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子と父

プロローグです。固い文章だと感じると思いますがそれはここだけです。本編は全体的にもうちょっとポップな文章になると思います。

 

 シネ、キエロ。


 彼は小学二年生ながら父にそんなことをぶつけた。棒読みで蔑視。熱いを通り越して冷たく、無表情。


 父は当然驚いた。持っていた夕刊を椅子に座ったまま、姿勢を変えず落とした。ガサガサと音を鳴らして、夕刊が閉じた。まるで夕刊以外の全ての時間が止まったみたいに。


 父は昔から二枚目で色白で体も心の強い人だった。筋力もその強い正義心もこの時でもまだ変わっていない。運動神経は申し分ない。


 ちなみに彼の顔には薄ら傷がある。右眉の右側から右耳の耳たぶにかけての切り傷だ。これは彼の正義の証で、昔サバイバルナイフを振り回した暴君に立ち向かったときにできた切り傷だ。彼はその殺伐とした雰囲気を纏わせる狂った暴君に畏怖することなく立ち向かった。畏怖どころか、自分にとってこんな空前絶後な機会はない、と笑ったくらいだ。


 子は父と比べれば顔はよくないが、決して悪くない。しかし成長し、顔がしっかりしてくれば父にも負けないような二枚目になるかもしれない。頭も運動神経もそれほどよくない。かといって特別悪い訳でもない。ただ、この年にしては空気を読む事ができ、少し大人びているのだ。


 子の冷たい言葉を聞いてしまった母も固まった。夕飯の食材のキャベツを切る音が、途切れ、暴言を怒る事さえ忘れていた。


 母は絢爛で社交的な美人で家事も料理も節約もできる、まさに理想の奥さんというやつだ。年末は何より年賀状を書く量の多さに悲鳴を上げるという顔の広さを持つほどの社交型だ。頭脳など教養は父よりもずっと悪いが、優しさと社交性は誰にも負けやしない。子育ても彼女が中心となっていて、間違った教育など何一つしていないように思える。


 アナログ時計の音が大きく鳴り響く希有な瞬間、見た目とは裏腹に父の頭は高速回転していた。彼と以心伝心している母も同じように頭を訝りで回転させていた。


 何故?

 どこでそんな汚い言葉を?

 いつもの明るい息子はどこへ?




 結果があるということは原因があるということだ。温かい子が冷たい暴言を吐いたということはそれだけの原因があるということ。


 何故? ――それは父にある。しかし彼は気づいていない。何故なら自らの語った勇気と力の夢が、そんなことに繋がるなんて思いもしてないからだ。


 どこでそんな汚い言葉を? ――そんなもの登下校含め学校にいくらでも転がっている。世の中そういいように出来てはいないのだから。ただ彼らは無邪気な子供だ。汚い言葉を汚い言葉として認識なんかしてない。意味を調べたりなんかしない。一人を除いては。


 いつもの明るい息子はどこへ? ――そこにいる。いつもと表情が違うだけだ。

 人の中に住む人の形は一定で、その人が住む形と違う姿、雰囲気になると別人だと思ってしまうもの。ずっと付き合っていた優しい恋人が、結婚すると人が変わったかのように態度が変わってしまったと言う人がいる。これは元からその恋人が猫かぶっていたということだが、同じことだ。人の中身でも外観でも変われば、その部屋に住んでいる人が突然変わったようになる。


 子は変わらずそこに鎮座している。



 ことの原因の原因は父が子に夢を語ったこと。原因の結果は子がそれをクラスメイトに話したことだ。そして結果の原因はクラスメイトが笑ったこと。ただの楽しい笑いじゃない。罵倒した笑いだ。そして彼らはそこらに転がっている悪口を使ったのだろう。無邪気に、はっきりした意味も知らず、軽いニュアンスで。

 しかし子は分からないことを分からないままにすることが許せないタイプで、その言葉の意味を知ってしまっていた。悲哀なことに彼はクラスメイトが言葉の意味を知らないことを知らなかった。無邪気な冗談を真に受けてしまった。

 そして結果の結果に繋がった。




 しばらくして冷静になった子は父にひどいことを言ってしまったと気付いた。でもその日は恥ずかしくて「ごめんなさい」が言えなかった。両親と顔を合わすことも無く、部屋にじっと籠っていた。母は部屋に何度もノックして出てくるよう何度も言った。喉が枯れて咳き込むほど何度も、何度も言った。子はそれを頑固に無視し、耐えた。父は彼の部屋にノックすることすらなかった。子がそれをどう思っていたかは分からない。


 翌日、父は子の言ったように、消えた。全てを残して消えた。子が朝起きた時には既に父は居なくなっていた。子は「ごめんなさい」を言えなくなった。母に父はどこかを訊いても頑固として教えてくれなかった。そこにどんな話し合いがあったかは分からない。話し合いそのものが合ったのかも分からない。もしかしたら印が登場したかもしれない。市役所が関係したかもしれない。


 謝る相手が消えた子には自分のせいだという冷たい罪悪感が募っていた。だが、父が以前話してくれた事を思い出しながら、微かな希望を願っていた。


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