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恐怖と過去

 

「二人は巻き添えだが、ここで巻き添えがあってはならない。三人の内一人でも逸れたり死に値する事になれば残り二人も元の世界には戻れない。犠牲なんて論外だ。全員で出る事に意味がある」仮面の男の人は坦々と説明を続ける。


 「死に値することになれば」僕はその言葉に引っ掛かりを感じた。それを口に出したいけど緊張してるのか畏怖してるのか足が震えて声が出ない。こんな経験は僕の人生の中でよくあると言えばそうだけど、こんなに言葉が出ないのは初めてだった。


 自分の無力をはなはだ感じる。特に人を愚弄することもないし、人にとって弊害になるようなこともしないし、倦怠になることもない。かといって狼狽するばかりで人の役に立つこともない。それは決して悪いことじゃないと言われたことがあけど、そんな気はしない。ただの御世辞な気がするんだ。


 ただ、勉強は人より少しできる。それだけで昔は十分だと思っていたけど僕は井の中の蛙で、社会に出て初めて大海を知らなかった事を知った。


 そんな中僕はここに来た。何が何か分からないまま来た。あのいかつい人と学生風な人を見れば僕はとことん駄目なんだなと感じさせられる。


 さっきからずっと何か、何か変な違和感を感じる。冷静になれればそれが分かるのかもしれないけど今の僕は舞い上がって冷静になることが出来ない。唯一できることが出来ない。こんなの嫌だ……。


「かと言って」半面の仮面を付けた人はそんな僕の迷いなんか露知らずに続けた。「金魚の糞がいてはならない。全員が力を合わせる必要がある」


 全員が……力を……。


 出来ないよ、そんなの。何も役に立たない僕がいるんだから……。


 僕は怖い。多分皆を巻き添えにしたのは僕だ。僕がこんな臆病だから。こんな時に何も出来ないから。きっとこの人は僕のそんな所を直す為に……。でも、この人は一体誰なんだろう。そうだ。僕はこの人なんか知らない。半分だけ見えている顔を見た限り記憶にある顔ではなかった。だからこの人も僕を知らない。はず。別に僕は有名人じゃないんだから。僕は巻き添えなんだ。そうだ。そうに違いない。あの二人のどちらかがその巻き込んでいる人なんだ。きっとそうだ。


「一人、間違った解釈をしている奴がいるようだ」仮面の人は僕の方を向いた。「私の事を知らないから自分は巻き込まれている側だと思っている奴がいる」


 え? 僕の頭は空っぽになった。


「残念だがそうとは限らない。誰も私に何かしたから謝れなんか言っていない。自分の人生の中で何か悪いことをしたと思ったことが一つでもある限り自分の疑いは晴れない。私の存在など関係ないのだよ」


 僕の脳裏に一つの小さな大罪がよぎった。

 それは中学生の時の話。


 僕には一人の親友がいた。喋ることが苦手で人と話すことも少ない僕にとっては親友と呼べる人はその人ひとりだけだった。


 彼との出会いは中学の時に同じクラスになり、出席番号順の席で偶然隣になった事。彼は決して人見知りなんか出来ない明るい性格なので、僕に話しかけた。「何この世の終わりみたいな顔してんだ。新学期だぞ。世界の始まり、現代版アダムとイブだよ」


 彼は友達や僕と同じように近くの席になった人達や僕と常に話していた。授業中でも話し掛けてきた。先生に黙れと何度も怒られていた。でも彼は学年の頭の実力テストでほぼ毎日予習復習を欠かさない僕と同点を取っていた。


「運命だな、これ」と彼は(うそぶ)いた。訊けば彼は家でほとんど勉強していないらしい。彼は一種の天才だった。そして僕は成績がいいだけの自分の小ささを思い知った。


 気が付けば僕らは校外でもよく遊ぶようになり、勉強の悩み、片想い、何もかもを打ち明けられるようになった。僕には昔より随分饒舌になったような実感さえあった。


 学力も同じようなものだった僕らは同じ高校に行くことを志した。そこはこの学区内で最もレベルの高い公立高校だ。


 僕は今まで以上に勉強した。彼は授業中の口数を少し減らし、家でも勉強を始めた。


 そして僕らは難なく合格した。その高校で他の人のテストの出来具合を聞くと本当に「難なく」だったんだなと思わされた。


 それから時計の針はジェットコースターのように想像を絶するスピードで流れて行き、あの日で止まった。


 彼と僕は違う部活に入っていた。彼はバスケ部で、僕は理化学部という文化部だった。なので、いつも別々に帰っていた。たまに色々と都合が重なって一緒に帰った日もあったけどそう何度もなかった。僕は胸の奥に何か寂しげなものを感じていた。


 ずっと時間が重なっていてほしい、僕はそんなありえない邂逅をずっと渇望していた。


 そんなある日、僕は教室で一緒に帰ろうと誘われた。僕は勿論首を縦に振った。彼を疑うなんてことは頭のどこにもなかった。


 部活の途中も数分に一回それが頭によぎった。その度ににやけてしまい、「気色悪いな」と揶揄されたがそんなこと気にしなかった。全く気にならなかった。


 そして校外のとある人通りの少ない空き地を待ち合わせ場所としていた僕は自然と速足になってそこに向かっていた。


 この角を曲がれば空き地だ、とか思ったところでそこから嫌な声がした。僕の嫌いなタイプ、不良と言われる人達、らしい声だ。内臓が全て鋼鉄になったような重さと冷たさに僕は怖気づいた。


 逃げたくなった。ここに行けば必ずと言って良いほどの確率で絡まれるだろう。


 でもここは彼との待ち合わせ場所だ。逃げてはいけない。この死角で待っていよう、と思った。


 そんな時だ。


 どん。


 鈍い音がした。


「……ない」


 彼の声らしきものも聞こえた。


 嫌な予感が込み上げて来た。

 僕の足は正義なのか何なのか分からないけど、動いた。


 僕はそこをコンクリートの壁に隠れて覗いた。そこには口から血を流している彼と他校の学ランを着た意味の分からない髪形をしているやつらが数人いた。彼ら不良達は痛そうに立っている彼を囲む形で立っていた。


「もう一回言うけどさ、金貸してくれよ」


「ない」


「ウソつくんじゃねぇよ!」長い髪を垂直に立ててセンスのないサングラスを掛けている男が彼の頬を殴った。鈍い音と血が飛んだ。


 彼はよろけて、後退した。同調するように僕もよろけて、後退した。


 その現場には可愛い顔をしているパンチパーマの変人がいて、彼の肩を掴んで、さっき彼を殴った男に捨てるように渡した。彼は力を失くしているのか死んでいるように抵抗しなかった。


「オレは知ってんだよ」その不良は彼の胸倉を掴んでふざけた顔で大口を開けた。「テメェが電車通学してることをなあ!」


 は? と思った。それが「お前が金を持っている事くらい俺は知っている」という意味になると気付くのに少し時間がかかった。


「だからなんだ……」彼は不良のボタンが止まっていない学ランを掴み、残りの力を振り絞るような苦しい声で叫んだ。「オレは定期を使っているんだ!」


 バラエティー番組でやるコントのような言い合いだったけど誰も笑うことはなかった。


 それどころか彼が掴んでいる不良は「じゃあ言ってやろう」と彼の顔に急接近した。「テメェがなあ! 今日コンビニに入って行くのも見たんだよ!」


 尚更ふざけた台詞だけど到底笑えなかった。


 周りの不良は「どうだ! 参ったか!」と不細工な顔をして猫背で囃し立てた。


 僕も彼も笑っていない。僕の足は裏腹に震えていた。壁に隠れていたのにも関わらず、震えていた。


「ウソついたからバツゲーム決っ定ぇ!」囃し立てた男たちの一人の瓜みたいな縦長の顔をした男が大声で笑った。


 ふざけた台詞の男は彼を離し、円陣の中央に捨てた。それと同時に彼らは「イェー!」と低い汚い声で叫び始めた。


 彼はふらつき、流血しながら、耐え、立っている。


 ふざけた台詞の髪を立てた男が彼に走って行ったところで僕は思わず目を逸らした。


 低く鈍い音と高い笑い声が絶え間無く続いた。


 僕の目は何にもピントが合わず細かく揺れていた。


 怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……。


 誰かが唾を吐いた音がした。同時に笑い声がした。「オレにもかかっちまったじゃねぇかよ! 汚ねえな!」


 彼ら下劣人間が笑うたび臆病な僕の怒りは増していく。火が炎となっていく。でも僕は故意にバケツ一杯の水を心に掛けた。


 僕が怒って飛び込んだ時点で何があるっていうんだ。そこには血しかないだろう。


 冷静という言葉を忘れた僕は逃げていた。


 その翌日、彼は学校を休んだ。理由は分からない。先生がその理由を知っているかどうかも不明だ。ただ彼は学校と言う閉ざされた空間に囚われることに不満を持っている様子は全くなかったから誰もが病気だろうと予想した。


 彼はクラスのムードメーカーでもあるからその日のクラスの空気はいつもとは少し違って重かった。


 その翌日、彼は姿を現した。いつも余裕をもって登校する彼が一時間目の予令が鳴って誰もが今日も休むのかと思ったときだった。


 でも誰もがそれを見て何か重苦しいものを心に抱えたに違いない。最低でも僕はそうだった。


 彼は頬にガーゼを付け、腕には包帯を巻いていた。ギブスは無かったけど、それは物凄い重症に思えた。でも彼は何事も無かったかのように笑って「おはよう」と言った。


 皆が「どうした」「大丈夫か」と声を掛ける中、僕は教室の最後尾にある自分の席に座ったまま動くことが出来なかった。


 彼は友達たちに囲まれる中で「ちょっとね」とずっと笑っていた。自分がムードメーカーなのを知っているから、クラスの空気を悪くしたくなかったからだろう。


 彼は「階段でこけて落ちた」と友達を笑わせたりもした。


 僕はただ駄目元でも姿を現すなり、リンチが終わるのを見届けてからでも姿を現すべきだったんじゃないかという申しわけのない気持ちで寂しく見ているだけだった。なんて話しかけていいのかも分からなかった。


 頬のガーゼと腕の包帯。目に見える分ではそれだけだけどあのシャツやズボンの中にはもっと目を向けたくない何かがあるのだろうと思っていたのは恐らく僕だけだろう。


 彼が席に着くために歩いているときに体が左右に不自然に揺れたりしているのを見て誰かが「マジで大丈夫?」と危惧するのも彼は重苦しく笑った。

そして彼は僕が座っている列の右隣りの列の前から二番目にある自分の席に座った。


 席の前にいる友達とずっと話したまま彼は後ろを振り向かなかった。


 僕はずっと彼の後姿を罪悪の償いで見ていた。


 そして葛藤していた。


 彼の元に今すぐ行って、謝った方がいいのかな。


 でも彼は僕があの光景を見ていた事を知らないだろうし、謝ってもしょうがないよね。


 でも、僕は約束を破った。彼との待ち合わせを。彼と下校することを。


 そのことは謝るべき、かな。そうだ。謝るべきだ。


 と、決心し、立ち上がろうとしたとき、空気の読めないチャイムが鳴り、授業が始まった。


 一時間目が終わってから謝りに行こうか、と嫌々思った時だった。


 彼の友達が彼の席を離れ、彼は一瞬後ろを見た。


 僕と初めて目が合った。


 僕が気まずいとか思うより前に、見えてしまった。この世の終わりのような冷たい眼光が。


 軽蔑と失望の冷たい目。殺伐と拒絶の温度のない表情。今にも暴れそうな体を一心に制御する体の細かい震え。軋轢と乖離を知らせる色のない空気……。


 全てが僕を二日前のあの光景より激しく畏怖させた。




 それ以来、彼は僕に話しかけることも近づくこともなくなった。


 暴力をふるうとか、靴や机に何かされるとか、避けられるとか、無視されるとか、そんな事ではなかった。ただ、近づくことがなくなったのだ。


 彼はいつも通り明るく周りを笑かして高校生活を過ごしていた。あんな暗い目を見せることは一度もなかった。恐らく今まででもあのたった一回きりだったのだろう。


 結局僕が彼に謝ることもなかった。


 彼が僕に謝ってほしいとか思ってないと思ったからだ。


 これが僕の大罪。償い切れない大罪。


 この仮面の人が彼と関係するかは分からないけど、そんな気はしない。

 彼が今更「謝れ」なんて言うとは思えないから。


 僕は迷惑を掛けさせられてる側、巻き添え側だ。そうに違いない!


「自分がそのひとりだと疑わないのは自由だし、自分が被害者だと信じるのも自由だが、その二人にも意味、役割があるという事を教えてやる。選ばれた意味は全員にあるのだよ。一億人からくじ引きで選ばれたわけではない」


 僕はその言葉で現実に引き戻された。


 少年は平坦に言った。「選ばれた理由があるのか」


「ああ、そうだ」


 つまり、僕は、選ばれたって事?


 って事は、もしかして、彼が関係しないとも限らないって事?


 え? どういう事?


 その一人の人にも巻き添えの二人の方にもここに来た理由があるって事?


 なんで?


「なんかよく分かんねぇけどさぁ」感じの悪いおじさんが呑気に口を開けた。


 理解力が無いから呑気に入れるんだな、と僕はマイナスに解釈した。


 あんな過去があるし、それ以前に、僕はこのおじさんのようなヤンチャなタイプの人は嫌いだ。だから僕は、「このタイプ=悪」という偏執した解釈しか取れない。これが外れるとは思えないから僕はこれが偏執だと分かっていても信じ続けている。


 おじさんはおじさんでも駅のトイレで会ったあのおじさんとは雲泥の差だ。あのおじさんがどんな人かは知らないけど、絶対に違うと思う。


「コイツらと力合わせろってか」


「そういう事だ。さっき皆に意味があると言ったが、それはサポートという意味だ。それに二人は選ばれた。つまり他の誰でも駄目で、その二人がサポートに付かないと脱出は出来ない」


 という事は僕じゃないとその一人を脱出へ導くことは出来ないということ?


 でも僕なんかに何ができる? 何も出来ない弱虫な僕に。


 いや、何かができるから選ばれたんじゃないか。


 でも、僕にこの二人と力を合わせられるのかな。はっきり言って自信がなかった。自分だけ置いて行かれるんじゃないか、と不安にさえなってしまう。


「まあ、そう簡単には出来ないだろうな。赤の他人と力を合わせろってったって。でも、出来なかったら永遠の暗闇が待っているだけだ。歓迎したいなら自由にすればいい。二度と友人と会うこともないし、親孝行だって出来ないだろうがな」


 その「親孝行」という言葉を聞いた瞬間感じの悪いおじさんが大きく舌打ちした。


 この人の人種にそんな言葉関係ないだろうに。


 でも僕は「永遠の暗闇」という言葉に引っ掛かった。死、という意味ではなさそうだけど……。


「そろそろゲームを始めようか」仮面の男は高らかにマントを舞わせた。


 ゲーム……。


「ゲーム?」あのおじさんは訝りの目でマントの男を睨んだ。


 あなたたちの好きなことなんじゃないか? もうちょっと素直に喜べばいいのに。


「そうだ。ゲームだ。貴様らの人生を掛けたゲーム」


「フザケンナ」彼は訝りの目を怒りの目に豹変させた。「人生とか命とか、かけがえのねぇでけぇもんを賭けるのはゲームとは言わんねぇんだよ!」


 声は大きかったけど響かなかった。ただ、僕の心では不思議な音色で響いた。


 なんで? この人が……そんなこと……。


 ……どうせ綺麗事だ! ……そうに違いない!


 意味のない正当化を僕は何故か繰り返している。


「さあ、時間だ」仮面男はあの人のセリフを受け流して、ゆっくりと発声した。


 マントから再び腕が出た。


「ちょっと待てよ! 聞こえねぇのか! このツンボが!」


 (つんぼ)か。ホント汚い言葉だ。


 仮面男がその手を空に掲げたとき、僕の唾が叫ぶように音を上げて、喉に勝手に飲み込まれた。


「さあ! 見せてもらおう! 貴様たちの勇気と力を!」


 パチン!


 突然視界が無くなった。それと同時に靴底の感触が変わった。


「え? 何?」「なんだぁ!」


 耳は利いている。なんとなく湿っぽい、埃……とは少し違う、なんか「洞窟」って感じの臭いがする。利いてないのは目だけ。


 パチッ


 左が凄まじく光った。


「なんだ」


 必死にその光の方を片目で見ると、何かが光っていた。


「懐中電灯だ」


 少年の声だ。


 あっ、そういえば懐中電灯を渡されていた。ずっと手に持っていたから慣れてしまって一瞬分からなかった。


「なるほど、文字通りクリアできなかったら「永遠の暗闇」があるってわけか」


 その少年の声を聞いて僕も「なるほど」と思った。


 懐中電灯を手探りで点けると、物凄い眩しさが網膜を焼いた。「眩しっ」


 懐中電灯の域を超えた馬鹿みたいに明るい光だった。


「痛ってぇなぁこの懐中電灯。懐中電灯ってそこそこ眩しいもんだろうけど、こんなに眩しいもんだっけ、なぁ」おじさんが僕の思ったことと同じことを口にした。


 気が合いそうにない嫌いなタイプの人と意見が合ったというのは変な気分だった。でも、誰だったそう感じるだろう、犬だって猿だって、とまた僕は意味のない正当化を繰り返した。


「そうだな、確かに。一瞬暗闇にいたからと思ったがあくまで一瞬だしな。これは異常な明るさだ。現実的じゃない。ここが現実じゃないなら簡単な話だが」少年は懐中電灯だけでなくこの状況そのものも受け入れながら推量否定した。


 それにしてもなんでこの子はこんなに大人っぽいのだろう。話し方なんかこのおじさんと反転してなんぼのものだろうし。


 やたら大人っぽい少年と、ガキっぽい大男。そして普通な僕。吊り合っているようなないような。


「いやぁ、暗いなぁ! 洞窟探検なんて楽しそうだな」精神年齢の低いおじさんははしゃぐように言った。そして僕に懐中電灯を向けた。「わあぁ!」


 すぐ目を閉じたけど目が……。


 そしてこの大人は子供みたいに高笑いした。あの記憶が脳裏に浮かんだ。


 僕にとある感情が少しだけ込み上げた。でもすぐに消えた。


 その時、少年がけなすような口調で言った。「おっさん。精神年齢ガキだな。雰囲気通りじゃないか」


 お、僕と意見が合った。


「うっせぇ。ぼこるぞ」


「ぼこったらここから出られないぞ。いいのか? 親孝行でもしたいんだろ?」


 え?


「コイツ……チッ、ガキが」大男は分かりやすくイライラして言葉を吐き捨てた。


 僕にはこの少年の言うことがよく分からなかった。


「あの変人の言うこと鵜呑みにすんのかよ」


「ああ。今の俺らにはあいつ以外頼るものは何ひとつないだろ。今は信じるしかない。もしあれが虚言でも別にいい。真実でないならその内分かるだろう。どこかしらの矛盾が見つかるだろうから。行くぞ。おっさん二人」


「誰がおっさんだ」大男は前に吐き捨てた。


 あなたですよ、と心で唱える。


 それと僕はまだ二十五でおっさんと呼ばれる歳じゃない。


 それも口には出せなかった。


 ただ、僕にはひとつの不安定で無理やりな実感が湧いていた。


 僕は迷惑を掛けているひとりじゃない、と。きっとこのおじさんだ。


 でも関わりたくない人と洞窟探検なんかしなければならないと考えると、世界が終わるような嫌気がさしてきた。

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