結婚式
今日は、ペリア公爵令嬢の結婚式である。ゲーム内では、セレナがお近づきになっている男性とダンスを踊って好感度を上げるためのイベントに過ぎない。
だが、現実ではペリア様と結婚するお相手はシュナイド様の弟君であり、教会で結婚式を挙げるのだから聖女である私達が祝福するのは当然の流れであろう。
セレナはといえば、相変わらずの白いドレスで登場した。私は控えめな淡い水色のドレスで隣に並ぶ。
結婚式の最中、ひそひそとこちらに向けられる小声が聞こえてくる。
(なぜ結婚式に闇の聖女が、と言ったところかしら)
けれど、私の予想は大きく外れた。
「…なんだぁ?セレナ様は…」「どう言う思惑なのかしら」「光の聖女だからじゃないのか?」「それにしたって白のドレスなんて…」
(え?)
セレナは胸を張って堂々と前を向いている。やがて誓いの言葉を終えた新郎新婦に聖女の祝福を贈る場面となる。
「お二人の門出が、眩いものでありますように。そして愛し合うお二人の御許にいつも光の祝福があらんことを」
セレナがふわりとアーチ状に右手を振ると、たくさんの金粉のような光が二人を包んだ。
「良い時もそうでない時も、波のように必ず平穏に戻りますように。死が二人を分つ時、愛と共に閉じますように」
私は二人の中にある、闇のようなものを掬い取って、合掌して手の中に閉じ込め、それぞれに返した。
セレナと違って金粉が舞うわけでもない、私にしか見えない黒いモヤを操ったところで、ただ手をひらひらさせているようにしか見えないだろう。
けれど、これでお互いがお互いの心を理解できるようになる。光と闇のバランスが整う。
派手ではないけれど、確かに何か変化を感じたらしいペリア様は、私ににっこりと微笑んだ。
式は滞りなく終わり、披露宴が王城で開催される。少し疲れた私は、壁の花になることを決め込んだ。
(馬車の中で、珍しくセレナが静かだったな…)
そういえば光のイラストを描いてとも言わなくなったし、なんだか妙な感じだけれど、これはこれで良かったのだろう。
オレンジジュースを受け取った私は、ぼうっと周りを見渡した。
「あっ!」
セレナが声を上げて駆け寄った先にシュナイド王太子殿下の姿があった。
(正統派すぎて飽きたとか言ってたくせに…。まあ、良いけど)
「本日は弟君のご成婚、誠におめでとうございま……え?」
シュナイド様は、カーテシーをしているセレナの脇をすっと通り過ぎて、すたすたとこちらに向かって歩いて来る。
「シュ、シュナイド様…!あの……シュナイド様!!」
慌てて後を追いかけるセレナだが、長い足でずんずんと歩く彼に追いつくためには、ヒールで駆けなければならない。
目の前の光景に、呆気に取られている私の元で、胸に手を当ててお辞儀をするシュナイド様に目を見張った。
「…え?あの…」
「ユーレンシア殿、本日はスカイリーとペリア殿の式に花を添えてくださり、ありがとうございました」
「シュナイド様、弟君のご成婚誠におめでとうございます。私は…勤めを果たしただけでございます」
「とんでもない、二人は聖女殿に感謝している」
その時、駆けつけたセレナが「シュナイド様!」と私との間に割って入った。
「あの…ご挨拶したのですが、私…」
「……君の…そのドレスは…」
「え?」
「結婚式で新婦以外が白いドレスを着るなど…自分が主役だとでも言いたいのか?」
よく通る声でズバッと言ってのけたその言葉は、騒つくホールをしんとさせた。
「こ、これは…光の聖女としての…」
「母を救った君のことだから、何か意味あってのことかと神官殿に聞いた。…が、彼も驚いていたよ。結婚式は神聖な場、その身を清めて二人の前に現れるまで、聖女は誰の目にも触れない。知っていたら注意していたと」
「っっっ!!!」
くすくすと、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
「やっぱりそうよね」「おかしいと思ったのよ」「光の聖女だからだと思っていたけれど、違うのか」
セレナは真っ赤な顔をして外に飛び出してしまった。
私はぺこりと頭を下げる。
「…シュナイド様、ドレスの非礼、平にご容赦ください」
「ユーレンシア殿が謝ることではない。ちょっと言い過ぎたかな…彼女には、後で手紙でも送ろう」
多分、既にセレナに心を奪われ始めているシュナイド様は、ため息をつきながら、その背中を見送っている。
(私も後を追いかけよう……)
「そうだ、後で主役の二人にぜひ会ってやって欲しい。披露宴ではなかなか身体が空かないかもしれないが…」
私は言葉の真意が分からないままお辞儀をすると、すぐにセレナの後を追いかけた。
馬車の中、庭園、バルコニー、いろんなところを探し回ったけれど、光の聖女の姿は見当たらない。
(馬車はあるから、教会には戻っていないと思うけれど…)
仕方がなく会場に戻ると、既にダンスパーティが始まっていた。ジャン!と音楽が終わって主役の二人が踊り終えたところである。
ぱちぱちぱち、と盛大な拍手が響く中、私は再び壁の花になろうと決め込んで適当なジュースを取った。
「闇の聖女様」
まるで小鳥のような声が、私を振り返らせる。その声の主はペリア公爵令嬢であった。その手はしっかりとスカイリー殿下の腕を握っている。
「本日は誠におめでとうございます」
慌てて頭を下げる私に、スカイリー様は「ありがとう」と言うと、ぽりぽりと頬をかいた。
「いやあ、ユーレンシア殿に感謝を伝えたくてね。探していたんだ」
「私に、ですか?」
「実を言うと、昨日些細なことで…というとペリアには語弊があるな。まあ、つまり喧嘩をしたのだ」
「まあ!」
ペリア様は、複雑な顔でスカイリー様を見てから小さい声で言った。
「本当に、もうダメだと。破談にして式も止めにしようと言うところまでいきましたの。でも…他国の王室の方もいらっしゃるし、そんなに簡単な話でもないでしょう?」
「一時の感情であることはわかっていたんだが、そんな気持ちの中、式をあげるなんてなんとなく嫌でな」
二人は何度も見つめあって微笑みあっている。喧嘩があったなんて信じられなかった。
「それが…あの時、闇の聖女様が祝福を贈ってくださった時、なぜだかスカイリー様の気持ちが分かって、すとんと腑に落ちましたの」
「不思議なんだが…二人ともそう感じたんだ。理解できないことも、理解できるまで分かってやりたいと。そんな気持ちが押し寄せて来て、ペリアが堪らなく愛しくなった」
「あら!ずっと愛してくれていたのではなくて?」
「ずっと愛していたにきまっているだろう!」
突然愛の言葉を交わし合う主役に、あちこちから「まあ」だの「素敵」だの黄色い声が響いて、スカイリー様は顔を赤くしている。
「…とまあ、どうも僕は言葉がいまいち伝わらんことがあってだな。それが喧嘩の原因になるわけだが」
「ふふふ、仲がよろしいじゃありませんか」
「ありがとう、ユーレンシア殿。貴方がいなければ、僕たちは…」
「いいえ。お互いを思い合う心があってこその夫婦ですわ。私は少し手助けをしたに過ぎません」
「確かにそれで離縁だの破談だのにはなっていないとは思う。けれど、式が最悪な思い出にならなくて良かった」
「それは、一助になったこと、なによりですわ」
「それに…母のことも父から聞いている。ユーレンシア殿には助けてもらってばかりだ。礼を言う」
私は、地味で気味の悪い悪評ばかりの令嬢だ。けれど、この日少しだけ救われた気がした。
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