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魔王様とティータイムを

 ニイはとてもきびきびと働いた。

 動きやすい、けれど美しい衣装を私に差し出すと、どうも着方のわからぬそれを、いとも簡単に着付けてくれた。

 それから、見惚れるような彫の櫛で私の髪を梳くと、手際よくヘアアレンジをしてくれ、控えめな化粧も施してくれた。


(素敵…。ユーレンシアの顔立ちをよく引き立たせてくれているわ)


「ニイ、ありがとう。けれど、私なんかにこんなことをして良いの?」

「魔王様がユーレンシアをお茶に招待している。折角だからユーレンシアに似合いそうな衣装や化粧を選んだんだ」

「えっ…お、お茶?魔王様と?」

「そんなに萎縮することはない。ここに来る人間達は、魔王様を見ることすら恐ろしくて泣いて暮らしているが、僕たちにとっては何がそこまで恐ろしいのかわからない」

「見ることもできずに…」


(なんかすごくわかる気がするなあ…)


「魔王様は美しく、聡明だ。けれど、誰よりも孤独に戦っていらっしゃる」

「孤独…?」


 ニイはニヤッと笑うと、ぽんぽんと私の肩を叩いた。


「人間をお茶を誘うなんて、僕は見たことがない。きっとユーレンシアに何か感じることがおありなんだろう。あるいは小悪魔に対する慈悲への礼かもしれない。行って差し上げて欲しい」

「ええぇーーー!?」




(ニイに言われるまま…来てみたけれど)


 仄暗い魔王城の中庭に通された私は言葉を失った。

 そこは花が咲き乱れ、光が溢れる庭園だったのだ。

 小鳥が囀り、蝶が舞い、楽園という二文字が相応しい場所である。


(ここ、本当に魔界…なの?)


「待たせたな」


 突然後ろから低い声が響いてどきりとする。正確に言えば、それはびっくりしたのではなく、鼓動が高鳴ったと言う方が近いだろう。


「…お、お招き頂き光栄でございます」


 魔王はニッと笑った。初めて魔王の笑顔を知る。


「聖女・ユーレンシア。私をそんなに真っ直ぐに見る人間は初めてだ」

「あっ、えっと…失礼でしたでしょうか…申し訳ありません」

「いや、不思議と嬉しくてな」

「え?」

「さあ、こちらへ」


 庭の中程に、小さなテーブルと椅子が設えてあり、そこに座るよう促された。

 魔王がすっと指でテーブルを撫でると、そこに茶器が音を立てて出現した。

 やがて二つのカップから湯気が上がり、黄金の茶が満ちる。


「…普段は身の回りのことを雇用を増やす意味で執事や侍女にさせているがな。人払いをさせた」

「……私に…気を遣ってくださったのですか?」

「イチ達に聞かれたくないこともあろう?」

「……」

「ユーレンシア」

「私は…」


 ぎゅっと手を握り込む。

 魔王はきっと、全てに気づいている。

 きっと、すべて見透かされている。


 魔界堕ちした人間達が魔王を直視できない理由、それは全てを見透かされている気持ちになるから、ではないだろうか。


(嘘など通用しないとわかる。全て話してしまおう)


 一度口から出るにまかせた言葉達は、もろもろと力なく漏れ出して止まらなくなった。


「私は、聖女・ユーレンシアではありません」

「ほう?」

「いえ、正確にはこの身体はユーレンシアのものです。けれどこの魂は…この世界とは別の世界から転生してきた、といえば近いかもしれません」


 私は、芦名恭子という別人であること、ユーレンシアの魂を結果乗っ取るような事になってしまい、彼女に対して申し訳ないと思っている事を話した。

 そして、この世界が自分の作ったゲームの中であることを説明した。


 魔王はただ黙ってその話を聞き、話し終わると「そうか」とだけ言った。


「……あの、信じられないですよね、こんな話」

「いや。お前の魂が二つあるのだから、事実なんだろう。どうも釈然としない理由がわかった気がする。お前の言うゲーム、というものがどんなものか分からぬが…芝居や絵空事を楽しむ、いわば作られた仮初の世界なのだろう」

「えっと…そんなに驚かないのはなぜ、ですか?」

「例えば、この世界にある小説や物語も、その空想が質量を得たと考えれば得心がいく。世界は我々が考えるよりも、もっと複雑で多次元的だ」

「そこまで冷静でいらっしゃると、びっくりするというか…」

「なら聞くが、お前が住んでいたという元の世界が、空想ではないという保証がどこにある?元の世界も、もしかしたら誰かの空想の世界かもしれぬ」

「え?」


 考えたこともなかった。そうか、この世界がゲームの中であるなんて誰も知らずに世界は動いている。


(それと同じで元の世界も…)


 そう考えると目眩を起こして、頽れそうになる。


「…大丈夫か?」

「っ…。はい。…魔王様は、やはりお強いですね…」

「さて、そうだろうか?」


 はっと気がつく。テーブル越しに私を支える腕がそこにあった。

 慌てる私に、にこやかな笑顔を向けてお茶を勧めてくれた。


「さて、では問うが…。今話しているのはキョウコ、だったな?」

「は、はい」

「魔界に堕ちてきたのは、ユーレンシアという一人の存在だ。しかし、魂は二つある。さて、どうする?」


 困惑する私の眼前に、魔王は、ぴっと長い指を一本立てた。


「一つ、ユーレンシアの魂を魔界に残し、キョウコは元の世界に戻る」


 魔王は頬杖をついて、二本目の指を立てた。


「二つ、ユーレンシアの魂を母親の胎内に宿し……キョウコ、お前がこの魔界に残る」


 究極の選択を迫られた私は、生唾を飲み込む。


「堕ちてきたのはユーレンシアとしてだが…自我はお前にある。キョウコ、お前が選べ」

「私…私は……」

「まあ、所詮は人間だ。自分自身の保身を考えた方が良い」

「私…ユーレンシアにもう一度人生を歩んで欲しいです!」

「……は?」

「だから私は…魔界に残ります!!」


 魔王は大きな瞳をパチクリとさせている。頬杖をついていた肘がずりっと落ちた。


「聞き間違いか?キョウコが魔界に残ると聞こえたのだが」

「えっと…私が魔界になったらダメ、ですかね?」

「いや…ダメじゃないが…」

「良かった……!私、ずっともやもやしていて…ユーレンシアの人生を奪ってしまったんじゃないかって。でも、ユーレンシアが、またいちから人生をやり直せるなら、そうしてあげて欲しいです!」

「はっ…はは、ははははは!!!!」


 涙を流して笑う魔王は、見たこともないほどに目尻をくしゃくしゃにしている。


「ああ、小悪魔たちの言うとおりだ。世界がみんなお前みたいな人間ばかりだと良いのだがな」

「え?」

「改めて礼を言う、彼らが世話になった」


(ああ…)


 どうしてこんなに屈託のない笑顔を見せる魔王を恐ろしいと思ったのだろう。

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