第2話 少女たちの傷
「眠れなかった」
見慣れた天井が視界に写る。
今日は休日、時刻は既に午前9時を過ぎていた。
私はベッドから起きる気にもなれずただただ天井に見下ろされていた。
もぞもぞっと布団から右腕だけ出してゆっくりと人差し指と中指で自分の唇に触れる。
昨日の出来事が鮮明に脳内に広がっていく。
放課後の教室、私と星花ちゃんは夕暮れに染まる教室でただ見つめ合っていた。
沈黙を破ったのは星花ちゃんだった。
「ごめんなさい、初めての事で戸惑っていて……許してほしいとは言えないわ」
私は震える足で立ち上がって星花ちゃんの手を握ろうとしたが、一瞬躊躇って止める。
赤くなっている星花ちゃんは色っぽくて、キスをした影響も相まって心臓が騒がしい。
「優里」
「はい」両手を祈るようにギュッと握る。
「私は貴女に恋しているみたい」
「えっ」私は戸惑いの声を漏らして慌てる。
「な、なんで私なんかっ……こんな根暗で、じめっとした奴」
過去のトラウマがズキリと胸の奥を引っ掻いてくる。
「私ね、いつも仮面をつけて生きてきた。貴女の言う人形のように」
星花ちゃんは自身の過去を話してくれた。
仕事人間のお父さんに嫌気がさして星花ちゃんを見捨てて出て行ったお母さんのこと
「母は私を見て言ったわ。
お父さんと同じ顔をしているお前が気持ち悪いと」
仕事人間だったお父さんは元々は白河女学園の教師をしていたが離婚した後
「星花、お父さんやりたいことが出来たから海外に行くよ。星花はお祖父ちゃんの所に行きなさい」
そう言って、本当に1人で海外に行ってしまったという。それが今から10年前の話。
「私は両親にとって邪魔な存在だったの。だからせめてお祖父ちゃん達には捨てられたくなくて常に完璧であろうとした」
「星花ちゃん」
「でも、辛かった……誰も頼れなかった。私は白河女学園の学園長の孫娘で生徒会長、でも優里は違った」
「え?」
星花ちゃんは、ニコッと微笑む。微笑んだ目尻から一粒の涙が溢れた。
「私の事を知っても私を星花と呼んで対等に接してくれた。凄く久々に心の中が温かくなった」
星花ちゃん、そんなに寂しかったんだ。
だけど……
「私の全てを受け入れて欲しい」
星花ちゃんはそう言って、手を差し伸べてくれたが私は……
「星花ちゃん」
「何?」
「……仮面を外して生活してみて。星花ちゃんのありのままでお家でも学校でも……それでもう一度話そう?
私は星花ちゃんと友達でいたいよ。恋人はとても難しい……色んな意味で」
そう言って本日に至る。
あの後、同じ方向にも関わらず私はお母さんにおつかい頼まれているから等と言って適当に学校の近くのスーパーで時間を潰してから1人で家に帰った。
だってあんなことした後、偉そうなことを言ったりしちゃったし気まずくて逃げてしまった。
しかもお母さんに連絡したら本当におつかい、しかも結構な量頼まれたし……
「あ゛ーーーーー」枕に顔を埋めて低い声を出す。
ピロリン♪ とスマホから通知音が鳴り、私は置き型充電器に置きっぱなしにしていたスマホを取り焦点の合わない目を細めて画面を見る。
メッセージだ。
篁薔薇と書かれていた。
私はむくりっと身体を起こしてメッセージを開く。
『おはよう、今日良ければお茶をしないか 場所はURLを送る』
……お茶?
「お茶!?」私は慌てて起き上がり叫ぶ。
「ゆーちゃん、うるさいわよー」
1階からお母さんに注意されつつ、私はなるべく薔薇と並んでも大丈夫そうな……大丈夫そうな
「服がない!」
あるのはダサい文字が印刷された引きこもり用の服とジャージしかない。
私いっつも休みの日は引きこもって読書したりゲームしたり寝たり等と引きこもった生活しかしてないから
「どーしたのぉ?」
ガチャッとワイシャツ1枚しか着てないナイスボインの姉が入ってくる。
「何で姉さんはそんな薄着なの、寒くないの」
「パンツ履いてるだけマシでしょ〜、服重いのよ。で、何騒いでるの?」
黎姉さんに薔薇にお茶に誘われた話をすると
「あー、ダサTしか持ってないから服に困ってたのねぇ、私の貸してあげるわよ」
そう言って黎姉さんは1回自室に戻って、服を持ってきた。
「これ着て行きなさーい」
そう言って渡されたのは、とても黎姉さんが着るとは思えないガーリー系の春物のワンピースだった。
「返さなくていいわよ〜、楽しんでね」
そう言って黎姉さんはそさくさと自室に戻り、鍵をかける音が聞こえた。
私にこんな可愛い服、似合うだろうか……?
でも私の私服より確実にマシだ。私は急いで薔薇に返信し身支度を済ませて家を出る。
徒歩と電車で30分程移動した先に指定された喫茶店があった。
アンティークな雰囲気で、なんだろう……御伽の国とかそう言う系の小説に出てきそうなお店だ。
まだファストフード店の方が入りやすいよっ!! いや、でも薔薇とファストフード店に入る勇気はない。
どうやってお店に入るか悩んでいるとカランカランとドアベルの音が鳴る。
「何をしているんだ、優里。着いているなら入ればいいものを」
下ろしている金髪を長い1本の三つ編みに結い白いブラウスに黒いパンツにハイヒール……この人って同じ高校生? と疑問を持たざるを得ないキャリアウーマンのような姿をした薔薇が現れる。
「……おはようございます」
私はとりあえず軽く頭を下げながら挨拶をして店内に入る。
店内に入ると薔薇は慣れた足取りで、常連なのかホットコーヒーが置かれた窓際の2人が対面に座れるテーブル席の手前に座る。
「奥に座ってくれ、私は先に着いてコーヒーを飲んでいたんだ。注文が決まったら教えてくれ」
そう言いながら薔薇はメニュー表を私に渡してくれる。
「えっと……」
わ、スコーンとかある……美味しそう。
「薔薇は朝もう済ませたの?」
「いや、これから頼もうかと思っていたよ。決まったのか?」
「うん、ミルクティーとチョコスコーンにしようかなって」
私がそう言いながらメニュー表を薔薇に渡すと薔薇は店員さんを呼んで注文してくれた。
「薔薇は何頼んだの?」
「エビとアボカドクリームのサンドイッチだ。なかなか美味でな……それより先に謝罪を」
「え?」
薔薇が突然、頭を下げてきた。
「な、え? なんで」
「すまない、わざとではないのだが昨日の生徒会長と君のやりとりを聞いてしまった」
え……?
私の頭の中で猫が宇宙で踊っている……ああ、お腹がぷにぷにだぁ〜
「じゃなくてっ!」
現実逃避しそうになった自分を急いで引き戻す。
「薔薇、聞いたって」
「告白から最後まで」
Oh〜マジですか
「忘れ物をして取りに戻ったところ、君たちがキスをしていたのでな……入るに入れず」
見られていたと知り、身体がブルッと寒気で震える。
「ごめん」
私が謝ると薔薇は首を横に振り
「謝罪は不要だ。時と場所は考えた方が良かったかもな……だが事情は盗み聞いてしまったので解っている」
「……薔薇」
「今頃、悩んでいるんじゃないかと思って事情を知ってる私が勝手ながら相談役を引き受けたいと思ったんだ」
当たっている……月曜日をどうやって過ごしたらいいのか分からずこのままでは休んで、連続欠席からの自主退学まっしぐらだった。
いや、転校を許可してくれた母がそう簡単に許すはずがない。尻を蹴ってでも学校に行けと言うだろうっ!
「何か事情を抱えているんだろう? 話したくなければ話さなくても良い」
今も思い出すと、吐きそうな気分になる。でも……ずっと誰かに話して大丈夫だよと言って欲しかった。
「あの、ね」
私は喉の奥から声を絞り出す。
「お待たせしましたー」
タイミングがいいのか悪いのか私たちの注文したものが届く。
「ありがとう」
薔薇は店員と少し話した後、私の方を見る。
「ゆっくりで構わない、先ずは温かい内に頂こう」
そう言う薔薇は先に食べ始め、私もミルクティーを口に運ぶ。
美味しい、緊張して強張った心を解してくれる優しい甘さだ。
私達は雑談しながら少し遅い朝食を済ませて、私から口を開く。
「薔薇」名前を呼ぶと薔薇は優しく微笑んで頷く。
「私、前の学校で虐められて不登校だったの……原因は私の距離感が可笑しかったから」
薔薇は真剣な顔をして私を見つめる。私はちびちびとミルクティーを口に運んで飲み込んでは話した。
小学校、中学校と人と上手く馴染めず友達が出来なかった私が高校で初めて仲良くなってくれた友達が嬉しくていつも傍にいて過ごしていたこと。
遊びに行く時も、普通に手を繋いだり嬉しかったら抱きしめ合ったり今思えばスキンシップも多めだった。
それが、周囲から誤解を生んだ。
その友達と私は付き合っているんじゃないかと
その時、私は違うよと否定したがその否定がますます怪しいと色々と吹聴されて噂が1人歩きして気がついたら私は女の子が好きな女の子と言われて全員が私を変態のような扱いをしてきた。
仲良くしてくれていた友達も私を見て「気持ち悪い、もう関わらないで」と冷たく拒絶され
「気がついたら、引き篭もりになって……お母さんの提案で少し距離があるけど今の学校に転校することにしたの」
飲もうと口をつけたティーカップは既に空になっていて、私はソーサーにティーカップを戻す。
聞き終えた薔薇は店員を呼んで
「ハーブティーを2つ」と注文して私の方を見た。
「何故、女子校にしたんだ? 共学という手段もあっただろう」
「……男の子が苦手で、私の家族って女しかいないから」
「そうか、男性に対する免疫がない、と……大体解った。
だから生徒会長、いや、青井の気持ちを受け入れて交際したとしても周りがどういった反応をするか分からないな」
その通りだ、私自身が傷つくのは辛いけれど何よりも私に優しくしてくれた星花ちゃんが私と同じような目に遭って欲しくない。
「お待たせしました、ハーブティーです」
店員さんがやってきて私達の前にそれぞれハーブティーを置いて食べ終えた食器類を片付けてくれた。
「薔薇は、どう思う」
「何がだ?」
「……同性で付き合うとか……」
そう聞くと薔薇はハーブティーを飲んでから
「私は今まで老若男女構わず恋愛をしてきた。勿論、国籍問わずにね。
だから私は恋愛は自由派だ、君がどんな選択しようと尊重する。友人としてね」
ティーカップを持ちながらウィンクをして言う心強い友人に涙が滲む。
そして疑問に感じた。
16歳で一体彼女はどんな体験をしているんだ。国籍問わず老若男女!? どんな人生送っているんだこの人は!!
「なんだ、優里。そんなに嬉しいか。まぁハーブティーでも飲んで落ち着くといい」
私は促されるままティーカップをソーサーから取って初めてハーブティーを飲む。
「ありがと。薔薇」
ハーブティーの味はイマイチ分からなかった。
ただ、心に染み渡る薔薇の優しさのように温かさが身体に広がっていく。
それだけはわかった。
「長話しすぎたかな、そろそろ出ようか」
気が付いたら私達は喫茶店で1時間弱程、時間を使っていた。
「そうだね」
私達はハーブティーを飲み終え、お会計をする。
「ここは私に払わせてくれ」
薔薇はスマホを取り出してそさくさと支払いを済ませてしまう。
「えっでも」
私は肩下げ鞄から慌てて財布を取り出そうとするが薔薇はそれを引き留めて、私の手を握った。
「なら、もう少し付き合ってくれ
せっかくの休日だ。ショッピングにでも行こうじゃないか」
カランカランとドアベルが鳴り、私達は陽射しの下に出る。
「さて、行こうか」
友達と、買い物……久しぶりだ。今までは家で引きこもってひたすらオンラインが怖くてAIと模擬戦繰り返して遊んでいたから。
「う、うん」
私は薔薇に手を引かれてそのまま、ショッピングセンターへ向かった。
ショッピングセンターに着くと、最初に薔薇は服を見に行こうと言い様々な服屋を回った。
「ふむ、優里には甘い系の服の方がよく似合うな」
「な、なんで私の服を選んでいるんですか」
今着ている店は、姉さんが貸してくれた服の、まぁそれなりのブランドのお店だ。
私のようなアルバイトしていないお小遣い制の私にはとても買えるような店ではない。
「うん、この服なんてどうだろう」
薔薇は一着の淡い水色のワンピースを取り出して私の身体に重ねてくる。
「なっなに」
「いや、君に似合いそうな服があったから。私にはこういった服は似合わないだろう?」
薔薇ってこういう可愛い服が好きなのかな?
美人でスタイルも良いから何でも似合いそうだけど……あ
「この服、薔薇に似合いそう」
私が取り出したのは黒と白のゴシック調のロングワンピースだ。
「そうか? 私より優里の方が似合いそうだが」
「試しに着てみたら良いんじゃないかな。美人なのに試さないなんて勿体無いよ」
私が微笑みながら渡すと薔薇は受け取り、私は水色のワンピースを渡される。
「お互いに試着しようじゃないか」
薔薇に手を握られ試着室の方へ向かった。
「え゛」
私は着替えるつもりは全くなかったので驚く。
「さて、着替えるか」
「何で同じ試着室なんですか!?」
試着室は何個か少し大き目の箱型のものが並んでいて何故か薔薇は私と同じ試着室にいる。
「お互いすぐに見れた方が楽だろう」
いや、狭いでしょうにっ!
何の躊躇いもなく衣服を脱ぎ始める薔薇にドギマギしながら私も服を着替え始める。
「な、なに」
じっと下着姿を見つめられて私は戸惑う。
「可愛らしい体付きで羨ましいと感じたんだ」
ガンッ!! と頭の上に幼児体型と書かれた岩が乗ったような気分だ。
「……Cはあるもん」
「揉みやすい大きさだな」
そう言いながら笑う薔薇の身体は女子高校生と呼ぶには完成しすぎていた。
黒いレースの布面積の少ないレースの下着に包まれた肉体は同性の私ですらドキリとする。
「美人に言われても皮肉にしか聞こえないよ」
鏡に写る私は健康的な薔薇と違って白過ぎてストンとしていた。
「余り焦らすと襲ってしまうぞ」
薔薇がトンッと壁に押し付けてきてニヤける。
「あ、あのっ」
私の小さな胸に薔薇のたわわな胸が当たりどうしたら良いのか分からず狼狽える。
「……冗談だ、さぁ着替えよう」
薔薇はふふっと笑いながら離れて私が選んだ服に何事もなかったかのように着替え始めた。
心臓に悪い美人だな!!!
私はむぅとしつつ薔薇が選んでくれたワンピースを着る。
「なぁ優里、私には似合わないんじゃないか」
薔薇は女の子らしい服を着慣れていないのかさっきの強気な感じとは異なる表情で戸惑っているように見えた。
「……薔薇、可愛いよ。似合ってる」
私は余りにも似合っている薔薇に感想を伝えると薔薇は驚いた表情をした後に年相応の笑顔を浮かべた。
大人っぽいだけで薔薇も私と同じ16歳の女の子なんだ。
私達は互いに着替え合った服を褒め合い、結果として買ってしまった。
今月のお小遣い……かなり節約しないと
「今日はありがとう、優里」
ショッピングセンターを2人で並んで歩いていると薔薇が突然、感謝を述べてきた。
「え、ありがとうはこっちのセリフだよ」
「ああ、君ならそう言うと思ったよ。だけど私とこうして並んで対等に相手してくれる友人は初めてなんだ。
こんなにも心地のいいものなんだな」
女の子らしい薔薇の笑みに不覚にもドキッとしてしまうのと同時に彼女の笑顔が浮かんだ。
……星花ちゃん、今頃何してるんだろう。
「薔薇、私月曜日から頑張るね。薔薇のお陰で頑張れそうな気がする」
ギュッとワンピースの入った紙袋の紐を強く握って言う。
「ああ、頑張れ。優里」
薔薇は私の肩にぽんっと手を置いて頷く。
「そろそろ帰ろうか。今日はありがとう、私はこの後外食で迎えの車がくるのだが家まで送ろうか?」
「ううん、大丈夫。今日は誘ってくれてありがとう」
そう言って私達は解散した。
「まさかこの私が失恋するとはな、いやはや恐ろしい子だよ優里」
私が電車の時間が近づいているので慌てて駅の方に向かう。
薔薇が何かを言っていたような気がしたが、私にはよく聞こえなくて電車に乗り込んだ後メッセージで聞こうか悩んだが外食をすると言っていたのでメッセージを送るのを止めた。
今日は凄く楽しかったな。
「……藍川?」
電車で空いている席を見つけて座ると、隣に座っていた同年代と思われる女性に名前を呼ばれた。
ザザッと脳裏にトラウマの記憶がノイズ混じりで流れ始め……呼吸が浅くなり、薔薇が選んでくれたワンピースの入った手提げ袋をギュッと強く抱きしめる。
なんで、いるの
「……立花さん」
前の学校の、クラスメイトで、友達になってくれて私を気持ち悪いと拒絶した人。
「久しぶり」
立花さんは席を離れたりすることなくそのまま話しかけてきた。
「……はい」
冷や汗が止まらない、呼吸もちゃんと出来ているのか不安になってきた。私、今息していていいの?
電車が揺れているからなのか私が目眩を起こしているのか分からないが視界が歪んで気持ち悪い。
「****************」
立花さんが何かを言っているが何を言っているのか聞き取れない。
どうしよう、吐きそう。辛い、怖い……誰か助けて。
「優里、探したわよ」
この声……
「優里の知り合いかしら、悪いけど私と出かけている途中だったの。ごめんなさいね」
私の冷や汗まみれの手を握って私を立たせて一旦、着いた駅に下させてくれたのは
「星花、ちゃん」
苦しい中、駅のホームで私を助けてくれた人の名前を呼ぶ。
「様子が可笑しかったから声をかけたの、迷惑だった?」
私は耐えきれず嗚咽を漏らし涙を流す。
星花ちゃんは私をそっと抱きしめて、電車が去っても泣き続ける私を優しく抱きしめてくれた。




