高くもない山ではあるが、越えることは簡単ではない。


 周囲に住んでいる人間がいないので、東西どちらからも人の往来というのはなかった。

 つまり、この山を越えようとすれば道なき道を進まなければならない、ということである。

 さらに山には、猛獣が多く棲んでいた。

 この二点から、人間が歩くのは容易でないことがわかる。


 坂棟たちは、五日歩いてシムラルズ山嶺に到着し、困難な思いをすることもなく山を越えて、東へと出た。

 健脚という表現すら控え目と言える、坂棟たち主人と従者の移動速度であった。


 さらに二日かけて山岳地帯をぬけると、次は森の中を歩いて、彼らは最初の目的地に到達した。


 アサラ湖。

 大きな湖である。

 坂棟の目的地は、アサラ湖であってアサラ湖ではなかった。


 アサラ湖の中心に浮かぶ島が、最初の目的地である。

 その島は、過去においてオニたちの都市であり、城であった。

 接岸することの限られた、攻めるに難しい天然の要塞。

 難攻不落と謳われたクツハ城である。


 オニの特殊な文化と栄華を見守り続けた城だ。

 だが、今そこに城はない。


「徹底的に破壊されているな」


「私なら島ごと消してしまうけど」


「当時は竜石を使用して、防御結界みたいなものがはられていたって話だ」


「ああ、私たちの残りカスを人間たちが利用したのね」


 つまらなそうにハルが言う。


「ラパルでも、ラトの竜石を利用しているぞ」


「知ってます。セイが一生懸命探していたやつでしょう?」


「まあな。俺とラトがやった時、思いきり飛び散ったから」


 竜石というのは、光結晶石という鉱石と竜のエネルギーとが融合した結果生成される石のことを言う。

 一〇年や二〇年という時間、竜の近くにある光結晶石が、竜気を浴びつづけることで変質して生成される、と言われていた。


 竜の鱗とまではいかないが、高い物理防御力と、神法術など特殊な力をある程度弾く性質をもっている。

 加工できるのは一部の上級神法術師だけ、とされていた。


「ヒューマンとオニの戦いでしたっけ、ここで行われたのは?」


 興味のない口調を隠さず、ハルが主人に質問する。

 夜色に近い紫の髪が風に舞った。

 湖から吹きあげてくる風が意外に強い。


「だな」


「ヒューマンは私たちみたいに飛べないはずでけど、よく勝てましたね」


「俺に対して言っているのか?」


「いいえ、お館様はとても下手くそですけど、ここまで飛べていました」


 従者二人が事もなげに飛ぶ中、危なげな飛行で、坂棟は湖を渡ったのである。

 飛ぶという感覚がうまくつかめず、坂棟は苦戦していた。

 実際に飛べた現在も、彼は、自分がどういう理屈で空を飛んでいるのかを理解していない。


「そりゃ、どうも――オニが負けたのは、同盟の立場にあったはずのセイレーンの裏切りがあったからだ」


「詳しいですね」


「今から会いに行くからな、この程度の事前情報は当然だろ。たぶん、セイも知ってるぞ」


 坂棟の視線を受け、セイが「はい」と答える。


「二人が知っているのなら、私は知る必要はないということね」


「正しいけど、間違っている」


 坂棟たちは廃墟となったクツハ城跡を歩いていた。

 城壁の類はほとんど壊され、人の住んでいた建物は完全に破壊されていた。

 井戸には、どうやら毒が投げこまれており、現在も飲み水として利用することは不可能である。


 執拗なまでに破壊が徹底している。

 パルロ国は、よほど、この場所に人間が住んでほしくないらしい。


「小舟でしかこれないな……いや、小さな船でも無理か?」


 船着き場として利用されていた場所の破壊は、さらにひどかった。

 施設は当然破壊されているが、船で来られないように湖底にさまざまな物を沈めて船の行き来を不可能にしていた。


 人間の上陸も難しいが、物資の運搬にいたっては、非常な困難を伴うことになるだろう。


「……誰かいるか?」


 湖面を見おろしていた坂棟は、姿勢を戻した。

 彼はある方向へと視線を投げる。


「ええ――でも、ちょっと、わかりにくい。なに、これ?」


「こっちには気づいていないよな?」


 坂棟が歩くのに合わせて、従者の二人も歩きだした。

 彼らの足先が向いているのは、坂棟が視線を投じた方角である。


「それはそうでしょう。私たち(竜王)以外に、こんな力が使えるのは、お館様とセイくらいです。おそらく、セイはお館様の影響ね」


「俺の影響なのに、俺よりうまく力を使っているのか、セイは?」


「みたい。お館様、ダサッ」


 ハルが笑う。

 相変わらず、坂棟のことを笑う時は楽しそうである。


「私は、風の力も同時に用いながら索敵をしています」


「精霊特有のやり方ってことか? 上位精霊と呼ばれるやつなら、同じようにできるのか?」


「どうでしょうか? 精霊としての力のみでしょうから、ハル様やラト様に比べれば範囲が大きく限定されると思われます」


「そうでしょうね」したり顔でハルが大きく頷いた。


「上位精霊ってやつにも会ってみたいけど、その前にあの人と話してみようか」


 坂棟の視線の先には、女性が一人祈りをささげるようにたたずんでいた。


 腰まで伸びた色素の薄い栗色の長い髪、配置のよい小作りな顔立ち、今は祈っているので瞳は閉じられていた。

 色白の肌は、陽射しに弱そうな、どこか、か弱い印象を与える。


「誰!」


 瞼が開き、その下に隠れていた印象的な瞳が外界にさらされた。

 南国の海のような紺青色をした明るい瞳が、坂棟たちを捉える。


「旅人?」坂棟は疑問形で答えた。「そちらは?」


「――見たことのない顔」ぽつりと呟く。「……あなたみたいにあやしい人に答える気はない」


 そう言うと、女は身をひるがえして、坂棟たちがいる場所とは違う方向へ駆けだした。


「セイ、頼む」


「わかりました」


 セイがその場から消える。

 坂棟は、ゆっくりと女性がいた場所に近づいていった。


「あやしい人って言った、さっき?」


 ハルが気分を害している。

 女の物言いが気にくわかなかったようだ。


「ああ、まあ事実だな――あんな時、なんて答えたらいいと思う?」


「名乗ればいいんじゃない?」


「正論」


 女性がいた場所には花がそえられていた。

 献花のようだ。

 おそらく、戦いで亡くなったオニたちに対して手向けられたものだろう。


オニの関係者かな?」








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