その十六
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豊かな食事、そうですね、たまには良いでしょう。何か嬉しい事があった時など。勿論豊かといっても程度がありますが。普段よりも少しだけお金のかかる、それでも質素の域を出ない、そういった程度の。
喜びは浪費の先にはありません。浪費は別の方向に一直線に向かう在り方です。祝いも質素に。善いですね。
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私が子供の頃、年に何度か父が大阪梅田の阪神百貨店の地下にものを食べに連れて行ってくれました。私はいつもホットケーキを食べさせてもらっていましたが、食べ終わった後小さな御菓子がバウムクーヘンの如くに円の各区画にいっぱい詰まれていてゆっくり回転する装置の前に行き、適当な分量好きなものを選んで買うという楽しい事をさせてくれました。今でも強烈に記憶に残っています。私の子供時代の代表的な想い出の一つです。
黄金の様な体験ではないでしょうか。大人になってからのそれに比すべき楽しさを探すのにも一苦労という、それ程の喜びではなかったでしょうか。金字塔、私はそう呼びたいのです。今でも阪神電鉄に乗ってもう直ぐ阪神梅田駅という場所に来てあの地下に入る所にまで列車が来ると、私は昔のこの楽しさ、心の高まりを感じる程です。私は幸福でした。大切な尊い父が当たり前の様に一緒に居てくれた、しかしその事の意義は今も毎日続いています。私は私の家族の暮らしを大切にしなければなりません。あの記憶を私にくれた、今や天の国に在し地上の私を見守ってくれている父に恥じるところ無き様に。
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「おい、気を抜けよ。他の奴等はもっと気楽に遊んでいるよ。色々背負い過ぎなんだよ。もっと無責任に、そう、何でも適当に、程々に、世の中の程度というものを参考にして暮らしたらいいんだよ。それは恐ろしく気楽だぞ。極楽という感じがするぞ。温泉に入ってそれなりの美味しいものを食べたら、本当に何も彼も忘れて眠って仕舞えるんだ。試しにやってみろよ」
斯んな事を戦国武将が考えていたら敵に領地を奪われる前に味方の裏切りで最期を迎えるでしょう。曹操ですら、
「いや、まだもう少し起きていよう。余は滅んでいった多くの先輩達を見ている。そのどれもが、一寸した油断が命取りになっている」
と、自らを戒めています。
悪魔、と謂うか、自分自身の弱さですね、それは必ず『警戒する必要は無い』と囁きます。油断を勧めるのです。楽をしても可いのだと耳元でそう囁きます。そんな事を言う人間は全部敵だと思って下さい。
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人間を信頼しろとは言っていません。人の中に生きろと言っているのです。両者の意味は違います。重要なところであると思います。その信頼出来ない人間に囲まれながらも、苦しいままで人の中に生きる必要があるのです。大切な気付きの殆どは、人の中で生きる事に拠って自分に齎されるものだからです。
永くその苦しい生き方をした後ならば、信頼出来る人間に出逢った時それを絶対に見逃す事は無いでしょう。その為なのです。
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