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またとまだ

 

 ――三人の男がいました。


 これはなんだ。


 ――その男たちはみんな違う性格でした。


 奇妙な気分が胸と記憶の奥の方から込み上げる。


 ――しかし共通点がありました。


 ひとりの人間の顔がぼんやりとそこに。


 ――三人は覚悟を決めました。


 それが徐々に鮮明に。


 ――『勇気と力の森』


俺はソイツの顔を心中でぶん殴った。


 憎しさと怒りの他にほんのりとした温かさが自分の中にあるのが僅かながら感じることができた。


 ――何それ?


 幼い純真な声が聞こえた。


 ――この話かい? これは「かめんのみつびと」って童話なんだ。







 手、足、体、頭、全てに固くて冷たい感覚があった。

 目を開けた。

 目を閉じた。

 何も変わらない。


「痛てて……」


 巻貝のうっとうしい声が聞こえた。


 どうやら耳は大丈夫なようだ。


 その時、手の中に懐中電灯があることに気付いた。


 付けた。

 カチッ。

 ぐわあぁ。


 光が俺と巻貝、北山寺の目を同時につんざいた。


 辛うじてその眩しそうなおっさんの顔が細目の中、見えた。


「消せ!」


「寝起きのガキか、お前は」


 しばらく半目を保ち、光に慣れてから俺は寝ている体を起こした。


「痛てて……」巻貝が腰を手で押さえながら立ち上がる。


「老いぼれにはやっぱりきついか」


「うっせーよ。オレはまだ若いんだ」


 さっきから考えてたがその顔で若いってのは流石に無理がある、と言いかけたが飲み込んだ。「まあ、どうやら死ぬという選択は正しかったようだ。大丈夫か、北山寺」


「う、うん。なんとか」


 懐中電灯で辺りを見回す。


 この空間に階段はない。広さは中学校の教室くらい、いや、もう少し狭い。奥には直径二メートルほどの分度器のような半円の穴の道がある。上には天井がある。やはり岩壁だ。でも何かほっとする安心感のような、その逆か、両方か、がある。この部屋のど真ん中から梯子が上に伸びており、天井にある直径一メートルほどのコンパスで描いたような穴がある。そこを覗くと、かすかにその先の天井が見えた。そして先ほどの半円の右側には木製の看板がある。

 近づくと、そこに乱雑な字が書かれてあることが分かった。


《ココカラ出タイカ? ナラ止メロ。スレバ貴様ラノ勝チ》


「なんだこの上から目線」


「あの仮面野郎の口から出た上から目線だ」


 ()ったない字だ。

「まあ、分かることは、キーワードは《止メロ》ってこと。それとさっきの階段みたいにここも一筋縄ではいかないということだな」


「おいおい、まだ終わってないのかよ」


「らしいな。セカンドステージってところか。とりあえず、行くぞ」


 さあ、今度は何をしてくれるのか。

 俺たちは階段がもうないことに安心しながら奥の半円へ歩いて行った。もちろん懐中電灯なしでは視界はゼロに等しく、懐中電灯で適当に道を照らしながら進んでいる。


 さっきみたいに奈落もなければ木製の柵もない。ただの狭い道だ。

 ただ、何か違和感がする。微かだが前に傾いている気がする。

 十歩くらい歩くと、道が左に六十度くらい左に曲がった。


「やっぱり角はあるんだな」


「ああ」


 また同じくらい歩くと次は右に同じように変化した。


「気味が悪いな」


「あいつはどれだけ曲がり角が好きなんだ」


 次は左、その次は右、そして左。すると行き止まりが現れ、足元に見覚えのあるような、ないような直径一メートルくらいの穴と、下に伸びる梯子が現れた。


「嫌な予感がする」皮肉にも三人の声がそろった。


 そして互いの顔を見合った。


「ワンパターンか。芸のないやつだ」


 そして俺以外の二人はまた顔を合わせた。すると北山寺が嫌そうに逸らした。「……」


 嫌悪な空気だ。下りたくない。下りなければ進まない。そんな葛藤。


 正直こういう空気は嫌いだった。「さあ、楽しく無駄話でもしようか」


「あ?」


「え?」


「お前らは「無駄話」の意味も分からないのか?」


「そうじゃなくて無駄話なんかしている暇があるのかって訊いてるんだ?」


「心配するな。時間ならある。一生。久遠。永遠。永久。なんでもいい。俺たちはここにいる限り無限の時間があるんだ。ゆっくり進めばいい」


「は? 何言ってんだよ」


「自分をよく感じてみな」


「は?」二人は仲が善いのか悪いのか、息が合っては片方が顔を逸らした。

「お前たち、今疲れてるか?」


「は?」


「だからお前は馬鹿と言われるんだ。息が乱れてるか? 足は重いか? 心臓は鳴ってるか?」


 馬鹿面のウドの大木は明後日の方向を見て言った。「鳴ってるに決まってるだろ」


 彼は手を胸に当てた。「……」


 大木の表情がジジイになってきた。よりいっそうゴリラに戻ったと表現した方が適切かもしれない。「動いてない……」


「ホントだ……」北山寺も同じ行動をとった。「鳴ってない。感じない」


「だからお前たちは馬鹿と言われるんだ。自己中を隠すために周りだけを見て自分を見れていない。息も上がってないだろ。結構歩いたのに」


 二人は仲よく黙った。

 俺は階段から飛び降りるときにそれに気が付いた。死を目の当たりにして、恐怖もあって、なのに心音を感じない。バクバク、ドクドク、何もない。


「なんでだ?」


「あの仮面野郎は「試練に参加しなければ貴様は永遠にこの何もない世界に居続けることになる」みたいなことを言っていた。まあ、扉に入る前の話だから聞いたのは俺だけかもしれないが」


「いや、聞いた」意外にも巻貝が答えた。「あんたら二人に会う前だ。あの変態の声だけ聞こえた、扉の向こう」


「お前もか?」俺は目を丸くして訊き返した。


 なのに「いや、僕は聞いてない」と北山寺が答えた。


 そうか、口答えせずに素直に扉には言ったんだったな、この人。


「じゃあ、会話はしたか? 話の応答」


「した。ムカつくやつだった」


「したよ。少しだけ」


「じゃあ会話が終わってからすぐに扉を開けたか?」


「蹴り開けた」


「開けたよ」


「なるほど、な」そう反応しながら俺は呆気にとられた。最初から薄々気づいてはいたがどうやらそうなってしまうらしい。「どうやらあいつには超人的な力でもあるようだ」


「超人的? あの変態が? まあ超人的におかしいし、怪人だし」


「そういうことじゃない。覚えてるか? 俺たちは別々の扉から同時に入ってきたんだ。その扉を開ける直前まで別々の三人と話していたんだ。もちろんテープの音とかじゃなかっただろう。有り得るか? そんなこと」


 三人の人間と同時に会話するなんて有り得ない。聖徳太子は十人が同時に話したことを誰が何を言ったかまで正確に認識したそうだがそれとこれとは話が別だ。


 それ俺も気付いた、と巻貝はいかにも胡散臭い顔でうなずいた。


 一瞬だけ北山寺が吐き気を催したような顔をしたのを、巻貝は見ていない。


「やっぱりおかしいよな。あの場所に来てすぐにあいつの声がして」


 ん?


「そうそう。全く状況が読めなかったよ」


「……」


「どうした? 蜩?」


 それは予想外のことだった。「いや、なんでもない」


 でも、こいつらに言う必要はないと俺は判断した。「つまりだ。あいつは時間軸を操ったことになる。そんなことは現実に有り得ない。何故ならここは現実じゃない。あいつの空想世界だ。頭で創った世界だからそういうこともできるかもしれないな」


「そんなもん創れんのか?」巻貝は数学の勉強に追い付けなくなった生徒が難問を目の前にして教師に問題のクレームを付ける中三のガキのように訝った。「フツー無理だろ」


「簡単だ。あいつが普通じゃないと仮定すればいい」


 彼は複雑そうな顔で斜め下に目を向けた。

 自分でも何を言ってるのかと思うが元からそんな状況下にいるんだ。さっきまで無限階段にいたんだし、いくらでも言える。


「心音がないこと。これはここにいる限り寿命では死なないということを示す。生まれてから死ぬまでの鼓動の回数は決まっているらしいからな。そして、時間軸の操作。これを踏まえると、一つの答えが出てくる」


「ここに時間はない」


 北山寺の声だった。最初にあった頃より随分逞しくなったように思える。


「――って、こと?」と、とぼけたように彼は俺に返答を求めた。

「ああ」


 それはさて置き、


「その仮説の補足要素がいくつもある」俺は説明を始めた。


「まず、俺は大学の講義室の前でこっちの世界に移動した。だが移動しただけじゃない。所持品はこっちに移動していない。何故だと思う。巻貝」


 オレ? と巻貝は自分に指をさして眉毛をやや八の字にした。


「他にお前みたいな変な名前はいないだろう」


「一言多いんだよ」と溜息をついた。「セミに言われたくない」


「質問に答えろ、チキンゴリラ」


「その名前で呼ぶな」


「なんでもいいから質問に答えろ。どうして所持品がこっちに転送されてないかを。お前も所持品ないだろ」


「知らねえよ。所持品も何も、そもそも俺は寝てて、起きたら扉の前に立っていたんだよ」


「は? お前は何時まで寝てるんだ」


「七時半には起きる」


「え……?」おいおい、「じゃあ北山寺さんは、いつこっちに飛ばされた?」


「えっと……、八時前かな」


 あ、そうなのか、なるほど。


 巻貝も気付いたようだ。「その時間には俺は起きてるはずだ。ってことは飛ばされた時間も違うのか。蜩はいつだ?」


「九時過ぎだ」


「おいおい、バラバラじゃねえか」


「ああ、そうだな。一応聞いておこうか。今日は何月何日だ?」


「おいおい、昔のSFみたいな質問だな」


「うるさい。答えろ」


「六月二十九、いや、起きたら三十日だ」


「北山寺は?」


「僕も六月三十日」


「俺も同じだ」


 日にちは同じらしい。西暦まで聞く必要はこの際ないだろう。


 とりあえず、少なくとも俺と巻貝じゃ二時間近くこの世界に来た時間が違うわけだ。流石に巻貝は二時間もあいつと喋ってはいないだろう。あいつは俺たちと同時に喋ってたんじゃなくてここに来る時間をずらして喋ってたんだろう。そして扉にはいる時間を同時に合わせた。自分で考えていて意味が分からないが、まあいい。


「ここに時間という概念がないのはどうやら確かなようだ。時計とか、持ち物が一切こっちに飛んできていないのは時間がないのを感じさせないためだろうな。こういうことに気付くのも試練の一環なのかもしれない」


「じゃあこの試練が終わったら僕らはどうなるの?」北山寺はいっそう困惑した顔だった。「ここに来て結構経ってると思うけど」


「さあな。多分この世界に来る直後から始まるんじゃないか? それが一番自然だと思う。俺たちは別々の時間から飛んできてるんだから」


 あいつは俺らが現実世界に戻ったときに矛盾が起きて困らないように配慮くらいしてくれるだろう。


「今更だけどさ、そんなSFチックなこと現実にできるのかよ。意味が分からないぜ」


「俺だって分からない。でも、人間やろうと思えば何でもできるのかもしれない」


「なんだよそれ」


 逆に言えば、よっぽどの意思と労力がなければこんな神秘的な芸事はできないってわけだ。「やろうと思えば空想の世界だって創れるのかもしれない。「ここは私の創造した空想世界」とか言ってたしな。多少この世界が不自然なのはそのせいだろう」


「不自然?」「不自然?」巻貝と北山寺は同時に発音した。


「さっきから思っていたが、お前ら仲いいな」


「は?」「え?」


「……」まあいい。「説明を続けよう。この洞窟に来る前の空間。あそこはなんとなく空が狭い感じがしたし、砂の色も不自然だった」


 絵の具で塗られたような色。


「そういえばそうだ」北山寺は興奮気味に少し大きめの声を出した。「確かに、空が狭く感じた。砂とか景色もなんだか天然って感じじゃなかった」


「ああ、まさに作りものって感じだった。この懐中電灯も妙に明るいしな」


 それほどここを創るのは難しいということだろう。懐中電灯の光の強さひとつを取っても不自然になるくらい。「そんなことまでしてあいつはこの三人の中の誰かを試したかったのだろう」


「……」


 暗い空気だった。神秘的なもの――例えばオーロラ――を見て「素敵だ」と感動するのではなく、オーロラが引き起こす電磁波の影響で停電が起きてしまうと危惧するような。


「趣味が悪いやつだ。何のためにこんなことを」吐き捨てるように巻貝が言葉を発した。


「さあ」それは分からない。「分かるのは自分が創った世界だからその世界にいる俺たちの心が読めるし、お前の体を硬直させることだってできるってことだ」


「そんな理論ありかよ」


 到底ありえるとは思えなかったが、ありえないことばかりが続いているので信じるしかない。「……無駄話はこれくらいにして、行こうか」


 いくら時間が存在しないと言えどもこの嫌悪な空気は俺たちが動かない限りそこにあり続ける。ただの人間はこれに気づけば動かずにはいられない。


 俺が足元の穴の奥を懐中電灯で照らしたとき、誰かの気を遣った小さな溜息が聞こえた。


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