第1話 魔王とお守り屋
〈お守り屋〉は軽くノックするように、目の前の石壁全体に張り巡らされた結界を手の甲で叩いた。
コン。
美しい金色の花紋様が模られた結界は、静かに波紋を描いて心地よい音を響かせる。
お守り屋を取り囲む、正方形型の箱のような石造建築内を隙間なく覆う六面の魔法陣は、本日も異常なく、絶対不落の強靭な結界牢を保っていた。
「……」
先刻からずっと、針に刺される痛みを錯覚してしまいそうなほどの鋭い視線が、お守り屋の首筋に突き立てられている。お守り屋は大げさに溜め息を吐いて、癖のある黒髪を掻き乱すと、背後を振り返った。
お守り屋が背にしている壁面の反対側には、如何にも堅牢そうな黒檻が設置されている。その中に、此度の〈お守り〉の対象となる悍ましきモノが恐ろしいほど穏やかな様子で佇んでいた。
(今まで、お国のためにたくさんの生物兵器の〈お守り〉をしてきた)
〈お守り屋〉──それは、生物兵器の護り手。
戦争にて「生物兵器」と呼ばれる異人類の奴隷や凶暴な生き物を多用する我が国では、お守り屋と呼ばれる結界魔法に優れた者が、長く生物兵器の管理や捕縛を務めていた。
(魔獣、呪術師や魔法使い、各国で名を轟かせた豪傑たち。だが)
お守り屋は茶色の目を細めて、黒檻の中の生物兵器を睨みつける。
檻に囚われている此度の生物兵器は、あまりにも奇妙な様相をしていた。
不気味な山羊頭蓋の仮面に覆われた頭部に、遊女のために作られた、異国の派手な着物を身に纏った男。
そんな男が、橙色の爪紅で彩られた白い両手を膝の上で揃えた正座のまま、鉄格子の向こうからじっとお守り屋を見据えてくる。
「いい加減。この哀れな魔王に自由を還していただけませんか? お守り屋さん」
男は小首を傾げて、淡々とそう言い放つ。抑揚の無い、無機質にも聞こえるその低い声に、お守り屋は苦虫を噛み潰したような顔で、また大きく溜め息を吐いて見せた。
(〈魔王〉──なんてモノのお守りは、初めてかもしれない)