心が通い合う
身体がだるい。
とっくに死んでいる私が、怠いなんて可笑しいのだけれど。
そうだ、魔王様に聞いてみよう。どうして死んだのに身体が残っているのか…って。
ああ、そういえば魔王様に嫌われてしまったのだったっけ。
…嫌われたく、ないな。
嫌だな、こんなの。
✳︎ ✳︎ ✳︎
身体が少し痺れている。同じ体制で長い時間寝ていた様な、怠さと痺れ。
「……え?」
目を覚ました私は、誰かにしっかりと抱えられている。
大きな手と、逞しい腕と、鍛え上げられた身体と。
すっかり暗くなっている教会で、私は魔王様に抱きしめられながら眠っていたらしい。
「!!!!?」
魔王様の顔は、よく見えない。手を伸ばして肩を揺さぶった。
「魔王様!!あの…っっ!!」
よく見れば、私の手は少し透けていた。
(あっ…)
と思う。ハンの魔法陣に嵌って、喰われてしまいそうになったのだ。
それを助け出してくれたのは…
「魔王様…?」
ぴくりとも反応がない。
ステンドグラスに背をもたれて座り込み、ぐったりしていた。
「…魔王さ……」
ぐらり、と上半身が傾いて、床に重たく倒れ込んだ。
「や、やだ……魔王様!?魔王!!!!」
息はしているのだろうか。覗き込んだその顔は青白い。
「っっっ!!!やだ……あ、ど、どうしよう……」
人工呼吸も違う気がするし、心臓マッサージも違う気がする。そもそも人間の蘇生方法で合っているのかもわからない。
私はパニックになった。
(とにかく、生きているか確認しなくちゃ!)
黒い服を緩めて、心臓に耳を当てる。
どく、どく、と確かな鼓動が聞こえてきた。
それに、ほっとした時だった。
「っ!!」
大きな手が胸に顔を埋める私を抱きしめたのだ。
「…起きたのか、キョウコ」
「え!?魔王様、大丈夫なのですか!?急に倒れ込んでびっくりして……」
両肩を掴まれ、じっと見つめられる。
「あ、あの…」
「…まだ、透けている」
「すみません…。あの、魔王様が助けてくださらなければ私は……ありがとうございます」
「そんなことは良い。それより…すまなかった」
すまない、とは何のことだろう?魔王様が私に謝ることなどあっただろうか。
見当もつかない私は困惑するばかりである。
「…お前を…傷つける様なことを言ってしまった」
「……え?…あの時のこと、まだ気にされていたんですか」
魔王は、はあとため息をついて居住まいを正すと、私の頬に触れた。
「堪らなく、嫌でな。お前が、お前自身のことを大切にしていない様に思えて」
「そういうわけじゃ…」
「分かっている。これは私がお前のことを愛してしまったから、そんな風に感じていることも…今になって重く自覚しているところだ」
「あいして?」
「お…っ…お前のことを…愛していると、言っているのだ!」
顔が真っ赤だ。角が生えて、人間が恐れる、魔界の王の顔が赤面しているのである。
「魔王様……私」
「いい。お前には嫌われているということも知っている」
「…え?」
「私はお前が生き返ってくれさえすれば、それでよかっ」
口で口を塞いで、言葉を遮る。
「…キョウ…」
「勝手にされた、くちづけのお返しです」
「すまなかった…その…だが、あの時すでに私はお前のことを愛していたのだろうと…思う」
「私だって愛してなければ、くちづけなんてしません」
魔王様は、切ない表情で私を見つめると、「それは…?」と問うた。私は俯く様に頷いた。
「…だから、その」
恥ずかしさに堪らなくなりながら、顔を上げた時、魔王様はとんでもなく悪い企みを含んだ笑顔で私を押し倒した。
「…もう一度きちんと聞かねばわからぬな」
「あのっっ」
「ふむ、まだ透けている。戻りたいか?」
「勿論です!」
「ひとつ方法があるぞ」
見下す様に笑って、透けている私の手に唇を押し当てた。
「っ!」
「私が持つエネルギーを少し、キョウコに与えよう。だが、その方法は…」
私の唇を、長い親指がなぞった。
「口移しで送り込むことだが…ああ、キョウコは愛するものとしか、せぬのだろう?」
「なっ…!」
「無理にするのは、私とて申し訳ないものでな」
「〜〜っっっ!!!もう、そんな意地悪な人だとは思いませんでした!」
「悪かったな。私は人ではない」
「っっっ!!!良いですよ!透けたままで!!」
「ほう?…私はしたいがな」
「え?」
今度は私を抱き起こすと、ステンドグラスに追いやった。
逞しい腕に囲まれて、逃げられそうにない。
整った顔が私の顔を覗き込んで、背けることすらできない。
「恋人のように、くちづけを交わしたいと思う私は、愚かか…?」
「恋人の、ように、ですか?」
「ああ、そうか。それは間違いだな。お前は私の唯一だ、キョウコ」
唇を重ねると、身体の感覚がどんどん戻ってくる。
温かく、懐かしい、そんな気持ちになった。
(これが、魔王様のエネルギーなんだ)
「…愛している」
魔王様の頭をふわりと抱きしめた私の手は、すっかり元に戻っていた。
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