17 活気と不満と旅立ち
大陸の北東、ラルバーン地方に新たな都市が少しずつ姿を現していた。
その都市の名は、ラバル。
ラルバーンをもじっただけのものだ。
名づけたのは、この都市の頂点に君臨する坂棟克臣である。
平凡な外見の坂棟には、非凡な外見をした三人の従者がいた。
ギルハルツァーラ、シャインラトゥ――通称は、ハルとラト、それにセイというのが従者の名である。
主人と従者三人、さらにセリアンスロープとドワーフたちによって、急速に都市の開発は進んでいた。
当初、この地は坂棟とラトの戦闘によって樹木が消えさり、土地は割れ、陥没し、あるいは土石が山積しており、とても住める状態ではなかった。
だが、ハルの力によって土地はいっきに更地となった。
周辺の樹木を利用して、木造建築の住宅が次々と建設された。
坂棟が、とある水の精霊と簡易契約を果たし、比較的楽に川から都市へ水を引くことに成功し、生活水と耕作水などを確保した。
ドワーフが発見した鉱山までの道を、またもやハルがストレス発散とでも言うように力をぶっぱなしてつくった。むろんその後、道は整備している。
馬を捕獲し、馬車を作り、輸送の効率をあげた。
牛や豚や鶏、羊に似た動物を家畜にするための捕獲作業――これはいささか苦戦している。
野生であるので、家畜とするのに適した種類の見極めと数の確保が難しかったのだ。
開墾する者。
狩猟に向かう者。
防壁を造る者。
鉱山採掘に向かう者。
武器・防具を作る者。
補助品・日用品を作る者。
セリアンスロープやドワーフたちの手によってさまざまな物が作られ、坂棟と三人の従者によってさまざまなものが力ずくで解決されていった。
都市事業で総指揮官となっているのは、美貌の青年――ラトである。
ラバルでもっとも多忙な男だ。
彼はあらゆる事業にかかわっているが、特に、狩猟と防壁づくり、鉱山採掘に深くかかわっていた。
かかわるというより、積極的に自らの意思で力をさいていた。
たとえば、狩猟に出る者は運動能力に優れたセリアンスロープたちを選抜している。
彼らは集団行動を求められ、組織化された。
枝分かれするように、集団の単位が設けられている。
編成単位は総勢六〇〇人で、さらに六〇〇を二つにわけて、三〇〇人の部隊を二つとする。さらに一〇〇人の部隊を三つつくり、その下には一〇人の部隊を一〇つくるという形で構成されていた。
各隊に狩猟隊長が置かれ、指揮する単位で役職の名がつけられている。
一〇人狩猟隊長、一〇〇人狩猟隊長などである。
狩猟は、現在大切な食糧源である。
成果を上げるために、集団行動の秩序と練度を上げることは、必要なことではある。
だが、この集団は狩猟ではない何かを意識して、組織されている節があった。
彼らは狩猟が終わると、強制的に別の訓練をさせられているのだ。
都市を囲むように造られる予定の防壁は、いまだ全体の三割程度の完成度といったところである。
ちなみに、防壁組も組織化され、部隊を編成している。
こちらは狩猟組よりも数が多く、総勢一〇〇〇を数える。
町並みが形づくられるのに合わせるようにして、住民も増えた。
三ケ月を過ぎた今、すでに人口は一万人をこえている。
もともとは、二〇〇〇に届かないセリアンスロープと、五〇〇人を少し超える程度のドワーフたちだけだったのだが、都市の状況を聞き、高い安全性と食料の安定供給、強力な指導者のことを耳にして、周辺から多くのセリアンスロープといくらかのドワーフが都市の住民となるために押しよせてきたのである。
セリアンスロープはラルバーン地方にまだ多くいるようで――遠い過去では『セリアンスロープの数ほど』といえば、数が多いことを表す慣用句となっていた――都市への移住を希望する者は、後を絶たない状況である。
彼らの力も加わることで、都市の急速な発展は、速度を落とすことなくむしろ速度を上げて進んでいた。
誰もが忙しく働き、活力にあふれている町にあって、一人どうしようもなく不機嫌な者がいた。
坂棟の片腕の一人とラバルでは誰もが認める、一風変わった服を着る美女、ハルである。
坂棟と三人の従者が住む屋敷は、住居兼執務室となっており、なかば行政府と化している。
ラバルの町で、最も人間の出入りの多い建物かもしれない。
二階の私室にいたハルは目を細め、ある光景を眺めていた。
悲鳴をあげているセリアンスロープの集団がいる。
単に騒いで走り回っているようにしか見えないこの風景は、近頃ではよく見られるものだった。
当人たちにとっては肉体を限界まで酷使させられる、過酷な訓練である。
「楽しそうにしちゃって……私はまったく楽しくない」
ハルは視線をセリアンスロープたちから切った。
彼女の前には、直立不動のドワーフが立っている。
ハルの強すぎる視線をまともに浴びて、ドワーフはうつむいた。
ハルが不機嫌なのには理由がある。
彼女は煌びやかなステージ衣装というものに強く惹かれた。
それらを彼女自身が創りだすことは質の劣る品ならば可能だが、同様の物の再現は不可能に近かった。
しかも、粗悪品を創るにしても莫大な力を要し非常に非効率的なのだ。
人の手によって作った方がはるかに効率的で、衣装のデザインにもひろがりが見えることは間違いない。
そこで、彼女が目をつけたのがドワーフである。
手先が器用なドワーフという種族ならば、彼女の期待する衣装をつくりあげることが可能なのではないか、と考えたのだ。
実際ドワーフは、ハルの注文に対して二つ返事で引き受けた。
ドワーフの自信ある対応に、当然、ハルも期待した。
「今なんて、言ったの?」
「ハル様がおっしゃられるような物は、とても私たちでは作れません」
「待たせた結果がそれ?」
ハルの声は、冷え冷えとしている。
「申しわけありません」
「あなたたち、手先が器用なのが自慢なんでしょう? 何でもできると、豪語していたじゃない? あれは何だったの?」
「申しわけありません」
「何度、同じ言葉を言うつもり?」
「……手先が器用というのは、本当です。細工物も確かにやりますし、武具や防具も作ります。しかし、ハル様が望むような布を使った服などは、これまでほとんどやっておりません。もちろん、ある程度のものを作ることは可能ですが、ハル様がおっしゃられるような、細々とした飾りがあるような物は、とてもではありませんが……」
「似たようなものじゃないの? 作るのが面倒だから、それらしいことを言っているのではないの?」
「いいえ、決してそんなことは――そもそも作る以前に、素材となる布や、染料なども、おそらくさまざまなものがあるはずですが、それにはどういった種類があり、原料となる動植物はなんなのか、どれを選択すべきなのか、申しわけありませんが、私どもにはすべてわかりません」
「すべて? すべてと言った?」
ハルは舌打ちした。
彼女の前に立つ髭もじゃのドワーフが震えあがる。
いつも酒を飲み赤みを帯びている顔が、青くなっていた。
彼の言動が、これほど丁寧なものになっているのには、当然理由がある。
人が増えれば、ハルたちの強さを知らない者たちもでてくる。
そして、調子にのり自分勝手な行動をとる者が現れた。
そういったセリアンスロープやドワーフたち一〇〇人を、まとめて一撃で再起不能にしたのが、ハルであった。
彼女は、動けなくしただけではあきたらず、竜の気配で威圧しつづけ、彼らの肉体だけではなく精神にも大きな傷を負わせたのだ。
負傷者は、セイの手によって回復したのだが、自らの立ち位置を理解するための勉強代としては、非常に高価な買い物をすることになってしまったのだった。
新参のセリアンスロープやドワーフたちは、この風景を目撃して、震えあがり、当初からいるセリアンスロープやドワーフたちは、馬鹿なことをする、とあきれ顔で首を振ったものである。
「私に嘘を言ったのは、間違いない」
夜色に近い深い紫の髪を手ではねのけると、ハルは、目を細めてドワーフを見下ろした。
「ハル、やめとけ」坂棟が、室内に入ってくる。
「お館様」
「彼らも最初は自負もあって、いろいろな意味で、軽い気持ちで返事したんだろう」
頭を下げ震えているドワーフに苦笑しながら、坂棟が、従者をたしなめる。
「いちおう、情報を仕入れたぞ」さらに、坂棟は言葉を連ねた。
「何の情報です」
「二つの種族のどちらか、あるいは、その両方の種族の協力が得られれば、おまえが着ている服みたいなものが作れるかもしれない。作りたいんだろ?」
「別に違います」
ハルは、主に服好きであることを隠した。
「で、どうする?」だが、坂棟は気にしない。「俺は会いに行く予定だけど?」
「え? この町を離れるの?」
「ああ、おかしいか?」
「ええ、なんだかんだ言って、お館様は、ラトに協力してたから」
――楽しそうでしたし。
と、いじけるようにハルが言った。
「まあな、でも、ある程度の目途がついたから。若者は、視野をひろげる旅に出んとな」
「若者? じゃあ、ラトは留守番ね」
「え? 年齢はハルも――」
「どうかしました、お館様?」
「……まあ、ラトは、一年は自由がきかないんじゃないか」
「――わかりました。それで、その二つの種族とは、何です?」
「鬼と、セイレーン」
翌日、坂棟は旅立つ。
同行者はハルとセイである。
見送りは誰もいない。
坂棟が無駄なことはしなくていい、と断ったからである。
坂棟の格好は、パーカーにジーンズ、足もとはスニーカーという、彼にとっての勝負服だ。
じゃっかん服に痛みは見られるが、まだまだ、普通に着られる。
動きやすく着心地が良いので、彼の一番のお気に入りである。
いつもはドワーフの作ったこの世界の一般的な服を、坂棟は着用していた。
彼も慣れはしたものの、素材のためか、ごわごわとして着心地はよくない。
ハルは変わらず派手な格好だ。
ステージ衣装に白いブーツ。
セイは軽装である。
胸当てなどをしてはいるが、防御力を上げるためではなく、「それっぽいから」と言って坂棟に渡されたために、つけているにすぎない。
アクセサリーに近い感覚だ。
荷物をほとんどもたず、坂棟たちはラバルを出発した。
三人は東へと歩を進める。
まず目指すのは、シムラルズ山嶺である。
「お館様は、鬼とセイレーンの話を誰から聞いたのですか?」
「ラトとギーセンラルバ」
「やっぱり、ラトは知っていたんですね! あいつ、知っておきながら私に教えず、私が困っているのを影で笑っていた……帰ってきたら」
――ぶっとばす。
「物騒なことを言うな。ラトに暇がなかったのは本当だから……それに、おまえ注文するだけで、ドワーフたちから何も情報を聞こうとしなかっただろ? というか、話もろくにしていないだろ、一方的に命じるだけで。もう少し、彼らとコミュニケーションを取りな。おまえにすれば取るに足らない存在なんだろうけど、鬼やセイレーンに服を作ってもらう時に困るぞ」
「何も困らない」
「どんな服装にするのか、イメージをもっているのは、おまえだろ? それを作り手にしっかりと伝えないと、望むものはできない」
「……一理ないこともないかも」
「嫌なそうな顔をするなよ。そんなに嫌なのか、あいつらと話すのが」
「いいえ、嫌なのは、お館様に物を教えられたことです」
「なんだ、そりゃ」
坂棟は苦笑する。
「まあ、お館様の言うことはわかりました。ええ、少しばかり、口をきいてあげることにします――それはそれとして、もしも、鬼やセイレーンに私が望む物が作れなかったら、ラトだけはぶっとばしますから」
「俺としても、もうちょっと繊細というか上質な下着や服が欲しいから、期待したいところだな」
鬼やセイレーンは、独自の工芸技術をもっているということである。
彼らの作ったさまざまな色鮮やかな布が、アシクトたちの間で、高額で売買されているらしく、織物の技術が発展していることがうかがえた。
もちろん彼らの技術に期待していたが、異種族に会えるということ自体を、坂棟は純粋に楽しみにしていた。
特に、セイレーンは坂棟の知識に照らしあわせると、人魚の可能性が高い。
彼の想像しているものと実物が同じかは不明だが、やはり期待感はあった。
坂棟は、ハルと違い、会えるだけで充分満足なのだ。
だが、満足しない人物がもう一人いた。
留守をまもるラトである。
旅立つにあたり、ラトから、できれば鬼とセイレーンを一〇〇人単位で移住させてほしいと、坂棟は頼まれていた。
彼らの技術力が町づくりに役に立つだろう、とのことである。
特に鬼の勧誘に対して、ラトは熱心であった。
鬼には何か特別な技術や能力があるのだろうか、と、坂棟は想像する。
危険なものであったら、ラトが忠告するはずだが、それはなかった。
少なくとも坂棟を始めとした三人に、危険をもたらすことのできる能力などはない、ということだ。
「何をする気なのやら」
この時、坂棟の視野はラルバーン地方のみ、いや、ラバルのみと言って良いほどに、狭いものであった。
だが、この旅を通じで、彼は世界を意識するようになる。




