私は死んだ
まだ眠いけれど、そろそろ起きなくては。
そう思って、薄目を開けると、ぼんやりと見える視界は少し暗い。
(ああ、まだ五時くらいかしら)
なら、もう少し寝ていても良いだろう。朝の礼拝が始まるのは七時過ぎなのだから、まだ一時間は眠れるはずである。
『おい!寝るなよ!!起きろユーレンシア!!』
「…えぇ?」
聞き覚えのある声が、私を目覚めさせようと必死である。
おまけに、ゆさゆさと肩を揺するのですっかり目が覚めてしまった。
「なんなのよもう……あれ?イチ…?」
『おい!!なんでユーレンシアがここにいるんだよ!!』
「なんで…なんでって……え?」
ものすごい剣幕に、むくりと起き上がる。
そこはどう考えても自分の部屋ではない、見慣れぬ景色だった。
薄暗く、どこまでも続く平坦な大地と、遥か彼方に見える尖った山と、近いのか遠いのかわからぬ大きな宮殿と。
そして全てを理解する。
そうか、私は死んだのだ。
「イチがここにいるってことは、魔界ということかしら…」
『なんで!!!なんでだよ!!!』
「なるほど、どうやら私、死んだのね」
『だから、どういうことなんだよ!!おい!答えろ!!!』
すっかり青年の姿になったイチは、手のひらサイズだったことなど嘘みたいに私の身長を優に超えていた。
ニイとサンはどこにいるのだろう。
「…大人になったのね、イチ。ならもう、人間に憑依して食事する必要はなくなったのかしら。私が死ぬ前に出会えてよかっ……」
『ふざけんな!!』
大気が畝るような怒声に、思わず目を見張った。
「イチ……」
『俺たちのせいか?俺たちのせいで、死んだのか?ユーレンシアは…』
「あ……」
私は、イチに罪悪感を植え付けてしまったのかもしれない。私の行動一つ一つが、後悔に変わっていく。
「…それは違うわ、イチ」
『だって、殺されたんだろ。ユーレンシアは』
「どうしてそう思うの?」
『ああ、そうか。人間はそんなことも忘れてしまったんだよな…』
いいか、と言ってイチは私のすぐ隣に丸くなるように座った。逞しい腕に驚く。あんなにか弱い小悪魔だったのにと。
『死んだ魂は天国か魔界に行くだろう?それはなぜ決まると思う?』
「それはその人の人格や生前の行いで決まるのでしょう?」
『違う。そんなもの、時代によって善悪なんて変わるだろ。人殺しはいけません、でも戦争が始まったらたくさん殺したら国を守った英雄です。そうだろ?』
「そんな極端な…」
『ただひとつ揺るがない裁量がある。それは死に方だ』
死に方で死後の行き先が決まるなんてそんな話は聞いたことがない。
『いいか。悪意を持って殺されたのなら、それはみーんな魔界堕ちだ』
「そんな!だったら死刑囚はどうなるのよ!?」
『知るか。ただそこに悪意があって、そして殺されているかどうかなんだから』
「そんな無茶苦茶な…」
『そう言われたって、俺が理を決めたわけじゃない』
「だけど…」
イチの話では、魂はそれぞれ自分にとって相応しい場所を自分で選ぶのだという。多くは天国へと魂は上昇していく。けれど…
『…魔界に来る魂ってのは、背負っている悪意が重すぎて堕ちてしまうんだ』
「そんなふうに決まるのなら、人は何のために祈り、正しく生きようとするのかしらね」
『だから、正しく生きよ、なんだろ?他人の悪意を買わないために』
「これでも正しく生きたつもりよ」
『だったら!!!……いや、なんでもない。まあ、俺は歓迎するぜ?』
イチは本当に言いたいことを飲み込んで、喉の奥に追いやったらしかった。
(分かっているわ、自分の正しさが、信念が、いつだって万人にとって好意的に受け入れられるものじゃないってことくらい…)
セレナは確かに私を殺した。けれどそこには魔界に落とすほどの悪意があったらしい。光の花嫁のルートを解放したいがためじゃなく、真に嫌われていたのだ。
けれど、これじゃああまりにも
「…不条理だわ」
『お前らニンゲンが、どう思ってるか知らねぇけど、多くの魂にとって魔界ってのは案外悪いとこじゃねぇぜ?』
私は目の端に滲む涙をぐしぐしと拭った。
「ところで、ニイとサンは?どうして貴方一人なの?」
『ああ…あいつらは魔王様の城で下働きしてんだ』
「そうだったの!まあ!それは立派なことね。イチも魔王様のところで下働きを?」
『いや…まあ、俺は……』
「?」
『それよりお前、早いうちに魔王に挨拶しに行った方がいいぞ』
「え、なんで?」
『闇の聖女・ユーレンシアの名は、魔王様も存じ上げていらっしゃるからだ』
それはなぜ、と言うより早く、それはきっと私が余計なお世話を焼いたからであることを思い至って冷や汗が止まらなくなった。
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