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何の変哲もないファミレスです。
と、マジシャンの様な前置きをしておく。
チェーン店といってもメジャーではなく、とはいえ地域に愛されているこの店は、品が多いし飯は美味いものの、如何せん名が売れていないファミレスだ。
コンビニ三強が世の中にあるように、ファミレスでもそのような知名度が存在するわけで、かといって、まだコンビニほど日本中を覆い尽くしてはいない。ファミレスもファミレス界の中では世知辛いものだ。
なんて、一介のバイトが偉そうなことを言ってみる。
つっても、僕の常識の中では、案外一介のバイトであっても、みんな仕事先について何かしらの偏見を持ち合わせていると言うのが僕の見解であるが。
ま、そんな話はどうでもいい。
僕がウェイトレスとして働くこのファミレスは、駅前にあるが故に客足が多い。
もっとも、会社員から学生、の中でも位の低い小学生までもが、このファミレスを愛用している。
位が低い? だってそうだろう。小さい学生なんだから。
男尊女卑の世の中、それについて騒いでいる勢力が存在している事はもちろん承知しているが、そいつらでも子供は子供だと分かっている。
見るからに小さいし、頭も小さい。体も小さいし、心も小さい。
なんて、罵詈雑言を並べるけども、勘違いしないでほしいのは、僕は子供が好きという点だ。
世の中には子供が嫌いな大人というのが一定数いるが、かくいう僕もそれら陣営の言い分について、ある程度共感を示せる派閥であるが、それでも、僕はどうも子供を憎めない。
愛らしいと感じる。
もちろん偏愛はしてないよ。
例えるなら尊いとか、そういう感情だ。
ま、なんて蛇足はさておき、僕はそういった、幅広い層が惜しげもなく通うファミレスの店員として、働いている。
学校終わりの時間からシフトを入れており、夜の八時まで。
というとあまり働いていないように聞こえるけども。
実際、学校終わりの時刻から、夜の八時までが、このファミレスのいわばゴールデンタイムである。
「いらっしゃいませ」
ファミレスというのは品が多い。
サラダ、ハンバーグ、ステーキ、パスタ、ピザ。
そして子供が愛してやまないドリンクバーが飲み放題。
そら、僕でもお金の余裕があれば惜しげもなく通うだろう。
それほどファミレスというのは、いわゆる満足度が高く。
だからこそ、客足が多いという。
ただ、それらを鑑みた際に見えてくる真実と言えば簡単で、バイトの僕が途方もなく忙しいという、至極真っ当で明白な事が伺えてしまうのだろう。
「いらっしゃいませ」
今日、三十四回目の「いらっしゃいませ」を口にした。
「何名様でしょうか」
今日、三十八回目の「何名様でしょうか」を口にした。
ま、平均的な数字だ。
そんなバイトの働きなんて、傍から見たら面白くないのだろう。
僕は幾度も見た事がある。
どんな物語の中でも、バイトは、基本カットされる一幕である事を。
ただし、いつものバイトと違う点が、やはり一つ存在した。
「……」
それはまぁ考えれば分かると思うが、
僕がお客を案内している視界内に、
どうやら必ず、信義鐘人が立っていると言った、心霊現象に他ならなかった。
「おい、頼むから視界内にいないでくれ。別に居なくなれとは言わないけど、集中出来ない」
と、上着のボタンをはずしながら言う。
「あらら、お邪魔でしたか。それは申し訳ないです。次からそうしましょう」
勤務時間が終わり、男性用更衣室で制服を脱いでいた。
幸いな事に、今日は同期のバイト数名がまだ男性用更衣室へ訪れていなかったから。
僕はそう、視界内にずっといるスーツ姿の信義鐘人にそう注意をした。
何かと視野に居られると困る。
夢の中でディスマンなどを見てしまった当時の被害者は、こういった感覚だったのだろうか?
「てか、なんでそう余計に、僕の視界に入ろとしてくるんだ」
「別に他意はありません。しいていうなら、興味かなと」
「興味ぃ?」
「暇なんですよ」
しったこっちゃねぇよ。けっ。
全く持ってこいつが考えていることが読めん。
一体どういう思考が働いて、常に僕の視界に映ろうとするのだろうか。
新手のかまちょか?
なんにせよ、スーツを着るくらいの年齢のおじさんにかまちょされて、一体誰が喜ぶんだ。
クラスのマドンナ的存在でも、バイト中に常に視界内に居られたら流石に困るというのに。
「というかお前は、いつまで僕についてくるつもりなんだよ。暇なら暇で、どっか探索でもしてこればいいじゃないか。せっかくの幽霊生活なんだぞ」
「確かにこの状態なら、更衣室など覗き放題ですもんね」
「きもちわるい」
「ですが俺様は興味ないんですよ」
「なんだ。まるで僕を見ているほうが興味が出るみたいな発言だな? こんなませたガキなんて好きな大人がいるのか?」
確かバイト中に、子供が嫌いな大人の話をした覚えがあるが。
それらの大抵な要因として、子供のテンションが苦手や、子供の傍若無人の振る舞いが気にくわないと感じる人間がいることだ。
恐らくだが、そういう人達からするに、僕の様な存在は毛嫌いされるのではないかと思っている。
しかしこの信義鐘人は、幽霊スローライフを堪能するよりも、
どうやら僕を見ている方が幾分か楽しいらしい。
変な野郎だ。そして、迷惑な野郎だ。
「別にみているのはいいが……邪魔だけはするなよ」
「誰と話してるんだよ、春香」
唐突に背後から声が掛かった。
僕は振り返ると、そこに居たのは。
――いつも通りの黒髪ロングに、赤いメガネをかけた女性であった。
「あ、独り言ですよ」
なんて白々しい言い訳をいってみる。
だがやはり、その言葉だけでは、彼女の眉は元に戻らなかった。
「にしてはやけに怒っていたな」
「というか西木さん。ここ男子更衣室ですよ?」
今更ながらと言うか、一応この西木花火さんは女性であるのだから、この男性用更衣室に来る事は、本来あり得ない。
しかし彼女は僕と会話をしながら、平然と部屋に土足で入り、窓際の机へ移動した。
「そんな事は知っている」
「はぁ」
いくら男まさりだからといって、性別まで無下にしてしまうのはいかがなものか。
とはいえ、今世間を賑わせている集団からすると、これらの行為は当たり前なのかもしれないな。
……だが少なくとも普通の男子高生からすると、当たり前ではない。
これらの光景、事態は、異常だ。
「また店長のパソコンで改ざんですか」
「ああ」
短い返事で返すにしては、内容が物騒だ。
そう、彼女西木花火という女は、僕と同じ時期に入って来たバイトであり、年齢は知らないが、恐らく僕とそう変わらない。
そして今彼女が行っている『改ざん』とは、文字通りデータを弄る事であり。
彼女はキーボードを操作し、店長の常に開きっぱのノートパソコンに入っているシフト管理表を開いて、慣れた手つきで数字を変えていく。
「急用が入ると分かるなら、最初からそうやってシフト表を提出すればいいのに」
「そうはいかないから仕方がないだろう」
「だからって男性用更衣室にまでくるんですか。僕まだ上半身裸なんですけど」
「私が興味ないのだから、問題はない」
言いながら、彼女は店長のノートパソコンを勢いよく閉じて、すまし顔で僕に視線を向けた。
……そんな自分勝手な。僕だって恥ずかしいんだ……まぁ、太っている訳でもないからいいけどさ。
なんて心で文句を垂れながらシャツを着た。
「いつもいつも共犯になってくれてすまないな春香」
「勝手に共犯にされても困りますけどね」
「そう言わずに、な?」
「ほんと、勝手な人だ」
と言う会話を終えると、彼女、西木さんは、入って来た時と同じようなスピードで更衣室を退出した。
別れの挨拶くらい、もっと可愛げがあってもいいんじゃないかとも思うけれども、
彼女の無愛想にはそろそろ慣れて来たころで、だからまぁ、特に気にしてはいない。
「君。今の女は誰だ?」
「うわっ出た、幽霊だ」
「ああ、俺様は幽霊だ」
そこをドヤられても返しに困る。
僕が私服を着終えた瞬間、また視界に、信義鐘人が現れそう聞いて来た。
聞かれても困るんだけどね。今概ね心で話したわけだし。
「ただのバイト仲間だよ。それ以下でもそれ以上でもない」
「男子更衣室にずかずか入ってくる女が、タダのバイト仲間には見えませんけどね」
言いながら疑うような視線を向けてくる。
何を想像しているのだろうか。
案外見た目に反し、この信義鐘人という男は下世話な野郎なのだろうか。
せっかくの……というか唯一の取り柄であるのが丁寧口調なのだから、そういった言動は隅から隅まで慎んでほしいね。興が削がれるよ。
「本当にただのバイト仲間だから何とも言えない。お前の変な勘違いは聞いていて不快だ。もっと品性を磨いたらどうだ?」
「品性ですか。面白い視点ですね」
面白い視点なのか。その発想こそ面白い視点で、僕の方があっけらかんとするよ。
つくづく感じるけど、お前はどこかおかしな価値観をしているんだな。変人め。
「そんな事はどうでもいいんですよ」
自分で言っておいてどういう言い分だ。
「俺様が気になるのは何故この更衣室へずかずかと入ってきて、そしてナチュラルに君を共犯にして去っていたのかです。何か事情があるのですか?」
そこの説明を求めていたのか。
こいつ、案外普通の感性をしているのだろうか。はなから価値観もそっちよりになってほしいね。
「あぁ簡単な話だよ。彼女の家庭が複雑らしくてね。定期的に突然バイトに行けなくなる日があるんだって。基本的に彼女は毎日シフトを入れるくらいの勤勉ファミレス店員なんだけど、そういう時、ちょっとパソコンを弄ってシフトを改変しているんだよ」
ここまで話せばわかると思うが、店長は男性で、この男子更衣室で事務作業を行う場合がある。
店長は基本店で働いているんだけど、その間とかは、今みたいにパソコンが開きっぱなんだ。
そこに彼女が付け入っている感じだね。
「……まるで時空を歪めている様ですね。シフトってそう簡単に変えられるのですか?」
「今の時代、アナログは時代遅れだ」
「時代の流れですか。世知辛いな」
もしかすると、この信義鐘人が会社員していた会社は、まだアナログ至上主義であったのかもしれない。
ちなみに僕もアナログ派だ。
手元に実物としてデータがあった方が、何だかそれだけで信憑性を感じてしまう。
変な偏見だと思われるだろうが、全てはネットに対する真偽不明な情報がばら撒かれているという印象から来ている。
まあ確かに、信義鐘人の疑問も分かる話だ。
西木花火の行動は、傍から見るとまるで理解できない。
……てか、僕は毎回彼女がシフト表を改ざんする現場にいるんだけど、それは多分、たまたま時間が重なっているだけだと思うが、しかし、それだけの理由で彼女から『共犯者』扱いされるのはいただけないな。是非辞めていただきたい。
それに本物の殺人犯を共犯にするのは、いささか気の毒だとも思うし。
まっ、見ての通り彼女がそれを気にするかなんて、あり得ない話だろうけどね。
「にしても、変な女もいるもんですな」
「変な男も僕の視界には常にいるんだけどね……そう言えばお前、西木さんが来ている間はしっかり視界から居なくなってくれていたな?」
思い出すと、彼女が背後から現れた時から、お前の姿を見失っていた。
しっかりと僕の言い分を聞いてくれたのだろうか?
「ええ、言われたので」
おお素直だな。言えば分かる人だったのか。
ならお願いだから、僕を殺そうとしないでほしかった。
「わざわざ気を利かせて、隣の女性用更衣室へ移動していました」
「きもちわるい」
余計な一言を加えやがって。
「別に誰もいなかったからいいでしょう? それに、俺様が移動している最中、そっちでは女性が男子用更衣室に突撃していたのは、驚きでしたよ」
確かに状況は変だ。
幽霊生活の特権、更衣室覗きが、まさかの来客で無下にされるとは。
でもそんな事気にしているのはお前だけだし、てか、お前しかこれは起こりえないよ。ばーか。
「はぁ」
「む」
僕の生返事に、何だか不貞腐れている信義鐘人。
そんなところで愛嬌を出すな、気持ち悪い。
とそんなところ、そろそろ身支度を終えたので、僕はファミレスを退勤した。