その二十一
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終戦直後。勿論私はまだ生まれていませんでした。しかし戦後の雰囲気というものは、私の子供の頃辛うじて町の片隅にまだ残っていました。私は多分最後の傷痍軍人さんを見た世代です。私は見た事があるのです。本当に。町の裏通り、片隅には、昭和初期の建築である粗末な長屋が並んでいました。鉄道の駅は小さく古く、そして蒸気機関車の煤煙で真黒でした。町中は人で溢れ皆一様に貧しかったです。そして制度、建築様式、生活の様態、日常の道具、新しいものを手に入れる手段、社会の一切が弱者に厳しいものであり疎外される者は疎外されて当然との意識をもたざるを得ませんでした。私の小学校の友人達は季節に一つの服しかもっていませんでした。だからいつでも遠くから見分けがついたのです。そういう時代でした。
私は現代を便利だと思います。しかしそれだけ人の幸福に近付いたのかと問われれば絶対にそうではないと答えるでしょう。便利になった分不思議と別のもの、全く別のものが失われています。そしてその結果、より『住みにくい』時代に、社会に、なっているのです。私はそれを疑う事が出来ません。そう、現代は、明らかに昔よりも便利且つ『気味が悪い』のです。
私が古いもの、古い時代を愛するのは、屹度この意識が私の根底に在るからなのだと思います。これは実感であって、しかも何十年と続き変わらなかった実感なのであって、私として如何ともしようがありません。そんな時代に在って私は自分の善いと思うものを見出し、そして追求しなければなりません。善いと思うものを追い駆ける欲求を捨て去ってはいけません。それを捨てるから人は流される事を始めて仕舞うのです。流される、意志が無いまま、意志を発揮せぬまま、肉体だけで生きる事ですね。
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一人で生きるのと自分以外の誰かと常時関わって生きるのとでは大きな大きな差が生まれます。自分一人の時には絶対的に正しかった原則が、そうでない環境になると直ちに全く意味を失います。自身一個の心の平安という事がかなりな程度価値を減じます。寧ろ自分が深く関わって生きるその人間の為に自分が払う犠牲に大きな大きな意味が生まれます。生きる事が一気に難しくなります。けれどもその理由は明白です。一人で生きるよりも、それは遥かに尊いものだからです。
敢えて言います。多分、難しい方が本当なのです。それが真実なのです。嘘は必ず、いつも簡単だからです。
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誰からも顧みられる事のない、棄てられた何か。何でも可いです、そういう何ものか。私は子供の頃からそういうものに惹かれました。そしてその傍に近寄って行って、出来れば触り、そしてその近くでその棄てられたものと話をするのです。私の世界は実はそうやって広がっていったものであると今私は思います。それと遠い遠い町からやって来る、或いは遠い遠い町へと走って行く鉄道の列車に拠って、私の心は造られました。私は、私には、この二つが必ず同時に在りました。私の生活の中に同時に存在していて潰える事が無かったのです。それが私という人間を構築したのでしょう。そんな風に私には思えます。
それこそ何者かの意図が私という精神のこの決定的な形成に絡んではいないでしょうか。私がそう言いたくなるのも自然であるとは思いませんか。無理もないと思いませんか。そう言いたくなる程に私は私が必要とするものを欠く事が無かったのです。恐いくらいです。私は自分の事を、ただ偶然に一切の『意図』から離れて何者からも独立無関係に存在しているとはどうしても思えません。そんな気楽で希薄な立場を夢想するのを無責任とさえ感じます。私がそんな無責任な立場に自覚的に身を置くなどと、そんな虫の良い話が天罰無しに済ませられる筈がありません。雷が私を撃つでしょう。私が現在の私となった、既になっている以上、必ず逃れられぬ『役目』があると思うのです。既に『助けられている』のです。だからこの事に就いて『支払う』義務が必ずこの私にはある筈です。この感覚を迷妄と捨て去り否定する程に私は馬鹿ではありません。
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『何々を買いませんか』、『斯ういうサービスを契約しませんか』、世の中は宣伝に忙しいです。売らないと会社が潰れます。自分と家族が路頭に迷います。だから売り倒すのです。何とかして売り上げを伸ばすのです。あんまりな手法を用いると警察沙汰になるからしませんが、そのぎりぎり手前くらいならやらねばなりません。
人が自分の寿命を削り、恒にその事ばかりを考え、心を用い達成しなければならないものは別にあるでしょう。それが判らないのは頭が悪いのではありません。幾分無理のない事ではありますが、目が眩んでいるのです。最早まともに見えていないからです。従って正しく考える事も想う事も出来ていないのです。自ら自分の目に目隠しをしてはいけません。それで失うものは毎月の支出に余裕をもって対応出来るという状況で補えるどころのものではありません。自分の正気を失うのです。そんなものを失ったら最早取り返しがつきません。それで事後自分の人生を呪っても、何らの慰め言い訳が許されません。それは恐ろしい状況だと私は想像します。失う前に、何が現在の自分を支えてくれているのか正しく知るべきです。
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