その十七
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真実の愛情はいつも尊いです。犠牲を伴っているからです。私の為に私が何も要求しない間から配慮が用意され、私の喜ぶ顔がその愛情の主に思い浮かべられているからです。そんな事がこの世にあるのでしょうか。私はそう言いたくなります。それはそのまま天国の残照ではありませんか。
そういうものを本当に身近にもっているならばしっかりした人生の足跡を遺すべきでしょう。それをもって報いる他はありません。それだけのものを貰っているのです。それも自分の功に拠らずしてです。ならば自分の達成するものが多くの人よりも高く、また自分の従事するものが多くの人よりも大変で苦しいものであるのは当然覚悟すべきです。それに文句を言っている様ではその真実の愛情に値しません。自らその愛情を要らぬと宣言しているのにも等しいのではありませんか。
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本当にそうなるべき懸命というのは必ず『楽しい』筈なのです。楽しいというので語弊があるなら、苦しくても喜びがある筈なのです。それは不毛の砂漠をあても無く彷徨うなどという希望の無いものではありません。ちゃんとあてがあるのです。その苦しさを終えて、それから解放されて、成果を楽しむ事の出来る日が予見出来るものです。
自分が現在打ち込んでいる、打ち込まざるを得ない、その懸命がそういうものであるのかを点検してみて下さい。『取り敢えず』ではなく正しくあてのあるものか否か。正しく、その懸命を注ぎ込む事の出来る対象をもっているものかどうか。馬車馬の如き盲目の必死が必要なのではありません。それだけの懸命であれば遠からず断崖から転落するだけであると私なら思います。
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人生の破滅を迎える人は、経済的資産的に追い詰められるよりもずっと前に人間として自らに許すべき尊厳をもたなくなるものです。私に言わせればそれが破滅の原因です。兎に角自分で自分を信頼出来なくなっているのです。この事態が無ければ生活が厳しくても人は相当長く生き延びるでしょう。いや、そこに死の兆しは全く見えないと思います。却って貧しいままで生活力に満ちていると想像します。
自分自身を信頼出来る事、それを『目指す』べきです。毎日の生活はそれを確立する過程でなければなりません。戦って下さい。それは戦い無しには絶対に構築出来ないものですから。
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腹を抱えて笑うのも良いでしょう。しかし私は深く想う事の方を勧めます。腹の底から笑うのは気持ちの良いものですが、それは『感情』です。本来が長く続くものではありません。自分の中に深く沈殿し、堆積し、軈て何らかの形になり、それが決して崩れ壊れる事がなくなる。そういうものは、いつも人が深く想う、深く願う事に拠って作り上げられるからです。
人が生きるのは、そういう変わらないものを自分の中に創っていく営みであると私は思っています。その淋しくも変わらないものが、この後に何がやって来ても自分を支えるのですよ。そういうものをもって下さい。そういうものをこそ創ろうとして下さい。他のものではなしに。
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