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Ⅱ.ゆめ

『知ってるか? 入水する蟲──()()()()とか。そういうのは、水面(みなも)に反射した光に引き寄せられて、自ら水に身を堕としちまうんだと。お前が入水したがるのも、それと同じようなもんか?』

『……』

『ふは。寝起き一番に、()()()な蟲の話はお気に召さねえかよ』


 目が覚めて一番に聴こえてくるのは、いつだってこの若い男の皮肉だった。


『……死にたい』


 わたしはその皮肉を必ず無視するようにしている。

 渇ききった喉からまた希望の言葉を呟いて、見飽きた白い天井だけを見ていると、その若い男──〈彼〉はわたしの視界の外から、呆れたように話し続けた。


『お目覚めの第一声がそれか。クソ馬鹿死に損ないの入水好きカマキリお嬢さん。また勝手に死のうとしやがって』

『……その呼び方、二度としないで。許さない』

『なんだ、カマキリは気に入らんか。なら、蝶はどうだ? いつも思うが、お前が入水するときはその白いドレスが広がって、蝶の翅によく似ている』

『だから、わたしを蟲なんかと一緒にしないで。蟷螂(カマキリ)も蝶も、蟲は大嫌い……笑うな。黙って』

『ふは、へいへい。だが実際、蝶だけじゃなくカマキリにも似てんだろ。お前、入水自殺が一番好きだろうが』

『……その入水する蟲の話、兄様から聞いたんでしょう。あの人の言うことなんて噓だらけ。だって、蟷螂は体内にいる寄生虫に誘導されて、入水する……そう、本に記してあったもの』

『へえ? それはそれは、ためになるお話をどうも。俺としては〈光に引き寄せられる〉って説もあながち間違いじゃねえ気もするけどな。夜の暗い時間帯には、ランプの灯の光に羽虫が大量に群がってくるだろ? あれと同じ。異国には〈飛んで火に入る夏の虫〉って言葉があるくらいだしな』


 以前わたしが教えた異国の言葉を、彼は得意げに言って見せる。わたしはそんな彼が気に喰わなくて、また無視をした。


『お前、入水自殺はよくやるが、焼身自殺はやったこともないよな。何故だ?』

『……』

『焼かれて死ぬのは、嫌か』


 連なる問いとともにしつこい視線を感じて、わたしは溜め息を吐き出しながら答えた。


『……普通、嫌に決まってる。一度でも火傷すればわかる。生きたまま炎に焼かれるのが、どれだけ苦痛か……安らぎを与えてくれる水とは相反し。苦しみだけでなく痛みも与える炎は、嫌い。痛いのは、嫌い。……()()()()()、身に染みてわかるでしょう』

『ふ、まあな。──お嬢さんのくせに。言うようになったじゃねえか』

『……』

『おいおい。自分で言っといてへそ曲げてんな。めんどくせえ』


 ()()()()()彼の腕に刻まれた無数の火傷痕が視界の端に映り、わたしは思わず寝返りを打って彼に背を向ける。

 しかし、彼はすぐにわたしが横たわる寝台のそばまで椅子を引っ張ってきて、わたしの目の前にどかりと座った。


『この部屋に見舞い人が来なくなって、ずいぶんと久しい。死にかけのお前を看てやんのも、もう俺しかいねえぞ』

『……そう。邪魔するのも、あとはあなただけ』

『ああ?』

『生まれた時からわたしは、肉体を飾られるだけの〈標本〉。屋敷のごくつぶしも同然……今は父母と兄と弟妹にも疎まれてる。わたしは邪魔者。邪魔者は死んだ方がいい』

『そーかよ。なら、父母もいねえ。兄姉に醜い穀潰しと殺されかけ、この屋敷に売り飛ばされては、自殺志願者のお嬢さんに邪魔者扱いされる俺も死んだほうがいいのか?』

『……』

『ふは。なんだ、その顔。まあ俺は、自殺なんぞせずとも早死にしそうなお前と違って、あと()()は生きてやるつもりだ。そんで、俺を惜しんでくれる奴に囲まれて、誰かの中で生き続けながら死んでやる』

『……うるさい。ねえ、どうしてあなたは……わたしの邪魔ばかりするの?』

『別に。()()()()


 彼の皮肉とその嫌がらせとやらが、わたしは大嫌いだった。


 わたしが死に損なって、気持ち悪いほど殺風景な部屋で目が覚める時には、いつも隣に彼がいて。彼は薄笑いを浮かべ、死に損なったわたしに皮肉を言って見せては、生きる気もないわたしに水を飲ませ、粥を食べさせ、世話を焼く。


 そして、わたしの世話を余計に焼いたあとは、決まってわたしに〈教え〉を乞うのだ。この日も、変わらず死に損なったわたしを嘲笑うかのように、彼から教えを乞われるものだと思っていた。


『な、見てくれお嬢さん』


 その時の彼の顔は、なぜかずっと忘れたくないと思った。木漏れ日のカーテンに透けた彼の横顔こそが、この世界の全てであるような気がした。


『お前の名前』


 教養の一切ないただの奴隷だった彼は、度々わたしに読み書きといったさまざまな事柄についての教えを乞うてきた。

 そして彼が一番に覚えた文字は──無邪気に笑って、ボロボロに傷ついた手指でわたしの掌に書いて見せたのは、わたしの名前だった。


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