助けたくて(魔王視点)
血相を変えて現れたニイは玉座の前で崩れるように倒れ込み、私の名を叫んだ。
「魔王様!!!大変でございます!!!」
「落ち着け、何があった」
「…ハンが、脱獄しました」
「なんだと?報告は上がっておらぬぞ。その目で確認したのか?」
「はい!!」
「っっっ!!!イチ!!!」
ハンの名を聞き、顔面蒼白になっているイチが、びくりと肩を跳ねさせた。
「すぐにキョウコを連れ戻せ!」
「は、はいっ!!!」
イチが駆け出そうとした時だった。ニイが「キョウコが!!」と息も切れ切れに言った。
「キョウコが、ハンに囚われました!!」
「っっっ!!!!」
「魔王様っ!!!」
考えるよりも先に身体が動いていた。走るよりも早く心臓が脈打っている。
扉を開くのが面倒だ。全ての扉を魔力でこじ開ける。
城を後にしてからは、教会に向けてとにかく駆けた。
(キョウコ!!!)
久方ぶりの夕陽が、赤々と辺りを照らしている。
キョウコはここまで朝と夜を分離することに成功していたのか。
光の聖女の特性が浄化であるのに対して、闇の聖女の特性は調和である。加えてあの魂の光や強さは、まるで魔界を救う為に現れたかのようだ。強すぎる光は魔界には適さぬ。
(なのに…)
あんなにも彼女を責めた自分を許せそうにない。
(どうか、間に合ってくれ!)
後ろからイチとニイが走ってきているのだろうか。恐らくそうなのだろう。だが、今は振り返っていられない。
かつてこの地に豊穣を齎した祈り巫女。それがハンによって屠られた時、魔界は夜と昼が混じってしまった。
(私が、至らなかったばかりに…。千年戦争でハンを捕えるのに時間を要したから…)
キョウコもあのように喰われてしまうかもしれないと思うと、胸が潰されてしまいそうになる。
教会の扉は開け放たれたままだ。
西陽が差し込み、憎たらしいハンの魔法陣が煌々と照らされている。
「キョウコ!!!!」
また、あの時のように間に合わなかったのか。
ハンはこちらに気がつくと、魔法陣の前に立ち塞がった。風よりも微かな音で、私を呼ぶ声がする。
「ま、おう…さま…」
「キョウコ…?」
陽光が、ごく薄いキョウコを照らしているのが、目を凝らして確認できた。
「久しぶりだな、魔王ッッッ!」
「そこを退けぇッ!!!」
鼠のようにちょこまかと長椅子の間をすり抜けて、おちゃらけた表情をしているハンを尻目に、私は魔法陣に駆け寄った。恐らくハンは、自らのことを追いかけると踏んだのだろう。
だが、今はハンの拘束よりも優先事項が目の前にある。
考えるよりも先に、キョウコを抱きしめていた。
「ッッッ!!!ぐっ!!うっ!!!」
身体がもたない。たちまちかき消えてしまいそうだ。
キョウコは私が駆けつけるまでの間、こんなものに晒されていたのか。
「キョウコ!!」
「ま、おう、さま…もう、やめて、」
ほとんど透けてしまったキョウコを、無理矢理魔法陣から剥がそうとする。
「おおおおおおおッッッ!!!!」
「っっっ!!」
ハンは顔をひくつかせて叫ぶ。
「無理だって!馬鹿じゃねぇの!?お笑いだな!そんなに巫女を喰われたのがトラウマかよ!!」
バリバリと音を立てて、キョウコが魔法陣から剥がれていく手応えだけが、今の私を奮い立たせている。
気を抜いたら、私まで消えてしまいそうだ。
(救い出せるか!?間に合うか!?)
「くそっっ!!キョウコ!!!意識をしっかり保て!!」
口元でわずかにシールドの魔法を詠唱する。しかし、その魔法すら魔法陣に吸われてしまう。
「くっ!!」
私はもてるかぎりの最後の力を使って、一気にキョウコを引き上げた。
魔法陣の外に放り出された私たちは、重たく床に臥したまま動くことができない。
ひとつ、肩で大きく息をした。
(ああ、なんとか助かったか……)
透けてしまったキョウコの肩を揺する。
「おい…キョウコ……キョウ……」
その時、バタバタと駆けてくる足音が聞こえてきた。
「魔王様!!!キョウコ!!!」
「イチ…ニイ……」
「どこに行った!!ハン!!!」
(取り逃したのか…まずいな)
「追えるか…」
「俺が追います!」
「イチ、頼む…」
持てる限りの力で、消え入りそうなキョウコを抱き上げると、ステンドグラスの前に座り込んだ。
「厭だ…お前が消えてしまうなど…」
キョウコを抱いたまま、光輝くそのステンドグラスへと、慟哭するように懇願した。
「私には…魔王としての…素質など、ないのだろうな。…どうか、キョウコが捧げし祈りを、この身体に今一度戻してくれ!!!頼む…!!!」
それは、昼と夜が分離されつつあった世界が、元の仄暗い闇に戻ることを意味していた。
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