7 気づかいのデキない四人組
どんな人混みにまぎれようとも、よく目立つ、いや、悪目立ちする四人の姿があった。
一人は中肉中背の男。
次に、高身長の美男美女。
そして、巨体の男が最後尾にいた。
際だった容姿だけでも目立つが、その服装も、この世界において異彩を放っていた。
先頭を歩くのは、パーカーにジーンズというラフな格好の普通の青年。
機能性よりも見栄えが重視されている彩り豊かな衣装を着、さらに短いスカートをはいている美女。
機能性は重視されているが、あまりにシンプルなデザインの制服を着用した美男。
そして、裸で筋肉質の大男。
文化のカオスという一面をもつ日本であったとしても、目立ってしょうがない――一人は捕まってしまう――集団である。
「どんどん人の気配がなくなっているような気がするけど、気のせいか?」
坂棟は、自然一色の景色を見まわす。
「その言葉は前にも耳にしましたが」ラトが反応した。
「ああ、俺もなんか言いなれてる気がしたよ」
「同じではありません」
「そりゃ、何かは変わるだろ」
変化と言えば、森がより深くなっただけだ。
「また、お出ましだ」
坂棟は魔族を発見した。
猛獣を一回り大きくして、凶悪にしたような外見をしている。
魔族はこれまでと同様、坂棟に目視されると同時にその身をばらばらにされた。
念糸によって、坂棟が切り裂いたのである。
「まだまだだな」
魔族の最期に、坂棟は顔色一つ変えることなく自らの腕を評した。
「数日で新たな武器をそこまで扱えるのは、充分評価に値すると思いますが」
ラトが口ぞえする。
「この腕で、おまえたちに勝てると思うか?」
「それは侮辱というものでしょう」
「だろ? じゃあ、実戦じゃまだまだってことじゃないか」
「お館様は、基準が常人とは異なるようです」
「はっきり、おかしいと指摘してあげないと、お館様は一生基準を変えないと思うけど? 私はともかく、その基準じゃ他の人たちは凄く迷惑するんじゃない?」
黒曜石のような輝きを持つ瞳を細め、ハルが笑う。
「他の人って、三人しかいないじゃないか」
「お館様の無節操ぶりだと、これからもっと増えそうだけど」
「俺は、節度ある常識人だと思うが」
「いえ、非常識です」
きっぱりとハルが断言した。
「――向こうに何かいるか?」
ふいに坂棟は、視線を虚空に投じる。
「ようやく、ですか?」
ハルが口元をおさえた。
ちらりと見ただけで、坂棟はハルに対して何も言わずに、他の従者に声をかけた。
「当然、ラトもわかっていたんだろう」
「はい」
「なぜ、言わない」
「べつだん、急ぐ必要もないでしょうから」
「争っているのは、魔族と人間なんじゃないか」
「おそらくそうでしょうね」
だからどうしました、と言わんばかりだ。
竜王たちにとって、人間の生死などたいしたものではない。
その死に対して、彼らの関心はひどく薄いのだ。
「俺は生きている人間と会いたいんだ」
「あら、お館様は、すでに私と話をしているじゃありませんか? 私では不満ですか?」
ハルが白く長い指先で、自らの赤い唇に触れた。
妙になまめかしい仕草ではあるが、坂棟は完璧に無視する。
「おまえたちは、この世界で例外的存在なんだろ? 俺は、一般人と話しがしたいんだ」
「例外……お館様にとって、すでに私は特別な存在と言うことね」
「話がずれてるぞ」
わずかに苦笑して、坂棟は駆けだした。
「見覚えのあるやつだな」
ため息こそつかなかったが、あきれたような口調で、坂棟は魔族に対する感想を述べた。
ちょっとした崖のようなところから、坂棟は、人影とスライム三匹の激闘を眺めていた。
どうやらこの魔族、冒険の初期によく出会う宿命にあるらしい。
「私がやってもよろしいでしょうか」
大柄で無口な男――セイが、低音の声を響かせた。
「でしゃばんないで、新入りさん」
うっすらと笑みを浮かべて、ハルがたしなめる。
何をしているわけでもないのに、彼女からはなぜか凄味が感じられた。
先輩風というには、威圧の風が強すぎる。
「いや、いいだろ。セイとは戦ってもないし、どんな感じなのかわからないから」
「承知しました」
セイは主人の言葉を受けて、頭をさげた。
さらに二人の先輩従者にも頭をさげて、セイは崖から跳びおりる。
「肉弾戦なのか、精霊なのに夢がない……」
スライムは、セイから殴られ身体の一部を消し飛ばされていた。
「主に似たのでしょう」
ラトが指摘する。
「俺と違うのは、敵が燃えてたりすることかな」
「原精霊ですからね。火や風など、意識せずとも自然に操ることが可能でしょう」
「それは便利なのか? むしろ、日常生活にいろいろ支障をきたしそうだけど」
「普段はしないでしょう。見たことがありますか?」
「まあ、そうだな……というか、便利かもな」
「何がです?」
「君たち二人と俺には、大きな違いがあるってことだ」
「何のことです」
「日々の生活」
主人と従者がのんびりと会話を交わしている間に、大柄な原精霊は、三匹のスライムを拳であっさりと倒してしまった。
「なるほど、俺とは少し見た目が違うけど、人間だな」
「そうです。言葉を話す人、というのがお館様のご注文でしょ?」
ふふふと、ハルが笑った。
すでにセイは坂棟の背後へと控えていた。
彼の態度からも、あくまでも自分の戦いを主人に見せることが目的であって、人間を助けたことなど、何とも思っていないことがわかる。
精霊も人間の命にたいした価値を置いていないようだ。
「ケガはないか」
「ヒューマンか?」
「おまえも人間だろ」
「――俺はセリアンスロープだ! おまえは、ヒューマンだ!」
「うん? ああ、そうか。こだわりがあるんだな。まあ、話は通じるだろ?」
小柄なセリアンスロープを、坂棟はぞんざいになだめた。
「人間」という呼称を、坂棟は人型の種族の総称として用いたのだが、よほどセリアンスロープの少年は、ヒューマンと一緒にされたくないらしい。
「ケガをしているのか?」坂棟の視線が、セリアンスロープの足へ投げられた。「セイ」
「承知しました」
「何をする気だ!」
子猫が毛を逆立てるように、セリアンスロープが強い警戒をしている。
しかし、セイはおかまいなしにセリアンスロープに近づくと、足の様子を見た。
セリアンスロープの足が薄く光る。
「何を! ……治っている」
セイの顔と、坂棟の顔を交互にセリアンスロープは見た。
驚きが顔一面にひろがっている。
「本当に治せるのか――」坂棟は口の中だけで呟いた。
自分で指示しておきながら、彼は従者の能力に驚いていた。
しかし驚きを外に出すことなく、坂棟は余裕の表情を浮かべている。
「少しは警戒が解けたか? じゃあ、話がしたいんだが」
「ヒューマンは信用できない」
「あ、そ。じゃ、ラト。おまえに任せる」
坂棟は、側の木に背中を預けてよりかかった。
完全に休憩の姿勢だ。
「わかりました」
ラトは小さく嘆息した。
ラトは、セリアンスロープの前に傲然と立つ。
宝石のような青い瞳に、ちらちらと危険な光が灯っていた。
怒りと侮蔑が、瞳から静かに青白い炎を上げている。
「セリアンスロープの少年。一つ言っておくことがあります」
「おまえもヒューマンじゃ、な――」
「私が話している途中にさえぎらないようにしてもらいましょうか。不愉快です」
セリアンスロープの少年は口をぱくぱくと開閉させた。
パニックに陥ったように、あたふたしている。
ラトが声を封じてしまったらしい。
「あの方は、私の主人なのです。あなたごときが下に見てよいお方ではないのです。わかりますか? いちおう、頭があるのでしょう? 理解できませんか? 不要なものは無くなった方が良いと私は思うのですが」
「―――」
「ラト、話が脱線してないか? 状況を聞きだすんだぞ」
「わかっています」
「喋れないようにしているみたいだけど……」
「お館様、私に任せたのでしたら――」
「ああ、悪い。じゃあ、後は口をつぐんでおく」
「もったいないお言葉」ラトは、坂棟に対して一礼した。「それでは、あなたと会話をいたしましょうか。ああ、そういえば、私のことをヒューマンなどと言いましたね。本当に、そう思っているのですか? 生物であるのなら、私の存在に何かを感じるでしょう」
ラトが冷笑した。
セリアンスロープの少年はわかっていないようだった。
だが、少年の身体は震えている。それは、絶対的存在に対する恐怖を、細胞ひとつひとつが感じとっているかのようだった。
セリアンスロープの少年は、開けてはならないドアを開け、二度と戻ることのかなわった男の物語を思いだした。
少年は自らの状況を、物語の男と照らし合わせていたのだ。




