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【軌跡】旅立ちに影が落ちるころ

こんにちは、海月凪砂です。

この度は本作をご覧いただき、誠にありがとうございます。

拙い文章ではありますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。


今作ははぐれものたちが集う家の住人のひとり、咲里。

可愛い物好きの死神の昔話です。


どうぞ最後までお付き合いください。

死神という仕事は意外にも肉体労働だ。死神である咲里の職場は天界市役所の福祉局寿命管理部寿命調整課。窓口で対応するのは神に仕えている天使だがその奥では死神が働いている。

 死神のイメージは人間からすると人間の命を奪いに来る者という簡素なものかもしれないが、実際は命を刈り取る寿命調整課、魂を冥界に送る冥界運搬課、魂を裁く裁決課、の3つに分かれており咲里は寿命調整課に所属している。

 寿命調整課の死神は主に死の近い人間の元へ出向き鎌を振って死亡予定書通りに命の灯火を消すのが仕事だ。それが狂うと直近の出生予定が全て狂うので、慎重に、そして確実に仕事を遂行せねばならない。

 死神はこの手で人間の人生の一つぐらい簡単に握りつぶせるような存在なのに、天界と人間を繋ぐような中間管理職であり、時間外労働なんて日常茶飯事である。


「現場行ってきます」


 はいよ、と聞いているのかいないのかよくわからない返事を、死神の咲里も咲里で全く聞かずに、カバンを抱えコートと鎌を持って外へ出る。鎌についているキーホルダーがチャリチャリ音を立てる。もっともっと新人だった頃、この仕事がやってられなくなって勝手に穴を開けて勝手にキーホルダーをつけ始めて、制服を着るのをやめた。人間的なかわいさを求めた服を着た。上司には注意というより困惑のようなお咎めを受けたが、現場へ出る時に規定のコートを持って出たのを見られてから何も言われなくなった。どんな鎌を持っているかやどんな服を着ているのかよりも、フード付きのコートに鎌という人間のイメージを崩さないことの方が大切なのだ。


 命を刈り取る時は対象者の元に行き、コートのフードを被り氏名、生年月日、死亡日時を確認。間違いのないよう確認したのち対象者に説明責任を果たし鎌を持つ。そうすると命の灯火が蝋燭となって現れる。生きている間は青だった炎は死亡時間に赤くなるのでそれと同時に鎌を振り、その風で炎を消す。

 そうすれば炎は消え青緑色の透けた火の玉になる。これがいわゆる魂である。それをどこかにふよふよ行ってしまわぬよう見守りながら冥界運搬課の死神をその場で待つ。魂と対象者の照合と確実な引き渡しのためである。

 咲里の勤める寿命調整課もかなり重労働だが、冥界運搬課も裁決課も昨今かなり忙しいので、冥界運搬課の死神が来るのはそれなりに待つ。日常茶飯事なので向こうももう申し訳なさそうにしていないし、こちらも気にしていない。それにしては冥界運搬課に新人が入ると現場に連れてきてこっちに面倒を見るのを任せ、先輩は別の場所にすっ飛んでいくところを幾度も見た。新人教育をしている場合ではないのだ。


 


 その日も咲里は現場に出ていて、さっさと命の灯火を刈り取って冥界運搬課の死神を待っていた。当たり前のように申し訳なさ気に遅れてきた死神は新人を連れてきていた。新人は死神というには似合わないくらい溌剌としていた。最初はどこの課でもなんの職種でもそういうもんだ。


「すいません、一瞬こいつお願いしていいですか」

「あ、え?」

「お世話になります」


 教育係は会釈してから颯爽とどこかに消えていき、溌剌とした新人は深々と頭を下げた。教育係の死神とは顔見知りで、気のいい奴であることは分かっていたし新人もやる気に満ち溢れたような死神だがかってにお世話になられても困る。一旦座り直すと隣に新人が座って来る。


「えっと、いつから運搬課に?」

「つい先週からです!」


 特に興味もないのにそんなことを聞いてしまい、あぁ……と薄い反応をする。新人は背筋を伸ばし大人しく座っている。それが気まずさを倍増させる。


「えー……あ、魂の引き継ぎはもうしてもいい感じですか?」

「いえ、先輩に俺と一緒にしようと言って頂いているので」

「そうですか……」


 教育係の面倒見の良さが咲里に対して裏目に出て頭を抱えそうになる。ちらりと新人見ると咲里が刈り取った魂の資料を持っていそうだった。それを持っているなら魂と対象者の照合は出来るだろうと思い、それくらい新人にも出来るだろうと心の中で教育係に八つ当たりしだす。自分にも上司になる素質がある気がして嫌な気分になった。

 そのうち教育係が帰ってきて照合と引き継ぎが始まる。もっと早く帰ってこいと視線で教育係を刺すが軽々と躱される。

 魂は、少年のものだった。病院から出られない少年は死の概念を知る前に自分の死を悟り受け入れていた。我慢強い少年だった。大人しい性格は咲里が人間界にいく時に帰るシェアハウスのメンツであるキューピッドの愛羽を思い出させ、寝る時に静かに泣き出す姿は座敷わらしの琴音を彷彿とさせた。仲間ができると仕事中に余計なことを考える。

 もちろん子供に対しても説明責任が発生する。だが誰に対しても納得は必要としない。受け入れようと拒否しようと命の終わりは命の終わり。だからこそ寿命調整課の死神は必死になって懸命に現場を東奔西走するのだ。

 照合と引き継ぎは淡々と終わる。新人に限りグッとなにかを堪えた顔をしていたがあと何件かこなせばなれるだろう。


その数日後、咲里と少年は天界市役所内にて出会ってしまうことになる。通常、窓口しているのは天使であるので死者は寿命調整課の死神に会うことはほとんどない。それに死神も死者との対話をしている場合ではない。だが、少年はぬるりと間を縫ってカウンターの内側に入ったようだ。現場に出ようとしていた咲里はその異変にいち早く気がつき奥まで入る前に食い止めることが出来た。


「……お名前は?」

「けん、です。6さいです」

「そうですか」


 子供との接し方など知らない。自分の仕事場の隅で自分が命の灯火を刈り取った子供と対面で座らされ、担当者が来るまで待たなくてはならない時どうすればいいかなど教えてもらっていない。

 反射なのか年齢まで教えてくれたけんくんは立ち歩いたりせず大人しく座っている。


「おねえさん」

「あ、はい」

「びょういんにきた、きましたか?」

「あー……はい」


 咲里よりけんくんのほうがよく喋る。気を遣わせているんだろうなと思いつつ、咲里も咲里で現場に行こうとしていたところなので目の前のことに集中出来ない。


「お仕事で行きました」

「おたんじょうびまでにかえれますか」

「ん?」

「おたんじょうびにおうちかえれますか」


 きっと、けんくんは死を一時的な事象だと思っている。寿命調整課の死神は、貴方はこの日に亡くなるので私が命を刈り取りに来ます。という趣旨の説明しかしない。死の定義など話しはしない。話してはいけないというマニュアルがあるわけではないが、理解しているものとして、或いは理解させきらなくていいものとして扱っている節がある。


「……こっちでもケーキは食べられるから、美味しいケーキ食べてね」


 咲里がそう言ってけんくんと目が合うと、ちょうど市民局市民生活部児童市民生活課の担当職員の天使が来た。けんくんは職員に連れられ去っていく。けんくんは途中で振り返って小さく手を振ってくれた。咄嗟に振り返すがけんくんと職員が見えなくなってから、手を振りかえす資格など私にあるのだろうかと廊下を眺めた。


 その後、いつも通り仕事をこなして時間外労働までして人間界に降り立った。自分の死神としての感情が揺らぎそうになった時、咲里は決まって自分が可愛いと思う物を買う。自分の素の感情を可愛いものたちに託し仕事中は良くも悪くも無慈悲になれるように。

 スマホからメッセージの通知音が聞こえる。


『今日の主役!早く帰ってこないと先にケーキ食べちゃうよ!』


 そのシェアハウスの主の堕天使、轟木一期からのメッセージで今日が琴音に与えられた私の誕生日だということを思い出す。今日の主役になんていう脅しをするんだと少し笑いながら帰り道を急ぐ。こんな日にケーキは喉を通るだろうか。うまく切り替えたりなんてできない。でも、この感情を一旦今日手に入れた“可愛い”に託す。後で必ず取りに帰ると誓って。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

皆さまからの感想や応援が、今後の創作の大きな励みになります。

もし楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。


生まれること、死ぬこと。生きること。

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