その五
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何事か壁を打ち破るのに必要なものは、現在のままの自分が力任せに押し破るというのよりも、寧ろ違う自分になるという方が当たっている、正しいと思います。今自分自身が立っている前提を変えるのです。正確に謂うと現在自分の立っている前提が必ずしも絶対のものではないと気が付く、そういう体験をするという事ですね。その時、何としても打ち破る事の出来なかった壁は簡単に壊れる、倒れる、更に言えばそれは抑々(そもそも)自分の前に立ちはだかる壁ではなかったのだと思える様になります。自分自身の転換ですね。時としてこれが必要です。それが無いと人は本当にその壁の前で座り込んで人生を終えてしまう事になるからです。
無論、自分を変えるといっても自分自身の根幹を変える事など出来ません。そんな事をするよりは寧ろ壁の前で死ぬまで座り込んでいる方が良いと思うならば、明らかに自覚的にそちらの方を選ぶのであればそれはそれで貫く自分を既にもっているという事なのですから、そうやって貫くべきであると思います。しかしまだ自分の中にそれが無い、自分は今それを探し求めている過程にあるのだと思うのであれば、思い切って自分自身の前提を疑いそれを替えてみる事を勧めます。
私にだって、その経験はあったのです。根幹は決して変えませんでしたが。変えられませんでしたが。
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絶対に自分自身に損傷を受けないで生きて行こうと目論んでいる馬鹿は、軈て見事に致命傷を受けます。それも誰かに、他の誰かから攻撃を受けて、その被害が自分の致命傷になるのではなく、自分がそういう方針で生きてきた正にその事実に拠って、自分自身が原因で滅ぶのです。何が何でも自分に被害が無い様に、謂うなればそれは何一つ賭けて来なかったという事なのですから。他の何ものも信用してこなかったのですから。
人間としての常識良識をもち出すまでもなく、単純に論理的に見てさえも明白でしょう。何に賭ける事もせず生きてきて、どうしてそれで自分を支えてくれるものが出来上がるのですか。そんなものは自然発生的には生まれません。何も賭けていないのに生まれてきたら、それは誰かが非常に巧妙に準備した詐欺マシーンです。生まれてこないのです、自分が何かに期待し賭けてこなかったというのならば。そんな愚かで笑い話の様な一生を送ってはなりません。人の滑稽は笑えますが自分自身の滑稽は背筋が凍るだけの話です。地道に、健全に、落ち着いて、日々種子を蒔きましょう。これだけ裏切られても猶、不作に敗けない農夫の如くに期待して。
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いつ、失われるかも知れません。だから大切なものを手放さず、抱き締めて愛おしむ事をしましょう。ずっと何の疑問も不安も無く、今まで自分の手元に手の届く所に在ったもの。しかし失われるのです。思いも寄らない事情によって突如取り去られるのです。私達の住むここは地上です。天国ではないからです。
その事が自分の骨の骨、魂の魂に刻印されていなければなりません。そうでないと後悔は忍び寄って来ます。厳しいものです。残酷と謂っても可い程に運命は厳格で容赦がありません。ですが人間の意志と想いはその厳しい運命の届かぬ更に高い所にまでも届くと私は思っています。私が欲しいものはそういうものです。その尊い想いをもって私は私の仕える大切な人達に尽くしたい、私はそれを捧げたい。その時、私は本当に幸せだからです。
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何事かへの適応を説く人の言説に心から心服して同意出来た経験が私にはありません。却って貫けと私に説く人の言葉に私は支えられました。
この事を即時に一般化して『世の中の誰もがそう在るべきだ』などと私は言いません。しかし適当な程度に話をする人間は、大抵『貫け』とは言いません。逆に『適応しろ』と言います。ここを憶えておいて下さい。世の中の多くの人がそちらの方を言うという事実。そこには非常に深刻なものが覗いていると思いますから。
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