第4話
「このお人好しめ。」
「違うよ、あれは偽善だよおじさん。どっかの誰かが言ってた、偽善ってのは香水をぶっかけた糞と同じだって。己自身すら欺く毒だって。僕の自己満足に付き合って貰っただけなんだよ彼らは。ただ少し話しただけだってのに………」
「そうかよ、悲観主義が。」
「有難く受け取るよ、その言葉。楽天主義なんかよりよっぽど好きだね。」
§ § §
おじさんに連れられてきた場所、それは地下の重厚な鉄の扉に閉ざされた小さな部屋だった。
「団長ぉ!連れきましたよぉ!」
とおじさんは大きな声で言う。
どうやら中に人がいるようだ。ギィィと音を立てて重厚そうな扉が開く。
中に入ってまず目に入ったのが大きな本棚だ。中には本や巻物などが入っているのが見えるが、どれもかなり年季が入っていそうなものばかりである。そして次に目に入るのは部屋の中央に置かれたテーブルとその周りに並べられた椅子、そしてそこに腰掛けている赤… いや、朱色の長い髪を地面すれすれのところで束ねる美女。
「初めまして、私はアリア・グランギニョル。どうぞお座りください。」
僕は言われるがままに席に着く。
「では早速ですが、貴方は治癒士ということで間違いないですね?…ベッケン?」
「ンぁ、俺が保証するぜ。今まで見てきたやつの中でも悪くない。悲観主義のクソ野郎だがな。」
今更だがおじさんの名はベッケンと言うらしい。
「ベッケンからうちのことについては?」
「軽くですが、表の場所ではない、と。」
「ええ、その通り。ここはミストリアという地下闘技場、表向きは富裕層向けのゲームハウスですが。私はその支配人をしています。」
「地下闘技場ですか……」
僕は続きを促す。
「ええ、とはいっても普通の闘技場とは違います。」
「ここで行われるのは何でもありの殺し合い。とどめを刺される前に降参は可能ですが。そして出場者の能力や魔術に応じて適切な階級を設定し、それに応じオッズを決めます。」
「つまりはギャンブルですか?」
「ええ、物分かりのいい子は好きです。」
「私たちは魔術や剣術を人に向けたくてどうしようもない方々に、思う存分に力の発散場所を提供し、貴族や有力人物から金を引っ張り出して儲ける、ここはそういう場所です。」
「さて、ここまでが我々の《《裏》》の《《表》》の顔です。」
「う...裏の表?...」
「シオ君はこの国についてどのくらい知ってる?」
「おじ...ベッケンさんに教えてもらった分しか知りません……。」
「ベッケンはなんて?」
「酒と賭博と喧嘩が好きな国って。」
「......ベッケン......なんていうのかしら、もっとこう手心というか....」
「……まぁいいでしょう、概ね合ってるわ。かいつまんで説明すると.........」
アリアさん曰くこの国は通り酒と賭博と喧嘩が好きという風に表面上はとても自由な国である。このような苛烈な国民性が幸いし他国よりいくらか進んでいる。だがその苛烈な国民性は悪い方向へ動くこともある。
特に先代王は非常に野心家であり、国家の貧困には目もくれず口を開けば戦争や新領土、そんな暴君だったのだそうだ。その際国としても大変無理をしたそうで、結果的に国家財政を圧迫。ただ、原因をたどっていけば侵略戦争以前にこの国の税制度に大いに問題があると先王に変わった現王は判断したらしい。
簡単に言えば徴税権が請負に次ぐ請負でかなりの額中抜きされているとのことだ。帳簿も領収書もめちゃくちゃな中で正しい額の税をとれるはずもない。さらにその徴税権を担保に債券を発行、つまり借金をする貴族が出てきた。中央の富裕層が債券を買い、その権利を地方有力者に下請け。これが請負の始まり。
既に徴税権にとどまらず国の重要なかけらが有力な平民にまで散らばっている、これがこのサマエル王国の現状だそうだ。
頭痛がしてきた。僕はあんまりお勉強が好きじゃないんだ勘弁してくれ。
「この闘技場はギャンブルによって国のピースを回収する、そのためにリンスフォード公爵家が王家と共に立ち上げたものです。幸い国民性や富裕層間での流行りにより少しずつ、しかし着実に目的に進んでいるのです。ギャンブルに手を出さない奴には首が回らない元有力者から事業を格安で買い取り、公爵家の力を借りながら.........これ以上はやめておきましょうか。」
なんというかとても楽しそうだ。きっとこの人にとって天職なのだろう。
「質問よろしいでしょうか?」
「ええ、何でも聞いて?」
「なぜ元傭兵であるアリアさんがここの支配人に?」
「ああ、その話ね......」
そう言うとアリアさんは急に黄昏た笑みを浮かべながら続けた。
「......簡潔に言うとね........ただの無茶ぶりよ......」
「無茶ぶり?」
「ジークリンデ・リンスフォード、ここの実質的な支配者よ。彼女は当時まだ16で、動かせる人員がいなかったの。」
「そして偶々私たちは悪鬼に遭遇してしまった。」
「悪鬼?」
「あぁ。あれはヤバかった。」
とベッケンも口をはさむ。
「当時はまだ先王の影響で各地で小競り合いが起こってたの。私たちは全員が十代ながらかなりの戦績を誇る傭兵団だった。今日も小銭を稼いで宿に帰る、そう思っていたのよ...でも……あの日は違った。」
アリアはうつむいたまま続ける。
「私たちの前に現れたのは王立騎士団の黒い鎧を着た騎士だった。いつものように数人で囲んで制圧する。そんな私たちの浅はかな思考を切り裂くように1人、2人と仲間たちを屠っていったわ。結局全員が捕まって私は死を覚悟した。けれども彼女は私たちに向けてこう言ったわ。」
『死ぬか私の下僕となって国に貢献するか。』
「私はその提案に乗っかったわ、この命が助かり、また仲間を守れるならと。」
「気付いたらこんな席に座っていた、というわけよ。また戦う日々に戻るのかと思いきや翌日から勉強が始まったのだから驚きだわ。」
「それはまた……」
と僕は苦笑いをする。
「負けて負けてどうしようもなくなった方々から国のピースを回収する、そのためにはどうしても荒事も必要なの。」
「なるほど……」
「だから本ッッッ当に!!!君みたい子が見つけられてよかったの!!」
とテーブル越しに僕の手を握ってきた。
「本ッ当に治癒魔術が使えたり医療の知識のある人材は貴重なの......やれ教会は治癒士寄こすから運営に一枚噛ませろだの潜りの連中でも我々に所有権があるからその分の金を寄こせだの......ギルドもギルドよ......」
と矢継ぎ早に吐き出す。
「団長ー、シオ坊の腕が取れるぜぇ。」
ん?シオ坊?って……
「ん?あぁ!ごめんなさいね!」
「では改めて、私達の手を取ってくださいますか?」
と差し出された手を握り返す。
「よろしくお願いします。」
「ありがとう。よかったわねベッケン、いいお返事がもらえて。」
「え、どういうことですか?」
「もし君がここで申し出を断ったら……ベッケンに責任を取ってもらうところだったわ。」
とアリアさんは不敵な笑みを浮かべ言った。
「あぁ、もし断ってたら俺はシオ坊を消さなくちゃいけねぇとこだった。悪ぃな、でもここはそういうとこなんだわ。ところで団長、色は?」
「……淡い青灰色ね。」
急に僕の知らない会話が始まった。
「では可愛い治癒士くん、君のことを教えてくれるかな?」
そういえば自己紹介をしていなかった。
「改めまして、シオ・コーリと申します。歳は17。生まれはあまり覚えていなくて………
僕は多少ごまかしながら身の上を話した。
スリムリンでの暮らし、サルサのこと、スラムマフィアや闇医者のこと、貴族に嵌められたこと……
§ § §
いきなりベッケンから連絡が入った。内容は良い治癒士を見つけたとのこと。実力についても問題はなく、できれば私の魔眼で確認してほしい。あと顔も悪くない、と。
会ってみると男というよりまだ男の子と呼ぶ方がしっくりくる、そんな子だった。確かに顔も悪くない。女の子のような少年というものは期限がある反面、一部愛好家がいる。来客対応でも使えそうだ。人となりや精神状態を色で判断できる私の魔眼でのぞいた限り、問題は起こさないだろう。
私は彼に治癒士として働いてほしい旨を伝える。治癒士はただでさえ数が少ない。まして彼は子供だ。拒否の可能性を視野に入れながら返事を待つ。
彼の答えはイエスだった。
内心ほっとすると共に机の下のナイフをしまう。やれやれ、最近は管理職が多く、得物を握るのは久しぶりだ。真相を打ち明けるも彼は思いのほか淡白にそれを受け入れた。やはり面白い子は一定数いるものだなと思ったがそれは口に出さない。これから部下になる人材を怒らせる気はない。
ともあれこれで私たちはもう仲間だ。互いのことを知るために自己紹介をしてもらう。個人的にも彼の人生に多少の興味があった。だが彼は私の想像のはるか上を行った。スリムリンでの彼の生活、サルサという恋人のこと、スラムマフィアに闇医者……そして貴族に嵌められたこと。
彼は自分の経験を淡々と語る。まるで他人事のように。きっとそれが彼なりの防衛反応なのだろう。私は思わず涙してしまった。彼は少し驚いたような顔をしたがすぐに平静を取り戻し自己紹介を終える。
「次は私たちの紹介ね。」
アリアさんは泣き終えるとそう切り出す。
「私の名はアリア・グランギニョル、先ほども言った通りこのミストリアの支配人よ。私も、そこにいるベッケン元傭兵よ。こいつと数人は未だに傭兵を続けているの。本当にこいつは昔からガサツで.........」
ベッケンとは違い彼女からは血の匂いではなく、煙草と香水とインク、それとほんのりお菓子の甘い匂いがする。だがベッケンに文句を垂れ流す彼女の目はどこか遠くを見ているように感じた。
「んじゃ次は俺だな、俺の名はベッケン。団長の下に就いている。まぁ……よろしくな!」
ベッケンさんはそう言って立ち上がると僕の肩を少し強めに叩く。痛った!!と思ったがなんとなく嫌な気分にはならなかった。この人なりの親愛の表現なのだろうか?そういえばさっきは“シオ坊”とか呼ばれていた気がするけど……
「ところで……これから君が関わるのは貴族が多いけれど……その、大丈夫?もしダメなら内勤だけにするよう取り計らうけど……どうする?」
と少し不安そうに聞いてくる。僕も正直貴族に良い印象はない。......でも
「大丈夫です。勿論貴族に良い印象を持っていないのは確かです。でも、それで貴族全体を嫌うのは何か違うかな…と。」
「そう、ならいいのだけれど…」
彼女はやはり不安そうな顔をする。
「では、シオ・コーリ、よろしく頼むわね。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
こうして僕はミストリアの治癒士となった。




