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10 異界の王~決戦の前




 ヴァルキアの王都ヴァルア――。

 いやすでに王都という呼称はふさわしくないだろう。

 そこに王はいない。

 ヴァルアからは活気が消えていた。

 いや、そもそも人の気配がなかった――人ではないモノたちの気配は多数あったが。

 朽ちていくのを待つだけの無人の廃墟のような光景がひろがっている。

 コンスタイア城――それはヴァルキアの王城であった。

 だが、現在の城の支配者はヴァルキア王ではなく、人間ですらなかった。

 魔王と呼ばれる存在が君臨していたのである。


 謁見の間にある玉座に魔王は頬杖をついて座っていた。

 彼の前には三つの影がひかえている。

 女性が一人、男が二人。

 いずれも美貌の主であり、高い身長を誇っていた。

 片方の男は、身長だけではなく熱い筋肉をまとっており、見るかに大柄な体格をしている。


「未だに島のすべてを手に入れることができていないようだね」


 魔王の長い白髪が彼の口調にあわせてさらりと流れた。

 血のように赤い唇は、不気味な微笑みをかたどっている。


「私たちがいなくても何とかなると思ったのだけれど、あんがいだらしないのですわね。それとも、人間を褒めるべきかしら」


 赤い髪、赤い瞳をした美女が言う。

 口調や態度から魔王への尊敬の念は感じられない。


朱那シュナ。確か君が後は有象無象の魔王軍に任せておけばいいと言ったと僕は記憶しているのだけれどね」


 魔王から朱那と呼ばれた美女は軽く肩をすくめた。


「そもそもザコ兵あれの半分以上は死体を憑代としているんだ。弱くて当然だろう」


 ざっくばらんな口調で大柄な男が言う。

 緑色の髪と緑色の瞳が鮮やかである。

 名を緑洞リョクドウという。


「となると、もう少し真面目に侵攻しなければならないかな。どう思う、青餓セイガ?」


 自ら口を開こうとしない最後の一人に魔王は話を振った。


「私たちを含めた全軍で進軍すればいい。最後の町を落とし、そのまま大陸へ出ればいい」


 青い髪、青い瞳の氷のような雰囲気を持った男――青餓が端的に作戦を述べた。


「青餓の言うことは、いつも身も蓋もないね。でも、それがもっとも正しいのだから、現実というのはあんがいつまらないものだ。他に案はあるかな?」


 魔王の問いに二人は答えなかった。


「じゃあ、青餓の作戦を決行するとしよう」


 気だるげに頬杖をついたまま、魔王はヴァルキア最後の町を圧倒的な力で滅ぼすことを決定した。


「全軍というのは、我らのみならず魔王自ら出陣するということか?」


 緑洞が口を歪めて問う。


「それもいいのだけれどね。もっと力を蓄えようかな――何しろ兵隊が増えれば増えるだけ僕の力は強くなるんだから」


「お留守番ということですわね」


「留守じゃない時を知らないがな」


 緑洞が笑う。


「僕の出番は、人類が連合を組んで挑んできた時だよ。その時は、悪いけど僕一人で戦わせてもらう。すべての敵を相手にするのは魔王の醍醐味だからね。そして、僕はこの世界の神とやらと決着をつける」


 白眼の魔王は三人の突出した力を持つ部下へウィンクをしたのだった。

 その日のうちに魔王軍十万が行動を開始した。





 現在のレイティアの発展の勢いはもの凄い物がある。

 すでに都市レイティアを飛びだし、周囲へも発展は波及していた。

 元からあった道路が拡張され、田畑が新たに耕されていく。

 さすがに人家を防壁の外に造ることは許されなかったが、人の手はじょじょに遠くまで伸びていこうとしていた。

 その中心点である坂棟の秘書官となったサイアスは多忙を極めていた。

 彼は坂棟のスケジュール管理をする役目を担っていたが、予定していた以上に坂棟が動きまわるので、管理ができていない。

 正直頭がついていかない状態である。

 さらに新たに国王となった若き王が、坂棟との会話を熱望するので、存在していない時間をスケジュール上に存在させるというありえないこともなさねばならなかった。

 なぜ、国王と坂棟の謁見が実現しているのか、国王と坂棟が並ぶ光景を見るたびに、サイアスは不思議に思っている。

 時間軸がどこかでおかしくなっているのかもしれない。


 また、たいてい坂棟は白巫女アエリアと夕食を一緒にとっていた。

 この夕食時間をどちらの都合にあわせるべきかなど明白なのだが、数回に一度の割合でアエリアの都合にあわせることになるのは、サイアスにとって驚愕の事態であり、受け入れがたい事実であった。

 アエリアは坂棟の重要性を理解しているのだろうか、とサイアスは彼女にやや疑いの目を向けずにはいられない。


 白巫女アエリアの存在価値もいちじるしく上昇していた。

 坂棟を召喚した人物であり、坂棟が一定の配慮を与えている相手であることが大きいだろう。

 だが、それだけではない。

 彼女の人柄や働くさまを見た人々が、敬意に似た感情を白巫女に抱いているという一面も確かに存在した。

 アエリアには上司がいたらしいが、その人物は引退してしまったらしい。

 また、他にいた召喚術士の関係者たちの多くは、最初の魔王軍との戦いで失われていた。

 現在のアエリアの活躍をもってすれば、召喚術士のトップの地位を得ることが可能であるし、また望まれるところだ。

 だが、アエリアは権威の座についていなかった。

 彼女はすでに引退していた経験豊富な年長者にその地位を譲ったのだった。

 無欲な女性であり、自制を知る人なのだろう、とサイアスは思う。

 だが、だからといって坂棟の価値を知らないことは問題である。


 坂棟の夕食には、ついこの間までは考えられないような料理が並んでいた。

 おかずも複数あるのだ。

 三品もおかずが並んでいるということ自体が前までは考えられなかったのである。

 劇的な変化と言えた。

 これは坂棟だからというわけではない。

 特権的な地位にある者だけでなく、一般の食糧事情も大きく改善されていた。

 坂棟と共に食事をしているサイアスとアエリアの食事も坂棟と同様のものである。


「いったい坂棟さんはこの国をどのようになさるおつもりですか?」


 アエリアの前に並べられた料理は種類こそ他の二人と一緒だが、その量は少なかった。

 回復したとはいえ、身体が全快したわけではないので、どうしても食事は細いものとなっている。

 むろん、健康に害が出るほどに食べないということではない。


「いや、何も考えていないよ」


「本当ですか?」


 アエリアの声には疑念が多く含まれていた。

 サイアスもむろん坂棟の言葉を額面どおりにはとらなかった。

 ついに王まで替えてしまったのだ。

 いったいどのような国をつくるつもりなのか、サイアスも興味がつきなかった。

 この期待感があるからこそ、でたらめな量の仕事にも積極的に関わることができているのだ。


「二人とも疑っているみたいだが、本当だぞ。俺が依頼されたのは魔王と魔王軍を討つことだ。ヴァルキアに少しばかり手を入れたのは、魔王軍と戦うための保険だよ。もしかしたら、討ち漏らしがあるかもしれないからな」


「え、でも、ずっと先を見越した政策を次々に行っていますよね」


 サイアスは坂棟の秘書官であるからこそ、ヴァルキアで行われているさまざまなことを多方面にわたってよく知っていた。


「やっているのは、俺じゃない。国王を始めとした政治に関わる人たちだよ。この国は俺の国じゃなくて、おまえたちの国なのだから、自分たちの意思で政治を行うのは当然のことだろう?」


 サイアスは坂棟が芯から言っていることを感じた。

 この言葉を受け入れたことで、いつまでも坂棟がこの国にいるわけではないという事実に彼は初めて思い至った。

 まだ実感がないのか、衝撃は小さい。


「また、何かたくらんでいるんですか?」


 アエリアがいぶかっている。

 あまりに自然な口ぶりであったので、逆に信じられないのかもしれない。


「何もたくらんでいない。そろそろ依頼達成をする時期に来たかな、ってところだな」


「魔王軍に戦いを挑むんですか?」


 アエリアの声に緊張が走った。


「俺が挑むんじゃなくて、向こうが挑んでくるんじゃないか? 実際、どうやら動き始めたようだからな」


「動き始めたって魔王軍がですか!」


「ああ」


「ああ、ってなんでそんなに冷静なんです。大事じゃないですか!」


「アエリアさん落ち着いてください。この方はすでに何度も魔王軍を撃退しているのです」


 サイアスは立ちあがったアエリアを鎮めようと説得をはかる。

 実際、サイアスの言っている内容は事実なので、簡単な説得だ、と彼は思っていた。


「まあ、これまでとは規模がまったく違うけどな。たぶん、十万はいるんじゃないか」


 けろりとして坂棟が口にする。

 一瞬の間が生まれた後に、サイアスとアエリアの二人の声が共鳴した。


「大事じゃないですか!」


「それが事実ならこんなところで食事をとっている場合じゃないでしょう」


「そのとおりです。早くいろいろなところに連絡しなければいけないんじゃないですか? 坂棟さんは重要な地位にあるのでしょう。きちんとしてください!」


「重要な地位? 最重要人物ですよ! この人は!」


「落ち着け、大丈夫だ。やつらの気配は完璧に覚えた。進軍速度を誤ることはない。急ぐ必要はないよ。明日の朝から警戒すれば十分間に合う。そもそも、俺一人で戦うんだからヴァルキア軍の出番はない」


 感情を波打たせる二人とは異なり、坂棟は悠然としている。

 食事時に提供するための軽い話題といった様子である。

 サイアスは眩暈を覚えた。

 坂棟という人は、自分たちとまったく異なる感覚を持っていることをすでに知っていたはずだが、それはまだ知っているつもりでしかなかったらしい。

 十万の大軍の進軍を知りながら、平時と変わらず食事を続ける者など、普通であれば、愚か者としか言いようがない。

 だが、わずかな月日ですべてを変えてしまった坂棟がそうするというのなら、否定することなどサイアスにできるはずがなかった。


「ずいぶんと時間がかかったが、そろそろ依頼達成の報告をしないとな」


 坂棟にはまったく気負いが見られなかった。

 時間がかかった?

 早すぎると表現していい改革だろう、とサイアスは思った。

 それにしても十万の敵を想定して、なぜ勝利を確信できるのだろうか!

 坂棟という人間の能力も精神力もサイアスにはまったく理解不能である。

 そして、本当に一人で魔王軍を殲滅してしまうとしたら、坂棟克臣は絶後の人であるだろう。

 本当にそんなことが可能なのだろうか……。


 翌日、ヴァルキア軍と魔妖術士は警戒態勢をしくことになった。

 だが、一般の住民には行動制限がしかれることはなかった。

 無責任とさえ言える、おそろしいほどの坂棟克臣の自信であった。








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