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52 新たな仲間




 森の中は薄暗い。

 樹木の枝が絡み合い、陽射しが地面に届くのをさえぎっているのだ。

 ダナンは先頭を歩くジークセイドを頼もしく見ていた。本来なら先頭で導き手となるのは経験が一番豊富なダナンの仕事なのだが、ここ魔族の森では何より強さが求められる。その点に於いて彼よりもジークセイドの方が適任であった。

 実際この若者は本当に強い。


「ダナン。姉さんを頼む」


 鋭く叫ぶとジークセイドが走り出した。地面は平坦ではない。だが多少の足場の悪さなど、この若者の動きに影響を与えられない。

 滑空するようにジークセイドは森を移動した。

 ダナンはオフィーリアを背にかばいながら、ジークセイドの後を追う。

 魔族に囲まれている人間がいた。

 特徴的な耳をした華奢な体格――エルフである。

 エルフと言えば精霊術だ。

 奥には、魔族の死体が数体ある。精霊術によって魔族を倒したが、数が多く接近を許してしまった。そして、近接戦闘で苦戦しているところをジークセイドが発見したというあたりだろう。

 近接戦闘を得意とするジークセイドは、三体の魔族を瞬く間に倒してしまった。加勢する時間もない。


「ありがとうございます」


 エルフが頭を下げた。

 プライドが高く他種族を見下しているエルフが、ヒューマンに頭を下げることは珍しい。

 ダナンは驚きを覚えると共に、このエルフに好印象を持った。

 身長は高めだ。オフィーリアなどよりもよほど高い。

 しかし、何より目を惹くのは美しい容貌だろう。


「僕はジークセイド。こっちがダナンで、あの人がオフィーリア」


「私はフレアと言います」


「会話をするなら、この場所から離れた方が良いんじゃないか? いつ魔族が襲ってくるかもわからない」


 ダナンは提案した。


「どこにいても、この森じゃ魔族に襲われそうだけど」


 ジークセイドはそう言いながらも、素直に提案を受け入れ歩き始める。

 しばらく歩いたところで一行は休息した。

 改めてエルフとの会話である。


「仲間はやられたんですか?」


 ジークセイドがフレアと向き合った。

 尋ねにくいことをずばりと訊く。

 この若者の人柄が良いことはダナンも知っていたが、人の感情の機微にはやや鈍感なところがあるようだ。


「いえ、最初から一人で森に入りました」


「精霊術があるとはいえ、それは無謀では?」


「ええ、無謀でした」


 フレアは悲しげに微笑んだ。


「なぜそんなことを?」


「最近は魔族の動きが普通ではないので、調査を命じられたのです。その一人が私です。おそらく他にも調査員がいると思いますが、他の人のことを私は知りません」


「エルフの王国が正式に調査しているんですか?」


エルフの王国エンシャントリュース。私たちの国は、魔族の王が復活するのではないかと疑っています」


「魔族の王の復活……」


 ジークセイドの表情が厳しいものとなる。

 魔王の復活に対する驚きはないようだ。この若者は予測していたのかもしれない。

 だが、ダナンにとってはお伽噺だ。話題が非日常に過ぎる。彼にとって魔族の王など伝説上の話でしかない。

 ダナンは、自分が身の丈に合わない事件に関わりつつあることに何となく気づき始めた。

 だからといって、途中下車をするつもりはない。


「森の外まで送ってあげたいんですが――僕たちは奥に進まなければなりません」


 ジークセイドが唇を噛みしめる。この若者は見知らぬエルフの命にまで責任を持とうと考えているらしい。


「よろしければ、私も同行させてもらえないでしょうか? 私も中途半端な調査で帰るわけにはいかないんです。戦う力は持っています。足手まといにはなりません」


「いや、先に進むのは危険です。奥に行けば行くだけ、これまでも魔族は強くなっている。帰った方が良い。ここまで来ただけでも、充分な調査を果たしたと僕は思います」


「ジークセイドさんは認めてくれても、祖国の王や長老たちは満足しないでしょう」


 フレアが美貌に自嘲的な笑みを乗せた。

 あまり良い笑顔とは言えない。

 たった一人で魔族の森の調査を命じられたという事実が、フレアがエルフたちの間で重要視されていないことを表していた。

 フレアが魔族を圧倒できるほどの強者であったのなら、一人での調査もわかるが、そうではない。数体の魔族に囲まれれば命を落としかねない実力なのだ。

 悪く言えば、フレアは未来につながることのない捨石にされたのだ。

 役に立つことを期待されておらず、始末するために魔族の森の潜入を命じられた。積極的な悪意さえ感じられる。


「このお嬢ちゃんにも訳がありそうだ。この場で別れたとしても、彼女は一人で森の調査を進めるかもしれない。どうする?」


 質問の形を取っているが、ダナンの発言はフレアの同行を許可しろと言っているようなものだ。

 何もエルフに同情したからというわけではない。

 ジークセイドの性格からすれば、フレアの命も救いたいと考えているはずだ。この後別れて下手に心配されるより、傍に置いた方がマシというものだろう。

 それに守る者がいた方が、ジークセイドという男は力をより発揮するようにダナンには思えた。

 エルフの精霊術も加わり戦力も増す。

 森の奥へと向かうには、フレアを仲間にした方が一行にとってより安全だろうとダナンは考えたのだ。


「わかりました。ただ、僕たちはかなり奥まで進みます。途中で帰ることは難しくなるでしょう。それでも本当にいいんですか?」


 ジークセイドとフレアの双眸が重なる。


「ええ、この森に入った時から危険は覚悟しています」


 ジークセイドの旅にエルフが加わった。





 森の奥に進むと、やはり魔族は強くなった。

 まとわりつくような空気は、ひどく重い。闇が混じっているかのように空気は濁っていた。


 四人の戦闘隊形は、ジークセイドとフレアが前衛で、ダナンとオフィーリアが後衛と言う形だ。

 エルフの精霊術と言うと、神法術に近い物だろうとダナンは勝手に考えていたのだが、フレアの戦い方は素早さを重視した戦士そのものの戦い方だった。

 しかもまったく魔族に後れをとっていない。

 エルフは近接戦闘が苦手などいう彼の評価は誤っていた。


 オフィーリアは神法術で遠距離から魔族を撃退し、まったく役に立っていないのはダナン一人である。

 オフィーリアの護衛である彼の元まで、魔族がたどりつくことはなかったのだ。

 どうやら完全に場違いな人間となっていることをダナンは自覚した。

 何しろ今襲ってくる魔族と一対一で戦っても、彼は自分が勝てる可能性を万が一にも感じることができなかったのだから。


 さらに二日をかけて森の奥へと侵入すると、魔族の動きが変わってきた。

 それまでは、たとえ徒党を組んでいたとしてもほとんど単発で現れていた魔族が、間断なく出現するようになったのだ。

 ジークセイドたちがいることを嗅ぎつけ、周囲の魔族が集まっているように感じられた。


「ジークセイド! 止まったままじゃ駄目だ。魔族たちに囲まれることになる。移動した方が良い」


「わかりました」


 ジークセイドが道を切り開こうと走り出したところで、オフィーリアが口を開く。


「こっちです」


「ちょっと待て」


 走り出した女神官の後を慌ててダナンは追った。

 正面にいる魔族をオフィーリアは神法術ではねのけ、先へと走る。

 横から突如襲いかかった魔族にオフィーリアはまったく反応しない。

 ダナンの剣も届かない位置だ。

 ダナンは決断した。

 彼は右手にあった剣を思いきり投じる。剣は激しく縦回転をしながら、主の意思を汲み取ったように一直線に飛ぶと、魔族に突き刺さった。

 魔族が硬直する。


「ありがとう」


 ダナンの傍で声が発せられた。

 声の主はいっきに前方に躍り出ると、魔族を切断し、そのまま道を切り開く。

 ジークセイドだ。


「そのまま走ってください」フレアから声がかかる。


 ダナンの後方に、フレアがいた。

 ダナンは中央でオフィーリアと共に前後を守られながら、走りつづけたのである。

 彼の手にはすでに盾しかなかったので、戦う術はなかったのだが、悔しさがわきおこることを止めることはできなかった。


 オフィーリアの身体が耐えられなくなるほど走った後に、ついに、四人は森を抜けた。

 正確に言えば、魔族の森に入って初めてひらかれた場所に出たのだ。

 そこには、白亜の神殿がそびえ立っていた。

 風雨と時間の経過によって、汚れやいささかのひび割れなどが見られたが、魔族の森の中にあって、神殿は紛うことなく神気を発していた。

 止まったのは、ダナンとジークセイド、フレアの三人で、オフィーリアはそのまま倒れそうになりながら神殿へと走っていた。


「ダナン、お願いします。僕はここで追ってくる魔族を倒します」


「わかった。フレア――」


「私もここで戦います」


「そうか」


 ダナンはオフィーリアを追った。

 オフィーリアはダナンが肩を貸そうとするのを断り最後まで一人で歩いて、神殿へと足を踏み入れた。

 ダナンとオフィーリアが無事神殿にたどりついてから、すぐにジークセイドとフレアも姿を現した。

 魔族たちは追ってこなかったらしい。

 神々の気配に畏れをなしたのだろう


「――なんて立派な神殿なんだ」


 ジークセイドが素直な感想をもらした。


「ああ、王都のシャラ神殿にも劣っていない」


 ダナンは本気でそう感じていた。

 規模は王都の方が上かもしれないが、清浄な空気と神々しい雰囲気は、この神殿の方がはるかにあると彼には思えた。


「当たり前です」


 オフィーリアの発言に反応して、ダナンは彼女を見た。

 淡々とした表情で彼女は言葉を紡ぐ。


「ここが本物のシャラ神殿なのだから――」








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