壊された門
「…なんて酷い……」
オーディス様から話に聞いていたけれど、王都への出入り口である大きな門がほとんど崩れかかっていた。
「闇の聖女様、本日は魔族の被害にあった場所を回っていらっしゃるとのこと、この様なところにまで足を運んでくださり、感激痛み入ります」
門番の男が二人、腰ほどまでに頭を下げた。
「…怪我人はいらっしゃったのですか?」
「幸い、我々だけでは手に負えないと早々に判断しましたので、門の中に逃げこんで応援を待つことができました。…お陰でこのようにだいぶ壊されましたが…」
「それでも、怖い思いをして騎士団の到着を待つしかなかったなんて、生きた心地がしなかったでしょう。持ち場を離れずに、よく恐怖心に打ち勝ったと思います」
「ありがたいお言葉を頂き、無常の喜びでございます」
瓦礫にそっと触れてみる。巨大な門を大破するほどの大型の魔族が、なぜわざわざ王都を襲ったのだろう。
あちこちを真剣に見て回る私をちらりと見て、門番の二人はため息をついた。
「おい、聖女って二人いるんじゃないのか?」「そのはずだが…」「光の聖女様ってのは随分と別嬪なんだろ?」「らしいな」「なんでそっちが来ないんだよ。ったく。これが命懸けで王都を守った俺たちに対する礼儀か」
(…聞こえてるんだけど)
昨日、教会に戻ったセレナは部屋に篭ったきり、出てくることはなかった。
夜が明けて出発の時間が過ぎてもそれは変わらなかった。
それで仕方がなく、私と神官の二人で回っているのだ。ため息をつきたいのはこちらだと思いながら視線を戻すと、積まれた瓦礫の影からオーディス様がひょこりと顔を出した。
「ユーレンシア殿、来てくれたか」
「オーディス様もいらしたのですね!」
何となく気まずい雰囲気が流れるかと思いきや、彼はテキパキと部下に指示を飛ばして忙しそうにしている。
「昨日の礼もそこそこに、すまない。後日改めて会えないか?」
「暫くお忙しいと聞いております。気にすることではございません」
「いや…そういうことでは…」
「私達もすぐに退散しますわ」
「ユーレンシア殿、こうして実際に足を運んで貰えると、皆喜ぶ」
「はは……」
(それはセレナに限ってのことじゃ…)
騎士団は、大きな瓦礫についた爪の跡などを見て、なにやら調査をしているらしかった。
「ここにはもう、魔族の気配はありませんね」
「そんなこともわかるのか?」
「と言っても、何となくですが…。さて、本格的にお邪魔になる前に退散しましょう」
「ユーレンシア殿!」
馬車に乗り込む私を、オーディス様が引き留めた。
「…君なら、魔族を鎮めることができたか?」
「どうでしょうか…。小さな悪魔と言葉を交わすことはできますが、大型の魔族と対峙したことはありません」
「そうか……」
「ですがもし、次に魔族が現れたら私を呼んでください。試す価値はあるでしょう」
「…そうなる日は遠くないかもしれないな」
「では、私はこれで」
教会に向かう馬車を見送ったのは、オーディス様ただ一人であった。
「はあ、どうも俺は頼りないな…」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「イチ!ニイ!サン!!」
ぽぽぽっと三匹の小悪魔が両手のひらに収まった。
『っっっ!!』『おい!いきなりなんだよ!』『わーっ!ユーレンシアだ!』
三匹の悪魔達の賑やかな声が、静かな部屋に響いた。
「なんだかとても会いたくなって!それにほら、美味しそうなお菓子をいただいたのよ。食べない?」
先ほどの視察で、王都の門近くに住む住人から蒸しケーキを貰ったのだ。
『は?なんでだよ!さっき食べたばっかじゃん。それよりも、あと数秒早かったら、魔王様にバレてたぞ!』
「あら!魔界でご飯を食べられたの?」
『違うよ。ついさっきユーレンシアが食べさせてくれたばっかじゃん』
「…え?……もう何日も前じゃない」
イチが悪態を付いたが、ニイとサンは目をキラキラさせている。ニイはくんくんと匂いを嗅いで言った。
『魔界と人間界では時間の流れ方が違うんだ。イチも知ってるでしょ』
『るせー!何でお前までイチって呼ぶんだよ!』
『名前は便利だから』
私はうーんと考えてから、「それならこの蒸しケーキは私が食べるわね」と言うと、三匹はわっと私にしがみついた。
『出した物を引っ込めるんじゃない!』
『僕、それ食べたい!!食べたいよ!!』
『まだお腹は空かないけど、食べてみたい!』
(かわいすぎる…)
順番に一口ずつという約束で、私に取り憑いた小悪魔達は、初めての食べ物に感激しているらしかった。
ゲフッと空気を漏らしてから、『うまいな、ふかふか』と言った。
「ふふふ、郊外では蒸しケーキが屋台でよく売られているのよ」
『ふーん。まあ、悪くない。勝手に呼んだことは許してやる』
「…ところで、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど。大型の魔族って、人間と話し合いはできる?」
三匹は顔を合わせてから『それは無理だな』と言った。
「どうして?私と貴方達は話ができるじゃない」
『人間界に出没するのは、僕たちみたいに貧しい小悪魔と、それから人間界で大人になった悪魔の二種類だ』
「人間界で悪魔が大人になる?」
『…本来は食欲を満たしたら魔界に帰る。けれど、時に悪魔と人間の欲が一致しない場合、いつまでも満たされないまま彷徨う』
「それって…まさか…」
『人間に憑依したまま、悪魔が育ち、やがて乗っ取る。そうなるともう、手に負えない』
面白かった!続きが読みたい!と思ったら、
ぜひ広告下の評価を【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】→【★★★★★】にしていただけたらモチベーションがアップします!よろしくお願いします!




