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君には失望した

 天井のステンドグラスから虹色に光が揺れる教会の礼拝堂で、午後の祈りを捧げた。


(…静かだわ)


 朝の礼拝が終わってから、セレナは意気揚々と出かけて行った。昨日届いたシュナイド王太子の手紙に、デートのお誘いが書いてあったのかもしれない。

 胸に神聖な空気をいっぱい吸い込んだ。


 その時、かつ、かつ、と足音が響いて、多分男性が後ろから近づいていることが分かる。

 聖女の祈りは、何人たりとも話しかけてはならない。

 背後の人物は、長椅子に座ったのだろうか、急に足音が止んだ。


(人がいると、緊張するんだけどな…)


 しかし、ここで止めたら向こうも気を使うだろう。私はこの世界の光と闇のバランスが整うよう最後まで祈りを捧げた。


(…さて、)


 お祈りが終わった私が振り向くと、前から三番目の長椅子に足音の正体が手を挙げている。


「オーディス様…?」

「やあ、花祭りの時はみっともないところを見せてすまなかった」

「お怪我の調子はいかがですか?」

「まだ痛むけれど、あとは回復するだけだ。できる稽古はしているよ」


 不器用な笑顔を見せた彼は「それで…」と続けた。


「セレナ殿は…こちらにはいらっしゃらないか?」

「セレナなら、午前中から出かけておりますが…なにかご用でしたか?」

「いや…良い、聖女の勤めでお忙しいのだろうから」


 私は「ん?」と思ってしまう。


「聖女の勤めならば、私もセレナと共に向かいます。私用で出掛けたのだと思いますが」

「……そうか。何かあったのか?急ぐ用だったのだろうか…」

「さあ…詳しいことは分かりませんが」


 ぽりぽりと頬をかくと、オーディス様は気まずそうに言った。


「実はな…セレナ殿から、午前の礼拝が終わったら、最近できた喫茶店に行かないかと言われて…二時間待ちぼうけだ」

「え…?」


 二人はいつの間にそんなに親密になっていたのか驚くと、手紙のやり取りをしたり、オーディス様の稽古終わりにセレナが顔を出したりしているらしかった。


(だからセレナはあんまりお祈りに顔を出さないのだわ…)


「最近よく郊外に魔族が出るようになったと言う話は聞いているだろう?」

「はい…明日、王都の外れを中心に、お祈りに回る予定ですが…」

「だから、俺はセレナ殿に暫く忙しくなりそうだと言う話をしたんだ。そしたら休暇を一日取ってくれと言うので……はあ。一体どうしてしまったんだろう」


(まさか、王太子殿下とダブルブッキング……なんて言えない…)


「もしかしたら、聖女の勤めが終わらないのかと思って来てみたんだ。…まさか、事故か?怪我でもしてしまったのだろうか?俺と約束したばかりに!!」

「オーディス様…」

「…闇の聖女殿!俺と一緒にセレナ殿を探してくれないか!?」

「えっっ…?ええっ?」

「もし彼女に何かあったら、俺一人よりも貴方がいた方が心強い。頼む!!」

「えっ……と…は、はい?って!うわっっ!!ちょっ!!!」


 オーディスは私の腕をぐいと引っ張ると、狼のような速さで駆けていく。着いていくのに必死だ。


「ま、待って!オーディス様!!っっきゃあ!!!」

「あっ!!!」


 曲がり角で転倒した私を、オーディス様は「すまない」と言って抱き上げた。

 ぽんぽんと土埃のついたドレスをはたいてくれる。


「怪我はないか?本当に申し訳ない。どうも気が急いてしまって…自己中心的すぎた」

「いいえ。…でも、お祈りが終わるまで待っていてくれたではありませんか」

「……そうだな、祈りを捧げる闇の聖女殿を見ていると、なんでか心が穏やかだったよ」


 そんなことを言われたのは初めてで、驚いてしまう。


「…新しくできた喫茶店って、もしかしてあれですか?」


 すごい行列をなしている店先を指差した。


「そうだ。もちろんあそこも探したが…」


 私たちは、窓の外から中を覗いたり、行列する人々を見て回ったけれど、セレナはいなかった。


「…あのう、こう言うのも何ですが、今日のところは帰られた方がいいかと…」

「いや、もし彼女に何かあったら…。あの容姿だ、悪漢に絡まれているのかも…」


 こちらとしては、もしセレナがシュナイド様といるところに鉢合わせたらと思うと肝が冷える。


「すまないが、もう少し付き合って欲しい」


 それからオーディス様と、流行りのブティックや、スイーツの店、広場や果てには王城の稽古場まで探し回ったが、結局見つからなかった。


「…もう、日が暮れてしまうな。一日中付き合わせて、本当にすまない」

「いえ、初めてこんなに王都中を歩き回ってみることができて、新たな発見があったり、知らない本屋を見つけたり…目まぐるしかったけれど、楽しかったですわ」


 恋人たちに人気の、王都が一望できる見晴台で、汚れたドレスを撫でた。


「……不思議なんだが、貴方が祈りを捧げる姿があんまり厳かで、見惚れてしまったんだ」

「え?」

「教会まで送ろう。セレナ殿が戻っているかもしれないし…その、ドレスのお詫びもしなければ…」

「いえ、これくらい、洗ったら落ちますから!気にしないでください……オーディス様?」


 よく見ると彼の瞳は赤い。


(ああ、夕陽が反射してそう見えるのかしら)


 初めて見る、疑うような驚くように見開かれた彼の目は、私を通り越して一点を捉えて離さなかった。

 私は反射的に振り向く。そこには


「セレナ殿……」


 見つめ合うセレナと、お忍び姿のシュナイド王太子殿下がいた。

 夕暮れに何か約束を交わし合う美男美女は、そこだけ切り取って絵画にしてもおかしくないほどに美しかった。


「…もしかして、ユーレンシア?なぜこんなところに」


 セレナは私たちに気がついたらしい。シュナイド様も振り向いて「おや、面白い取り合わせだなぁ」と言った。


 オーディス様は、固まったままだった体躯を正して、目の前に忠誠を誓うべき相手がいるということを優先した。

 お忍びで来ていることを考慮してか、胸に手を当てるだけに済ませている。


「…奇遇でございます」

「オーディス、休暇か?明日から忙しくなりそうだからな、ゆっくり休めたか?」

「お陰様で、良い休日でした」


 王太子の後ろで、セレナは「あっ…」と何かを思い出したらしい。気まずい表情を浮かべている。


「ユーレンシア殿、スカイリーとペリア殿が闇の聖女殿と挨拶できたと言って喜んでいたよ」

「そうでしたか。主役のお二人が私などに時間を割いてくださり、大変嬉しく思いました」

「それにしても、二人が一緒にいるなんて面白いなぁ。教会で知り合ったのかい?」


 少し砕けた物言いに、オーディスは「はい」とだけ答えた。


「セレナ、君は知らないか?騎士団長のオーディスだ」

「いえ。は、はじめまして…」


 急に話を振られて困惑したのだろう。セレナは言葉を選んでいる猶予もなく口を滑らせた。


(それにしても、私のことはユーレンシア殿呼び、セレナのことは呼び捨て。これではあまりにも…)


 ちらりと見たオーディスは、全てを悟ったらしい。


「お初にお目にかかります、光の聖女様」

「あ……っ」

「もしかしたら怪我でもされたのかと思い、王都中を駆け回りました。ユーレンシア殿も、一緒に。帰ったら労って差し上げてください」

「オーディス様…あの、違うんです。これは…」


 王太子は、眉を寄せてセレナの肩を掴んだ。


「なんだ、二人で何の話をしている?」

「あ、あの…」

「セレナ」

「っっっ」

「オーディスを知っているのか?ならそう言えば良いじゃないか。なぜ隠す?」

「ち、ちがっ…」


 今度はオーディス様の胸ぐらを掴んだ。シュナイド様が長身で鍛えているとは言え、体格差は明らかだ。オーディス様が王太子に手を挙げるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないことだけれど。


「お放しください」

「二人はどう言う関係だ?」

「…何も。関係など、何も始まってなどおりません、殿下。そう、何も」

「〜〜〜っっっ!」


 シュナイド様は乱暴に襟を離すと、彼方に待たせていた馬車に大股で向かって行った。セレナは慌てて追いかける。


「シュナイド様っ!!!」

「…話しかけるな」

「え?」

「セレナ、君には失望した」


 セレナはへたり込むと、白いドレスの裾がふわりと風に遊んだ。

 両手を地面ついて、ただ去っていく王太子を見つめていた。

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