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04.首狩りの蟲

 シエルのような彷徨える〈還らずの魂〉は、今の時代少なくない。


 (あまね)く魂を〈生まれ変わりの循環〉に導く、遍く魂が帰り着く場所──〈第二の太陽〉は、数百年前からこの空から消えてしまった。ゆえに、霊体を創り出してしまった〈還らずの魂〉たちは迷い子のように彷徨い続けるか、生者による〈鎮魂〉を以て、眠りにつくしかないのだ。


 そしてロクアスは、そういった〈還らずの魂〉たちを安らぎの地──〈第二の太陽〉に還すには、忘れ去られることを恐れる彼らの存在を後世に残し、少しでもその願いや想いを掬い取ることが必要なのではないかと考えている。


 そのためにロクアスは、〈還らずの魂〉たちのための〈物語〉を創ろうとしているのだった。


 眠りについたシエルを見送り、改めて彼らのための〈物語〉を創ることを決意したロクアス。

 だが、ロクアスは息を吐く間もなく、先ほどシエルの情念からシエル以外の「覚えのある気配」を感じ取ったために、シエルと「あの場所」が点と点が線になるように結びつき、ロクアスの身体を反射的に動かした。


「ゼイラル学院長。申し訳ありません、少し別件が立て込んでまいりましたので、私はここで失礼させていただきます」


 素早くゼイラル学院長を振り向くロクアスに、ゼイラル学院長は首を横に振って微笑む。


「ああ。いいえ、魔王さま。お気になさらず。むしろ、今日は本当にありがとうございました。またいつでも、このアンフェール学院にいらしてくださいませ。あなたさまは、我らだけでなく、我らの偉大なる母の恩人。また改めて、ゆるりと歓迎させていただきたいので」


 ロクアスは、ゼイラル学院長に頷いて見せた後に深く一礼をすると、身を翻す。しかし、三歩ほど足早に歩いたところで、顔だけでゼイラル学院長を再び振り向き、淡々と問うた。


「確か、シエルさんの真名は『シエル・ド・メリュジーヌ』といいましたね。この地の辺境──旧メリュジーヌ領にある〈白闇湖(しらやみこ)〉という湖について、アンフェール学院に何か伝わっている伝承などはありませんか?」


 ロクアスの問いに、ゼイラル学院長がしばらく考え込む素振りを見せるが、ゼイラル学院長は首を横に振ってどこか申し訳なさそうに頭を下げて見せた。


「いいえ。申し訳ございませんが、そのような地についての伝承は特に何も伝わっておりません。ですが、確か……旧メリュジーヌ領は、シエル校長の生家があった場所だと聞いております。そして、シエル校長は生家を出られた後の生涯、旧メリュジーヌ領に立ち入ることは一度もなかったとか」


 ロクアスの中で組み立てられた仮説が、確信へと変わった。


 ロクアスはゼイラル学院長に改めて礼を言うと、足早にアンフェール学院を後にする。

 そうして、今朝にもう一つの依頼のため立ち寄った「呪いの湖」と恐れられる地──旧メリュジーヌ領にある〈白闇湖(しらやみこ)〉を目指すのだった。

 

 ◇◇◇

 

『知ってるか? 入水する蟲──()()()()とか。そういうのは、水面(みなも)に反射した光に引き寄せられて、自ら水に身を落としちまうんだと。お前が入水したのも、それと同じようなもんか?』


 シエルの記憶の中でのアンフェールが脳裏に蘇る。

蟷螂(かまきり)」や「何かに引き寄せられて入水する」──アンフェールが口にした言葉の数々から、すぐに連想したのは〈白闇湖〉。

 そして何より。シエルの情念の中から感じ取ったアンフェールの気配が、白闇湖にて微かに感じた聖なるものの気配によく似ていたのだ。


 おそらく、白闇湖の呪いと呼ばれる事象は、シエルの生家で非業の死を遂げたアンフェールと何らかの繋がりがあるはず。

 そう確信したロクアスはようやく、白闇湖へと辿り着いたのであった。


「ぎゃああああああ!」


 不意に、白闇湖のほとりの方から、聞き覚えのある声──現在のもう一人の依頼人であるライサの悲鳴が聞こえた。

 ロクアスは咄嗟に駆け出して、悲鳴が聞こえた方へと向かう。


「が、ああああ! 俺の、くび、くび、くびがあ……俺のくび、返してくれえ……!」


 そこには、何やら首を両手で掻き毟りながら、白目を剥いて白闇湖の中へといざなわれるように入ってゆくライサの姿があった。


「ライサさん!」


 ライサを呼んで、ロクアスは白闇湖の中へと飛び込む。そして、もがき苦しんで暴れているライサを何とか引っ掴み、眩しいほどに白い水面から岸へと押し上げた。


「ライサさん。しっかりしてください、ライサさん。一体何があったのですか?」


 岸に上がってもなお、正気を失って魚の如くのたうち回っているライサへ、ロクアスは水の中から何度も声を掛ける。するとライサは唐突にぴたりと動きを止め、ロクアスの背後──そこから更に頭上の方を見上げ、茫然自失した様子で震える声を漏らした。


「あ、あ、あ……おれの、くび……かまき、り……」


 ふと、真白の水面(みなも)が生き物の如く蠢き、背後にただならぬ気配を感じて、ロクアスは弾かれたように振り返った。

 その先では、目にも留まらぬ疾さで波の形が〈巨大な蟷螂(かまきり)〉の姿を創り出したかと思えば、蟷螂の両前足の鎌が、ロクアスを抱きしめるように振るわれて、ロクアスは〈巨大な蟷螂(かまきり)〉の形をした水に呑み込まれる。


白闇(しらやみ)、だ」


 ライサのそんな声が、微かに耳に入ったのを最後に。

 ロクアスの意識は、白い闇の中へと引きずり込まれた。

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