騙したのね
ハンを庇うように立った時、ニイの顔がわずかに歪んだ。
「キョウコ、そいつに何を吹き込まれたんだ…?」
「なんとでも言ったら良いわ。こんなに幼い子をよってたかって虐めるなんて、信じられない!」
「っっっ!!キョウコ!!」
私はニイを睨んで、幼いハンを抱き上げようとした。それで、とにかく安全なところへ逃げ、これからのことを。そんなことを瞬間的に思った。
「…え?」
なぜか突然身体の力が抜ける。じゅう、という音を立てて、自分の身体から蒸気が上がっていくのが分かる。
「キョウコ!!!!」
ニイが私に駆け寄ろうとした時だった。
「ああ、無理だよ。無理無理。アンタみたいな力のない悪魔が触れたら、一秒も持たずに昇華されちゃうんじゃないかな?」
「ハ……ン…」
「ははは!!すごいな、まだ喋れるんだ!さすが闇の聖女というところかな?祈りの巫女でさえ二分くらいしかもたなかったのに」
床から違和感を感じて、下を向こうとする。ギ、ギギ、と身体が軋む音がした。
いつの間にかチョークで描かれた魔法陣の上に立っていることがわかる。
「くそ!!!」
「さあ、どうする?」
「キョウコを…今すぐ解放しろ!!」
「無理だって。僕も触れないもん」
あまり多くのことを考えることができない。なんとか「どうして、」とだけ発することができた。
「なんと僕はね、稀に生まれる魂を食べる悪魔なんだァ。もちろん、普通の食事もするよ?でも、それじゃあ足りないんだ」
「魔王城から逃げたのか…っっ!!!そんな報告…上がっていない!!!」
「だって、こんなに素質のあるニンゲンが魔界に来てると聞いたら…関節外してでも抜け出すよ」
「外道が!!!」
「あはっ!早くしないと本当に昇華しちゃうけど…大丈夫?」
ニイは「イチかバチかだ!!キョウコ、お前の強さを信じるぞ!!」と叫んで外に飛び出し、夕陽の向こうに消えた。
「わあ、全然透けないや!すごいね!」
「あ、なた…お母さんのことも…?」
「祈りの巫女のことかな?そうだよ!他の悪魔や魔界堕ちしたニンゲンの魂を食べたりもしたけど…ペッ!全然美味しくないんだ」
「おいしく…?」
「そう!だったら、スープとパンのほうがまだマシ!」
「あなた…本当にハンなの?」
ハンは、目をぱちくりさせてから「あはははは!!」と大爆笑した。
「やっぱり!すごいお人好しだなあ。僕のことを恨まないでね?だって、悪いのは君がお人好しだからでしょう?」
「だま、したの?」
「うん。だって、本当のことを言って、僕に食べられてくれる?くれないでしょ?頭使わないとさ。まあ、全然見た目が変わってるからびっくりしたけど…。まあ、僕が食べたかった魂はこっちだから問題ないけどね」
「普通の…ものを食べないなら…なぜ人間界に来たのよ…っっ」
「…闇の聖女の噂を聞いてさあ。偵察に行ったわけ。あ、僕はこう見えて子どもじゃないから、人間に憑依してまで食べる必要なんか、本当はないんだよねぇ」
「…は?」
「あ!やっと少し透けてきたねぇ!すごい噛みごたえだ!」
「貴方は…誰なの…?」
「僕?僕かあ…」
私の周りをぐるりと回って、繁々と細部を観察しながら言った。
「僕はさあ、魔界の千年戦争で魔王に封印された悪魔なんだよ」
「せん、ねん…?」
「そ!同族を食する悪魔と、それを否とする悪魔との間の…ね。まあ、同族を食べるのはみんな趣味みたいなもんだからさ、僕みたいに食べなきゃ成長できない、本当に必要としてる悪魔なんて…いなかったけどね」
じゅう、と一際大きな音がした。
「っ!」
「あれ?痛みはないはずだよ?なんで顔を顰めるかな」
「…離して」
「嫌。だって、これだけ強い魂は珍しいんだよ!?これなら、一気に成人まで成長できそうだ!」
「ハン…まさか、お母さんの話も…」
きょとんとして首を傾げてみせたハンは、私を恍惚として見上げた。
「うん、嘘だよ。祈りの巫女は母親なんかじゃない。でもひとつだけ本当のことがあるよ」
「な、に…」
「祈り巫女が美味しかったこと!!」
「っっっっ!!!」
あはははははは!!!!
ハンの笑い声が反響している。
私は途切れそうな意識の中、確実に薄れていく身体の感覚を刻みつけるように唇を噛み締めた。
(ああ、私が祈ってみせたことで、私がユーレンシアであったことを証明してしまったのね)
自分の愚かさが胸を競り上がってきて、嗚咽を漏らした。
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