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51 勇者の鼓動




 シャラ神を信仰する女神官オフィーリアは、故郷に帰り生きる気力を失っていた。

 オフィーリアは思い出したように思いつめた顔で、たびたび自身の腹をさする。彼女の瞳には涙があふれていた。

 そんな時、彼女に神託が降りる。


 ――ジークセイドを魔境に埋もれた神殿に導きなさい。


 すぐにでも行動に移るべきところだが、オフィーリアは何もしなかった。

 弟であるジークセイド本人にも神託の事を教えることはしない。

 数日後、オフィーリアの身の回りの世話をしている女性が、ある話題を口にした。彼女にすればオフィーリアを励ますためにその話題を上らせたのだろうが、効果は別の意味に置いて覿面てきめんに発揮されることになる。


「今では、ノウドウ様ではなくサカムネの名が皆の希望となっています。ノウドウ様の死は決して無駄ではなかったんですね」


「……今――何て言ったの?」





 ジークセイドは姉オフィーリアから神託の内容を聞かされ、続けて旅立つことを強い口調でまくしたてられた。

 この神託の意味を、オフィーリアは能動の代わりにジークセイドが勇者となるための試練であると語った。

 彼に否はない。

 元よりいずれ旅立つつもりであったのだ。

 ジークセイドには能動の意思を継ぎ、世界を変える使命がある。彼自身がそう信じていた。

 本当は能動を失った後、すぐにでも新たに解放軍を結成したかったのだが、姉の様子を見て彼は戦いを続けることを諦めた。


 オフィーリアが能動を慕っていたのは知っていた。だからこそ、姉の喪失感は並大抵の物ではないこともジークセイドは推測できた。

 オフィーリアはこれまでとはまったく異なる姿を見せるようになる。

 肉親であっても近寄りがたいと感じるほどに非常に荒れた。誰であろうと戦うことを常に強制するのだ。


「戦え。武器を取れ。やつらを殺せ」


 神官の言葉ではない。


 希望そのものであった総指揮官を失った兵士たちに、すでに戦う気力などなく、オフィーリアは誰にも相手にされることがなかった。

 皆遠ざかり、そして去っていった。

 もっとも彼女に戦いを強要されたのは、ジークセイドだった。オフィーリアの怨憎の声は毎日のように彼に降りかかった。


 ジークセイドは能動の首を埋葬するために、一度故郷に戻ることを姉に無理やり了承させた。

 故郷に戻ると、オフィーリアは、能動を勇者の室に埋葬するよう懇願した。姉の熱望に負け、ジークセイドは勇者の室に能動の首を収めた。

 勇者と同じ場所で眠るという事実によって、オフィーリアは能動が本物の勇者であったということを言いたいのだろう。

 こんなことをしなくても、ジークセイドにとって能動は間違いなく勇者だった。彼は、ずっと能動の姿を追っている。


 オフィーリアの状態はようやく落ち着いた。

 女性を一人雇って身の回りの世話をさせるようになった。

 以前のように人のために動くようなことはなくなったが、周囲に当たり散らすことも戦いを求めることもしなくなった。


 平和な時間が訪れ、ジークセイドは一人で修行に明け暮れた。

 それが数日前、突然姉の様子がおかしくなった。

 彼女は一日中慟哭した。

 世話をしている女は何か知っているようだったが、ジークセイドには何も教えてくれなかった。

 以前に姉に口止めをされたらしい。よほど強く言い渡されていたのか、絶対に口を割らなかった。

 散歩程度の外出ならしていたオフィーリアはまったく外に出ることが無くなり、家に閉じこもるようになる。部屋の中でもほとんど動くことはなく、泣いているか呆然として座っているだけだった。

 ジークセイドは何をしてやれば良いのかまったくわからなかった。

 結局、弟が状況をまったく理解できない内に姉は自身で復活を果たし、故郷から再び出発することを決めたのだ。

 ジークセイドは、神託を受けたことが女神官としての彼女を取り戻させたのだろう、と結論づけた。

 すでに姉が彼とは遠く離れた世界の住人になっていることを、ジークセイドはまったく理解していなかった。





 二人はほとんど公路を通ることなく、関所のある場合は山越えなどを果たしながら領地の境や国境を越えていった。

 食料や水を求めるために村や町に寄ることはあったが、叛乱軍であったことを疑われることはなかった。叛乱軍として追われているのは、黒髪黒目の男、坂棟克臣のみと言っても良い状態だ。

 故郷で二人が悠々と暮らしていられたことからも、彼らが重要人物としてパルロ軍に追われているわけではないことはわかる。だが、ジークセイドたちは念を入れて、ひそかに北へと進んでいた。

 道中、二人に仲間が一人加わった。

 ダナンと言う体中に傷跡を持つ壮年の戦士である。

 どうやら彼は訳ありの若い二人のことを不憫に思ったようで、護衛を無償で買って出たのだ。

 ジークセイドは少し怪しく思ったが気にしなかった。オフィーリアも眼中にないようだ。

 ある時、野盗に襲われた。

 すでに野盗などジークセイドの相手ではない。一人で一〇人以上の野盗を完封した。

 ダナンも数人倒していた。なかなかの腕である。


「私が世話をやく必要はまったくなかったようだな」


「ここで別れますか?」


「いや、勝手に私から乗り込んでおいて、船を途中で降りるわけにはいかないだろう」


「後悔しますよ」


「事情があることわかっている。内容はわからんがね」


 ダナンはそう言って笑った。

 ジークセイドは解放軍に参加しましたか、と問おうとして止めた。

 この技量があれば、解放軍では目立ったはずだ。だが、ジークセイドはダナンのことをまったく知らない。

 おそらく解放軍で戦ったことはないのだろう。


「死ぬかもしれません」


「独り身になったんでね。どこでのたれ死のうと問題ない」


 ダナンは翳りのある笑みを見せた。ダナンにも事情があるようだ。



 ジークセイドがボルポロス公国に入国したのは、三カ国による緊張がちょうど解けた後のことだった。

 ジークセイドは北上する。

 魔族の襲撃で冒険者の町が廃墟と化した話を途中で耳にした。

 そして、実際に目にすることになった。


「これは、ただごとじゃないな」


 ダナンが呟く。

 城は破壊され、町はどこにあったのかわからないような状態だ。

 北にある鬱蒼とした森から城に向けて、水の流れていない川のように道ができていた。

 城の周辺は地面の各処が隆起しており、巨大なモグラが暴れた跡のようだった。


「撃退したっていうのは、嘘だろう。魔族の死体がない。この感じじゃ、たぶん、相当な数の魔族がいたはずだ。短期間で後処理なんかとてもできやしない」


「自ら森に戻って行ったと言いたいんですか?」


「常識的に考えればそうだ」


「でも、作業している人もいますよ」


 どのくらいの数がいるかわからないが、兵士が城にいるようだった。瓦礫の始末をしているようだ。片づけたところで、城が使えるとは思えなかったが。

 作業をしている兵士もこちらに気づいたみたいだが、何も言ってくることはない。


「あれだけの数で何とかできると思っているのか?」


 ダナンは崩れさった城に視線を投じている。


「僕たちは魔の森に入ります」


 ジークセイドは初めて目的地を宣言した。


「途中から、そうだろうと思っていたよ」


「ダナンの予想では、森に魔族は帰ったんでしょう? いいんですか、これから先は危険しかない」


「気づかいは無用だ。魔族だろうが何だろうが、戦いの果てに死ねるなら本望だ」


「別に、僕は死にに行くわけじゃありません」


「私もできれば死にたくはないな」


 ダナンが笑った。

 死にたくない、と本気で考えているようには見えない。

 死に場所を求めていたから、姉弟の護衛などを買って出たのかもしれない。

 ジークセイドは、この男を連れていって良いものか迷った。

 ちらりと姉に視線を投げる。

 旅の間、ずっと彼女は思いつめた表情をしていた。ほとんど口を開くこともない。

 神法術を使用して戦うオフィーリアにとって近接戦は不利だ。彼女を守る人間がいてくれた方が、ジークセイドとしても思いきり戦うことができる。

 森に入れば、多くの魔族を相手にすることになるだろう。その時、守りながらの戦いでは苦戦が予想された。

 ダナンがいることは、ジークセイドにとって悪いことではない。むしろ必要な存在だ。

 だが、ジークセイドは人が死ぬのは嫌だった。戦いで死ぬことはある。だが、死ぬことを求めるのは許せなかった。

 能動もそんなことは望んでいないはずだ。

 ジークセイドの思考は、能動を基準としていた。

 二度と会うことのかなわない能動は、ジークセイドの中で実際以上に大きな存在となり、すべての指針となっている。

 ダナンは死に場所を求めているかもしれない。だが、戦いを求めている心も本物だ。敵が魔族であるのなら、ヒューマンならば戦うのは当然のことなのだ。

 死にたがれば、ジークセイド自身が止めれば良い。すぐ傍にいるダナンを救えなくてどうするというのだ。

 一歩を踏み出した姉も、彼は後押しするつもりでいる。

 いや、二人とも前へと進ませてみせる。

 すべてを変える。

 能動が示した勇者はそうだった。


「簡単に諦めないで下さいよ」


「無論だ。おまえたち姉弟が無事森から出られるまで、生きのびてみせるさ」


 ダナンの返答は、ジークセイドの求めた答えではない。だが、今はまだいい。


「わかりました。行きましょう」


 ジークセイドは荷物を抱えなおした。

 ここから先に人間はいない。

 神託で告げられた神殿を求め、ジークセイドたちは魔族の領域へと足を踏み入れれたのである。








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