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貴方も転生者なの?

「こんなこと…関係のない貴方に話していいことなのか分からないのだけれど」

「話して楽になるのなら、どうぞお話しください。聞いたことは全て私の胸にしまっておきますから」


 王妃殿下は、口元だけふっと微笑んでからぽつりぽつりと話し出した。


「…夫と…結婚してから二十年になるかしら。遂に私と夫との間に、子どもはできなかった」

「そうなのですか……え?」

「シュナイドは、私の子として育てた、夫の私生児よ」


 思いもよらない事実に、言葉に詰まってしまい、冷や汗が吹き出した。


「…夫が一度だけ過ちを犯した、奴隷の女との子どもだわ。…だったら側室を娶った方が万倍マシだなんてこと、口が裂けても言えなかった」

「そんなことが…私などに重大な秘め事をお話しくださり、ありがとうございます」

「嫌だわ…今まで誰にも話したことなんてなかったのに、貴方には不思議と話してしまうわね」


 しん、と静まり返ったサロンで、紅茶をかき混ぜるスプーンの音だけが響く。


(恐らく、シュナイド様はご存知ないのだろう…)


 気高く、美しい、王太子然とした佇まいを思い出す。彼の血には半分奴隷の血が混ざっているとは到底思えないほどの高貴さ。


「……あの子のことは、我が子のように…ああ、これは嘘だわ。自分の子供を育てたことなどないから本当の母親というものがどういうものか分からないもの。でも、自分自身よりも大切に思っているの」

「私の目にも本当の親子の絆に見えております」

「でも…あの人は……夫は…立太子したシュナイドに今更になって王位を継がせたくないと言い出したのよ」

「え……?シュナイド様はそれをご存知なのですか?」


 ビクトリア様は首を左右に振った。


「もし、夫の意思を伝えれば、自ずと自分の本当の出自も知ることになる。それだけは…避けなければ」

「なぜそんなことに…」

「今更だわ!!子を成せぬ私のせいだと思うからこそ、この国の未来の為にと心を殺して、自分の子だと言い聞かせてきたのに」

「ご自身の…心を殺して?」


 私はその言葉に、僅かに違和感を覚える。

 ビクトリア様はポロポロと涙を流しながら、笑っている。


「そう、そうなのよ…私は、自分以上に大切に思っていた息子に、心を殺して愛していたのよ。貴方、これがどういうことかわかる?私は…私の心は何と醜い…!!!それに気づいてしまったらもう…」


 流す涙もそのままに「だから」と続けた。


「私は…私が恐ろしい…。こんな自分は知らないわ!恐ろしくて、恥ずかしくて…。もう、死んでしまいたいのよ」

「王妃殿下……そこまで思い詰めていらっしゃったなんて」

「ごめんなさい、貴方にこんなこと言ったって仕方がないのに」

「いいえ。私は、王妃殿下のお心が心配です」


 ビクトリア様は寂しそうな笑顔の後、「心配されるなんて、いつぶりのことでしょうね」と言った。

 それで私はつい言ったのだ。


「それは違います、殿下。国王陛下は…ずっと殿下を心配されていらっしゃいますわ」

「っっっ!!なにが……貴方に、何がわかると言うのっっ!?そんなことを言えば私が喜ぶとでも思っているのかしら!?」


 息を切らして怒る王妃に、肩が跳ねる。けれど、私には確信があった。


「私だからこそ、わかるのですわ」


 毅然と断言した私に、ビクトリア様はぽかんとしている。

 私は立ち上がり、ドレスの裾を広げて頭を下げた。


「私に少し、お時間をいただけませんか?必ず戻って参ります」

「何をするつもりなのです?」

「…このままお待ちください。決して変な気を起こさないで下さいませ」


 私は深々と頭を下げてサロンを後にした。向かった先は、王の間だった。

 玉座に座ったままの国王は、右手で頭を押さえて悩ましげに俯いていた。


「……聖女・セレナが悪魔を祓ってくれたそうだな」


 こちらを見もせず、僅かに口元を動かしている。低い声が響く。私は頭を下げたまま、懇願した。


「恐れながら、国王陛下。私は悪評ばかりの聖女ですが…ひとつ分かることがあります」

「なんだ」

「すれ違いは、いつも心の秘匿によって起こると」

「何の話だ」

「どうか、その胸の内、王妃殿下に詳らかにされてはいかがでございましょうか」

「何のことだ?儂と妻がすれ違っていると?儂が妻に秘め事をしているような言い草、聞き捨てならぬぞ」


 初めて目線がギロリと動いて私を睨みつけた。瞬間、全身の毛が逆立つ。手の震えが治らない。


「失礼ながら…王妃殿下が陛下にお会いになろうとしないのは、陛下のお心がわからないからにございます」

「戯けたことを!儂の心がわからぬだと!?そんなもの…」

「分かりあっている、本当でしょうか?思っていることを口に出さないなんて、寂しいものですわ。何十年と連れ添ったからこそ、心配ならば心配していると、愛しているなら愛していると、しつこいくらいに言って欲しいものなのです」

「貴様!!!聖女・セレナの影に隠れて、何の役にも立たなかったと聞いている!!それが今度は言うに事欠いて、儂に説教か!?」


 ビリビリと空気が振動している。


(やってしまった…私、侮辱罪とかになるのかしら…)


 突然、バン!と扉が開いた。侍女の女が息を切らして懸命に叫ぶ。


「で、殿下が……王妃殿下が!!!バルコニーから身を投げようと…!!陛下…は、早く…王妃殿下を止めて下さいませ!!!」

「なっ!なんなのだ…次から次へと…!!!」

「は、はや、早く…!!!」

「っっっぬぅっ!!!」


 国王は玉座から転がるように降りると、弾丸のように私を横切った。

 侍女が案内する先を、国王の後に続く。


「っっ!ビクトリア!!!」

「……」


 バルコニーには既にたくさんの使用人達がいて、何かを叫んでいる王妃を取り囲んでいる。


「こっちに来ないで頂戴!もう…生きていたくないのよ!!」

「ビクトリア!!!!!」


 国王の咆哮に、全員が振り向いた。汗を流し、息を切らし、懸命に手を伸ばして、王妃を捕まえると、ぎゅうと抱きすくめた。


「大馬鹿者め!!」

「っっっ!陛下!!!は、離してください!!私はもう、生きていたくないのです!!!」

「なぜ急にそんなことを言い出すのだ!」

「そう…陛下は急だと思っているのですね…」

「ビクトリア」

「私はずっと、ずっと貴方に気がついて欲しかった…」


 国王は「何と言うことだ」と言って、力一杯抱きしめる。


「…儂は…そなたに生きていて欲しい。隣で笑っていて欲しい、儂の過ちを叱責して欲しい。情けない話だな。けれど、そなたを愛してやまないからこそ、今どうしようもなく心が掻き乱されておる。なぜここまでそなたを追い詰めてしまったのかと思うと、自分に腹が立つ」

「…へ、陛下が…私を心配してくださっている、と言うことでしょうか?」

「当たり前だろう!!」

「…当たり前?そんなもの、言ってくださらなければ分かりませんわっ!」

「そなたこそ、そこまで思い詰める前に、なぜ儂に言わぬのだ!」

「言ったってどうせ分かりっこありませんわ!?」

「言わなければわからぬだろう!」

「なっなんですの!?」

「なんなんだ!!!」


 ふん!と首を背けた二人は、やがてくすくすと笑い合って、再び抱きしめあった。





「…すまなかったな、聖女・ユーレンシア」

「私も、お騒がせして申し訳なかったですわ」


 国王と王妃は、私に謝罪した。


「とんでもないことですわ。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「そなたが謝ることではないだろう。つまらん夫婦喧嘩に巻き込んですまなかった」


 私はあっと思って王妃をちらりと見た。思った通りむくれている。


「つまらないとはなんですの?」

「あ、いや、それはだな…。ええい、もう良いではないか」

「良くありませんわ!?」

「せっかく収まったものを蒸し返すな。儂が悪かった。それと…ユーレンシアには全て話したと聞いて驚いているのだが」

「あら、私だってたまには愚痴くらい言うわ。この方なら大丈夫だと思えるのよ」

「ふむ…シュナイドの件だが…儂はそなたのことを思って、王位を継がせるか悩ましく思ったのだ。自分が年を重ねていくにつれ、な」

「私のことを思って?なぜそうなるのですか!全部今更だわ!」

「ゴホンゴホン!まあ、そのことについては後で話し合うとしよう…」


 私は二人の掛け合いを少し微笑ましく思いながら、ほんの少しだけ呆れた。


「しかし、なぜ儂や王妃の心の内を知ることができたのだ?それも聖女の力なのか?」

「いいえ、そう言う類のものではありませんが…なんとも説明のしようがなく…。そう思ったから、としか…」


 そう、私は気が付いたのだ。国王のキャラクターデザインに着手した時、採用されなかったがラフで心配している表情を描いていたのを。

 国王に挨拶をした時に感じたイメージの違いはこれだ。私は思い出したのだ。だなんて言えるはずもなく…


 夫婦睦まじく並ぶ姿は、まさにゲームに出てくる柔和な笑顔の国王だった。




 王太子との会話が弾んだらしいセレナは頬が上気していて、ご機嫌で馬車に乗り込んできた。

 王太子とセレナは王妃の自殺未遂騒動を知らないのだ。

 私はやれやれと思いながら、流れる窓の外を見た。


「ねえ」


 セレナの声に振り向いた。

 西側に沈む夕陽が赤々としていて、いつの間にか真顔に戻っていた彼女に、どきりとする。


「ユーレンシア、まさかとは思うけれど、貴方も転生者なの?」

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