Ⅳ.白と青と金色のアイリス
彼が死んだ。
少女の頃の己が、死に損なった──〈彼女〉は、そんな遥か遠い昔の記憶を辿る夢から、緩やかに目覚めた。
「明日の先生へのお見舞い、楽しみだね」
「うん! はやく、先生に会いたい!」
若葉のみずみずしい香りと共に。開け放たれた窓の外から、子どもたちの声が清涼なそよ風に乗って彼女のもとへと運ばれてくる。
眠りから目覚めたばかりの彼女は自身を〈先生〉と呼ぶ子どもたちのまろい高音と風の音に、ぼんやりと耳を澄ませていた。
「ねえ、みてみて! すっごくキレイなチョウチョ、つかまえた! ……これ、先生のお見舞いに持っていこうかな? こんなにも宝石みたいにキラキラなチョウチョを見たら、きっと先生も元気になるよ!」
「あ、ダメだよ! ……先生は、虫がキライなんだ」
「えっ、そうなの? でも去年の特別授業で先生、異国の蝶のお話してくれたじゃない」
「確か東の異国の例で、真っ白な翅の極楽蝶と……真っ黒な翅の地獄蝶? とか、いったっけ。蝶はいろんな地域で〈再生〉の象徴になってて、異国では天国とか地獄の名前を冠した蝶がいるって話? あれは文化比較の話であって、先生が虫を好きって話ではないよ。それに……」
「それに?」
「……まえに、大きくて立派なカマキリを捕まえたから、先生に見せに行ったんだ。下級生の授業の教材になるかもと思ってね。……そしたら、先生ものすごく顔色が悪くなっちゃってさ……後から侍従長さんに聴いたんだけど、先生は体調を崩してしまうほど虫が大の苦手なんだって」
「そんな! ……じゃあ、チョウチョなんてお見舞いに持って行ったら、元気になるどころか先生のお身体を悪くしちゃうじゃない!」
「うん。だから、お見舞いには……花を持っていこう。先生、花がだいすきだろう?」
「そうだね……授業で教わった〈再生〉のチョウチョなら、先生を元気にしてくれると思ったんだけどなあ。……じゃあ、先生のすきな色のお花を摘みに行かなくちゃ! 青と、白と、金色の──」
「アイリスなんてどうかな? 青も白も金色も、あのアイリスの花畑なら全部そろってる」
「アイリス! うん、ステキだよ! さっそくいきましょ!」




