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隣国の王太子•リューエン

(私は何を見させられているのだろう…)


 隣国の王太子であるリューエン様が、親善試合で勝利したその祝福を受けて、セレナの手を取り見つめあっている。


「貴方の様な愛らしい方がいるなんて…」

「リューエン様…」



 話は凡そ五時間前に遡る。

 不機嫌そうに起床してきたセレナを数日ぶりにみた私は、「おはよう」とだけ声をかけた。


「ん」と返事なのか喉を鳴らしたのかよく分からない声が彼女から漏れる。

 朝食は至ってシンプルで、もそもそと食べ進める私たちにそれ以上の会話はない。


(今日はやっぱり来るんだな)


 そんなことを思ったけれど、あえて言うこともない。

 馬車に乗り込むセレナは、やはり真っ白のドレスに身を包み、頑なにそれを着続けるのだと理解した。


 建国祭には各国から貴賓が招かれ、貴族達は歌やダンスに惜しみない拍手を送っている。

 そこには当然シュナイド様とオーディス様がいるわけで、勝手に居心地の悪さを感じていた。

 対してセレナはさほど気にしていないのか、堂々としている。

 私たちの登場に…というより、セレナの登場に会場からは「わあ」というような盛り上がりをみせた。

 彼女はカーテシーでそれに応える。私も取り敢えず裾を広げた。


 国王陛下と王妃殿下は、私たちが挨拶に行くと大変喜び、ゲームの中で見た優しい印象に戻っている。

 シュナイド様はと言えば、何とも言い難い表情で私たちを見下ろしていた。


「…今日は隣国から訪れた踊り子たちが舞を披露するそうだ。まもなく始まるだろう。聖女の勤めも大切だが、せっかく来たのだからぜひ見ていくと良い」


(ゲームの台詞、そのままだわ)


 やがて、ドーンという内臓に響く様な打楽器の音が響き、面を被った男女が不思議な踊りを披露し始めた。

 私やセレナがそれを太鼓の音であることが理解できても、この国の人たちは目を白黒させるばかりだ。


 けれど…


 ふわりふわりとまるで重力を感じられない舞に、人々は感嘆し大歓声が上がる。

 その歓声を受けて、面を外した男の顔が顕になった。そこここから黄色い声が上がる。


「リューエン!!!」


 シュナイド様が立ち上がり、リューエンと呼ばれたその舞踏家の肩を掴むと、切れ長の目が王太子を捉えた。


「久しぶりじゃないか、シュナイド」

「な、なんでここに…お前は不在だと聞いている!」

「私が行くと言えば、この城に世話になることになるだろう?何度も言うがベッドとかいうやつは寝付けないんだ」

「なっっ!じゃあ……まさか」

「昨日は野宿だったし、今日も……」

「待て待て待て待て!!!」


 ものすごい勢いで繰り広げられる掛け合いに、貴族たちはぽかーんとしている。

 何度となくこのシーンをゲーム画面で見てきた私もセレナも、目の前の出来事として齎されると圧倒された。


 シーンと静まり返った人々の視線に気がつき、シュナイド様とリューエン様は「あ」と声を合わせた。


「く、くくく…」

「なんだ、リューエン、遂におかしくなったのか!?」


 リューエン様は、袴を彷彿とさせるズボンの裾をさっと直してから、長身を曲げた。


「各々方、騒がせてすまない。東の国より参った、リューエン•トードーと申す。他でもない…今日ここで行われる親善試合の為に身分を隠してエントリーさせてもらった」

「!!!!!!!リューエン…!!!おまっ…!今すぐ取り消せ!!!」

「おや?良いのか?今日は騎士団長殿が出るのだろう?みな恐れ慄いて、エントリーしているのは私と騎士団長殿のみだぞ」

「はあ、お前と話していると頭痛がする…」

「後で灸を据えてやろうか?よく効くぞ」


 シュナイド様はくらくらしながら、どっかりと席に戻った。国王は「がははは!」と笑っている。


(なんか…実物で見ると、とんでもないわ……)


 ポキポキと関節を鳴らして身体を慣らしているリューエン様とは対照的に、静かに前を見据えていたオーディス様は気持ちを落ち着けることに徹しているらしかった。

 聖女は出場者に襷をかけるのが慣わしである。セレナはリューエン様に、私はオーディス様に襷をかけた。


「……頑張ってくださいね」


 負けるとは分かっていても、オーディス様にそう声をかけた。


「ユーレンシア殿…もし…。もし俺が勝ったら…」

「え?」

「…っ。いや、なんでもない」

「?」


 何だか少し焦っている様な気がした。

 ホールの中心に進む二人の雰囲気はやはり対照的である。

 この場を楽しむかの様なリューエン様と、浮かない様子のオーディス様。


「始め!」


 審判の掛け声に、睨み合い、間合いを詰める二人。

 興奮した貴族たちは、そこここから歓声をあげた。


 本物の剣を用いた試合は、相手の襷を切ることができれば勝利となる。急所への攻撃は反則負けと見做されるが、怪我をすることは少なくない。

 私は自然と手に汗を握っていた。


 じりじりと間合いを詰めていた二人だったが、やがてオーディス様が横に一振りしたことで拮抗が崩れた。リューエン様がオーディス様の懐に入る。オーディス様は剣をもって拒む。

 鍔迫り合いの間に二言三言言葉を交わした様だが、内容はわからなかった。

 リューエン様が風のような速さで後ろに退くと、勢いそのままに突進した。


「くっ!」


 腰を落として猛攻を防いだオーディス様の頬から流血している。

 リューエン様の剣の刀身をいなし、オーディス様の剣が襷を捉えた。


 はらり、


 落ちた襷はオーディス様のものだった。


「っ!!!」

「…さすがは騎士団長殿だ。あと半歩深く踏み込んでいたら結果は違っていた」


 しん、と静まり返ったホールから、わっと大歓声が上がった。





 それで、今に至るわけである。


「お初にお目にかかる。光の聖女殿、貴方の様な愛らしい方を初めてお見受けする」

「リューエン様…」


(これでセレナは大人しくリューエン様との婚約に落ち着くエンディングに向かうのかしら)


 などと冷めた気持ちの私だが、手を取り見つめ合う二人に、シュナイド様が再び立ち上がった。


「リューエン!」


 ずかずかと表彰台に向かうシュナイド様に、リューエン様は面食らっている。


「…どうしたシュナイド。この国の聖女には手を出せぬのか?」

「セレナは…駄目だ」

「どう駄目なのだ」

「その者は……」

「ふうん?なァんだ、シュナイド、お前も光の聖女に惚れているのか」


 リューエン様の言葉に顔を真っ赤にしたシュナイド様を見て、ホールに集まる貴族たちは驚きざわつき始めた。

 けれど、当のシュナイド様は自分でも困惑しているらしかった。


 ゲームにおいて、リューエン様は国王と共に、最後まで力を貸してくれる存在である。どんなにシュナイド様からの好感度を下げようとも、そのスタンスは変わらないし、「セレナを最後まで一途に思い続ける存在」なのである。


(あんなことがあったのに…。どんなことがあってもあくまでストーリー通りに進んでいくのね…)

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