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第6話 かつての少年と魔王

 永く生物兵器を閉じ込めていた、絶対不落の箱は跡形もなく崩れ去った。

 外の世界は夜明けの藍空が溶け、朝日に淡く照らされた荒野が広がっている。


 ディルムッドはゆっくりと目を開けて、人っ子一人見当たらない夜明けの荒野を見渡し

 ながら、深く息を吐き出す。


「……ここにあった、人間の国は」

「もうとっくの昔に、滅んでますよ」


 ディルムッドは声が聴こえてきた方向を振り返る。そこには、未だ地面に突き立った長杖の前で静かに正座する魔王の姿があった。


「魔王の名も、()()の私のおかげで今は異人類の者たちの王ではなく『好き勝手生きる者』の代名詞となっています。私は好きに生きた。あなたも、好き勝手生きればいい──魔女の民の皆さんも、あなたが治めずとも強く生きておられますから」


 魔王はそう言って正座したまま、地面に突き立った長杖を引き抜く。


「あなた以外の見知らぬ人々。そして、何よりもあなたに……私は、ほんの一欠片だけでも。何かを〈還す〉ことはできているのでしょうか」


 そう小さく零して、夜明けを見上げる魔王に──先ほど夢に見た、黒髪の小さな少年の姿が重なった。


 傷だらけで、口が悪くて、不器用で、誰よりもやさしかった少年。

 自分に「かならず借りをかえす。そしておれも、〈魔王〉みたいになるから」とぶっきらぼうに約束だけを残していってしまった。

 遥か昔に出逢った、あの少年。その名は──


「少年……ああ、きみは……()()()()

「はい」


 ディルムッドの呼び声に、少し離れた場所にいる山羊頭がこちらを見上げてくる。

 ディルムッドの顔を見た、山羊頭をしたもう一人の魔王〈ロクアス〉は、堪え切れないように小さく鼻から笑いを零した。


「何です。その顔──あ。あと、お守り屋さんが『悪趣味』とかほざいていたこの山羊頭蓋(あたま)は返しませんよ? あなたみたいな人は、もっとそのみっともない顔を世にひけらかすべきです」

「……ロク、アス」

「だから、何です」


 ディルムッドは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。身体を震わせ、嗚咽を漏らし、その場に崩れ落ちるように地面に両腕をつく。


「あり、がとう……! ロクアスにまた逢えて、心から、うれしい! ……何もかもがうれしくて……たまら、ない……ありがとう、本当に……!」

「そうですか。……というか、まず他に言うべきことがあるのでは?」


 人っ子一人いない、荒野の中心。

 二人の間を隔てる鉄格子はもうない。二人を囲う堅牢な箱も無い。

 ただ、世界の中心に二人きり。地面に手をついて四つん這いになった〈魔王〉と、魔王奉還を果たした、〈かつての少年〉が向き合っている。


「ううっ……ぐすっ」

「さっさとしろ、堕落魔王」

「……うん」


 ディルムッドはようやく顔を上げると、ぐちゃぐちゃに濡れた顔で、かつての少年に笑いかけた。


「ただいま。ロクアス」

「……おかえりなさい。ディルムッドさん」



 ──────────

第一章「魔王奉還」編 【完】


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