第7話
シオの形をしたものの言うとおりに本を開いた瞬間、目の前は暗闇だった。ただどこからか子供のすすり泣く声が聞こえる。自分の姿すらままならない暗闇。だがその声を頼りに歩くと、やがて小さな男の子の姿が見えてきた。
「うぅ...... 痛いよぉ......... 痛い、苦しい.........もうやだ......死にたい......」
全身痣と血に塗れ、着ている服を破られたのか、全裸に近い状態で泣きじゃくっっている。誰が見ても惨いことをされ続けてきた子供だと判断するに違いない有様であった。
汗が頬を伝い首筋へ流れていく。その冷たい感触でアタシは本当に汗を流していることを認識する。
(あれはこの子の人生そのものなんだ……)
アタシはすぐにあの子が誰かを理解した。すぐにでも自分の胸に収めてしまいたい衝動が溢れ出るがなんとか理性で押さえつける。
「……シオ……」
アタシはできるだけ優しく呼びかける。
「誰!?」
シオは全身に汗を浮かべ、肩を震わせながら悲痛な叫びをあげる。
「アタシだよ、サルサ。」
とアタシは答えるがシオは警戒した様子だった。
「誰!?やだ、こっちに来ないで!」
シオは後ずさるが、アタシは構わずに近づいていく。
「やだ!やだ!もう痛いのも苦しいのも、怖いのもやだ!」
とシオは叫ぶ。
アタシはその声を無視し、そのままシオを抱きしめる。そして優しく背中を撫でる。
だがシオはアタシに爪を立て、必死に抵抗する。
「やめて!触らないで!」
シオは叫ぶがアタシは構わずに抱きしめる。
次第にシオの抵抗も弱まり、やがて静かになった。
「シオ、アタシだよ?」
そう言ってもう一度呼びかけるが彼はまだ恐怖でパニックになりかけているようだった。
(仕方ないか)
「大丈夫、落ち着いて、アタシはあなたを決して傷つけない。」
と言って優しく抱きしめる。すると徐々に落ち着きを取り戻したようで大人しくなった。そしてゆっくりと口を開く。
「おねぇちゃん……誰?」
おねぇちゃんという響きはどこかむず痒かったが今はそれどころではないだろうと思い直す。ゆっくりと落ち着かせながら話を始める。
「……大丈夫、大丈夫だよ……もう怖くないから安心して……」
アタシは優しく語り掛けるがシオはまだ警戒しているようだ。
「誰なの!?なんで僕の名前知ってるの!?」
「あぁ……そっか……そうだよね……ごめんね」
謝りながらも続ける。
「でも信じて欲しいんだ……アタシはシオを助けたいと思ってる。」
と優しく語りかける。するとシオは少しずつ落ち着いてきたようで
「うん……」
と小さく答えるようになった。
アタシはゆっくりと話し始めるの。
できるだけ穏やかに、でも心の中ではこの鬼畜の所業に対しての怒りが抑えられない。
「……シオ、……はじめまして。アタシはサルサって言うんだ。」
語りかけるも彼は未だに警戒心を解いてくれないようだったが続ける。
「ここは君の記憶の中なんだ。ここでは全てが見えるし、感じることができる。」
と言うと彼はあまり理解が追い付いていない様子だった。
「ごめんね、いきなりこんなこと言われても信じられないと思うけど、でも本当なんだ……」
顔を取り繕うのが限界に達してしまい、シオに抱き着く。
「今はこんなことしかできないアタシを赦してくれ……」
シオの小さな痣だらけの胸に手を当てる。
「なにこれぇ……暖かい……なんかポカポカするよぉ……」
と言うとポロポロと涙があふれだした。
これはアタシの感情だ。アタシの愛情。アタシの想い。
ただただその小さな体を抱きしめた。癒えることがないと分かっていても、シオの苦しみが少しでも癒えるようにと願いながら。
しばらくそのままでいると次第に泣き止み始めたので声をかける。
「落ち着いた?」
という問いに対して素直にうなずくシオを見て少し安心する。
「じゃあ、ちょっと話そうか」
とに横に腰掛ける。
下腹部を布で隠しているだけのシオがあまりにも可哀そうで、アタシの着ている何かをシオに羽織わせる。すると
「あったかい……」
と呟くので少し嬉しくなった。
「おねぇちゃんは僕の……なに?」
「アタシはね……恋人だよ。シオの恋人。シオのことを世界で一番愛している女さ。」
そう答えるとシオは驚いたような、それでいて少し嬉しそうな顔をした。
「恋人?」
アタシは大きくうなずく。すると彼は少し困ったような顔をして
「でも僕……あんまり恋とか愛とか分からなくて……いつもお客さんが…んぐぅ」
「そんなこと思い出さなくていいんだ。それはすべてアタシが未来で教えてあげる。」
少し感情が昂ってしまいきつく抱きしめてしまった。シオがアタシをやさしく叩く。
胸から解放されたシオは顔を真っ赤にし
「お、おねぇちゃん……」
と恥ずかしそうに呟く。
戸惑うシオがあまりにも可愛くてつい
「ん?どうしたの?」
と聞き返しまう。
するとシオは恥ずかしそうにモジモジしながら小さな声で言う。
「えと……その……あの……」
シオが言葉を詰まらせてしまったので優しく頭を撫でる。すると安心したのかゆっくりと話し始めた。
「……もっとギュッてしてほしいの」
そう言われてアタシはもう一度強く抱きしめる。小さくて柔らかく暖かい体が壊れないように優しく包み込むように抱きしめる。そして心の中で思ったことはただ一言。
(幸せだ)
小さな手がアタシの背中に回され、ギュッと力が込められたのが分かった。それが嬉しくて思わず笑みがこぼれる。
やがてゆっくりと解放するが、名残惜しそうにこちらを見るので可愛くてもう一度抱きしめたくなる衝動に駆られる。再び伸ばしそうになる手を我慢しながら微笑むと彼も安心したように笑った。
あぁやはりこの子は笑顔が似合う。
「そっか、僕は……いつか愛してもらえるんだ。」
と少し寂しそうに呟く。
やっぱり我慢できずにアタシは優しくシオを抱きしめる。
するとシオは少しずつ実体を無くしていく。腕からアタシの『暖かな闇』が光の粒となって零れていく。
「大丈夫、また会えるよ。」
「ほんと?」
と不安げに聞いてくるのでもう一度強く抱きしめる。
「あぁ本当だとも。」
するとシオは安心したようで少し笑ったように見えた。
やがて光の粒がアタシを包み込む。
「ごめん、でも知らなきゃいけないんだ。だから……」




