王太子・シュナイド
この国の城は古く、けれど誇らしげに聳える姿は圧巻だ。
ゲーム画面ではすぐに画面遷移してしまうけれど、実際に大きな城を目の前にして緊張感が膨らんだ。
光の聖女であるセレナは、ブルーのドレスの裾を風に戦がせて庭園をまっすぐ歩いていく。
国王陛下への謁見のために選ぶドレスは三種類選択できたはずだ。中でもブルーのドレスは王太子・シュナイド様がセレナに目を止めるきっかけとなる選択肢である。
セレナはこのまま王太子と婚約し、やがてこの国に迫る魔族の襲来に備えて、ステータスを上げるために奮闘するのだろうか。
(物質世界で、ステータスが上がるってどういうことなのかよく分からないけれど…)
これから私はセレナと行動して、人に憑いた悪魔を祓うために協力しなければならない。
(彼らは、本当に人に悪さをしようとして憑いているのかしら…)
胸の奥がずきりと痛んだ。
セレナは神官とともにどんどん前に進んでいく。私はどこまでもその後をついて行った。
廊下に設えてある、大きな姿見に自分が映った。控えめで、淡くくすんだパープルのドレスは、ユーレンシアのために私が最も気に入ってデザインしたものである。
(実際に着てみると、こんなに綺麗なのね)
腕を伸ばして生地を見ていると、ぬっとセレナが私を覗き込んだので思わず「っ!」と息を呑んだ。
「……ねぇ、ユーレンシアのドレス、何だか素敵じゃない?」
「え?えっと……」
「まあ良いわ!今日はブルーのドレスと決めていたのだから」
(びっくりした…なんなの、一体)
見た目は十七歳とはいえ、私の中身は二十代後半の、清も濁も無理矢理飲み込んできた、良い大人である。放っておけば良いと切り替えた。
(待って、今は私が大人だから知らん顔できるけど、十七歳でそれができたユーレンシアってすごすぎ…)
ゲームの中のキャラクターとはいえ、私はこの令嬢がセレナの為の踏み台になる事が心の中で引っかかり始めた。
(私は…わざとではないにしろ、本当のユーレンシアの人生を奪ってしまったのだわ)
本当は掴むはずだった幸せがたくさんあったかもしれないのにと思うと、自分自身を大切にしたいと言う気持ちが湧き起こった。
辿り着いた王の間で、私は神官の後ろでセレナと並んで跪いた。
「面をあげよ」
国王のキャラクターデザインは優しい初老の男性というイメージで作った。はずだ。
(えっ…)
その姿は威厳に満ち、ゲームが進むにつれセレナと硬くない会話をするまでになる国王のイメージとは少し違っていた。
隣にいるシュナイド様はゲームと違わぬ美男子でじっと前を向いている。
国王に声をかけられた神官は、弾んだ声でゲームの台詞をなぞった。
「…お久しぶりでございます、国王陛下。本日は神の信託によって選ばれた二人の聖女を連れて参りました」
「うむ」
国王陛下はセレナと私をゆっくり見比べた。
「セレナ・リューメリアと申します。この度光の聖女に選ばれました」
「ユー…っ…ユーレンシア・リベルタと申します。闇の聖女の信託を頂きました」
国王は「ふむ」と頷いてから「リューメリア子爵とリベルタ伯爵の娘か」と低い声で言った。
「私、これから光の聖女として……」言いかけたセレナの話をバッサリと切って国王は言った。
「リベルタ伯爵令嬢…そなたの噂は聞いておる」
「…え?」
「…なんでも人に憑いた悪魔が見えるそうだな?」
「あの…は、はい…」
セレナは眉を寄せて私を見た。国王は構わず続けた。
「ならば頼もう。助けて欲しい者がいる」
「私に…ですか?」
(おかしい、本来ならば光の聖女であるセレナに依頼するはず…)
困惑してうまく言葉が出てこない。それで私はふっと気がついた。
私の悪評は、こともあろうか国王陛下の耳にまで届いてしまうほど、噂になりすぎてしまったのだと。
「恐れながら国王陛下、私は光の聖女でございます。悪魔を祓うならば私が…」
「黙れ。儂はこちらに頼んでおる」
私は焦った。ゲームの進行とは異なる。セレナは明らかに動揺していたけれど、神官は笑顔で頷いて「ユーレンシア、よく働きなさい」と言った。
これではセレナと私の立場が違う。けれど、国王の射殺すような鋭い目線に断るわけにはいかなかった。
「お、仰せのままに…」
「だそうだ。シュナイド、案内してやれ」
長身の王太子は立ち上がると階段を降り、私の元へ来て跪いた。
「リベルタ伯爵令嬢、君の噂は聞き及んでいるよ。挨拶したばかりで申し訳ないが、来てくれるかい」
「…かしこまりました」
セレナはドレスの裾を握り込んで私の三歩後ろを着いてくる。
長い廊下をただ歩く。時折窓から差し込む日差しがシュナイド様の金髪を煌めかせた。
「二人とも、今日はよく来てくれたね」
「いえ、とんでもございません」
「…僕がリベルタ伯爵令嬢にお願いしたい人物は…他でもない、僕の母だ」
(やっぱり。そこはゲーム通りに進んでいく)
本来ならセレナが王妃に憑いた悪魔を祓う。それでセレナは光の聖女として一躍有名になるのだ。
何重にもかけられた鍵が解錠され、ぎい、と重たい扉を開ける。
そこには手錠で手足を拘束されてなお、こちらを威嚇する王妃がいた。
「っっっ!」
実際に目の当たりにすると、こんなにも恐ろしい。私は一歩引いてしまった。
『…たい……しに…たい……』
「……え?」
セレナは私の横を通りすぎ、構わず浄化を始めてしまった。
「あっ!君!!!」
「セレナ!!!」
(王妃は死にたいと言ったわ!?悪魔を祓っても…これでは…!)
それでハッと気がつく。ゲームでは中盤あたりに王妃が亡くなったはずだ。細かく触れられなかったけれど、まさか…
セレナが手を左右に払う度、光が舞う。王妃は悲鳴を上げ、蒸気が上がり、やがて悪魔が消失した。
しばらく動かなかった王妃は「うっ」と呻き声を上げて、ゆっくりと顔を上げた。
「……わ、私…?シュナイド…あなたそこで何をしているの?貴方達は…誰?」
「私はセレナ・リューメリアと申します。王妃殿下に憑いた悪魔をたった今祓わせて頂きました。もう、大丈夫ですわ」
「…悪魔?」
シュナイド様は、目を潤ませてセレナに跪いた。
「リューメリア子爵令嬢、ありがとう……ありがとう…」
「聖女として、当然のことをしたまでですわ。ユーレンシアは悪魔が見えても、祓うことができるのは光の聖女である私だけです」
「そうだったのか、すまない。先ほどの父の無礼を許して欲しい」
(どうして私が悪魔が見えるだけって知っているの?)
ゲームの中ではユーレンシアが「私には祓うことができません。光の力を持つ、セレナでなければできないことなのですよ」という台詞で戦闘が始まるはずだった。ならばセレナはそれまでその事実を知らなかったことになる。
二人は王妃の手錠を外し、親子は抱擁した。
それから王太子はセレナを庭園に誘ったのだ。
「セレナ殿と呼んで良いかな?」
「勿論ですわ王太子殿下」
「僕のこともシュナイドと呼んで欲しい」
プログラムの修正力なのだろうか。ゲーム通りに進行しようとしているように見える。
しかし、私にはひとつ気がかりなことがあった。本来ならば馬車で教会に戻るべきところであるが、城に残ることにした。
私の不安は的中した。身支度を整えた王妃・ビクトリアは夫である国王に会おうとしないのだ。
私は俯く王妃・ビクトリア様に問いかけた。
「…王妃殿下、失礼ですが何かおありに?」
「ユーレンシア殿と仰いましたね?貴方は先ほどの聖女の方とは違うのですか?」
「私は闇の聖女と信託を受けました。殿下の悪魔を取り払ったのは光の聖女であるセレナなのですよ」
「…そう」
「恐れながら、国王陛下となにかあったのですか?」
「ユーレンシア殿」
「差し出がましいことを言って申し訳ありません!けれど…悪魔が祓われても殿下の心は晴れないのではないですか?」
ビクトリア様はふっと微笑むと、酷く小さな声で「…死にたいのよ」と言った。
(ああ、やはり)
「殿下の突き上げるような衝動に、悪魔が入り込んだのだと思われます」
「もう、どうだって良かったのに。どうして祓ってしまったのかしら、あの娘」
ビクトリア様は庭園の方をぼうっと向いて、余計なことと言わんばかりにため息をついた。
「王妃殿下……」
「これでは、自分の力で死ぬしかなくなってしまったわ」
にっこり笑っているけれども、心はちっとも笑っていないように思えた。
「どうしてそこまで」
王妃は私を寂しそうに見つめると「お茶を持ってきて貰いましょうか」と言った。
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