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ただ残ったのは、矛盾人間だった  作者: 夏城燎
2 『そのてをとめろ』
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 冬が始まり、そろそろ学校でも冬服へと本格移行を始めた時期である。

 僕の学校は冬服へ変わる際、移行期間が設けられ、そこからゆっくりと全員が衣替えを行っていく。

 まるでその様は、ある種の季節の始まりに似ていると思っている。

 と言うのも、例えば、桜の木の花が、転々と咲き始めたような。

 そう言った意味合いでだ。


 ま、勿論色彩の話であって、人間なので醜くはあるのだが。

 しかし、こういった移行期間にしか、見られないような光景であった。


 青い冬服と白い夏服が、学校の校舎の前でたむろしているその風景は、

 風情があると言えばあるのかもしれないが、中々みられるものでもないので、

 少し見蕩れている。


 マチマチの制服を着飾った有象無象が、ぺちゃくちゃ喋りながら、

 大きな木の元を通り、交差点へ出る。

 それらを、僕は、近くのコンビニの駐車場から見ていた。


「……」


 最近、ぼうっとしてしまう事が、増えた。

 それは恐らく、今までああいった『日常』の最中に居て、そして、それら『日常』に慣れていたからだろうけども。

 僕は僕で、この数日のうちに、思わず、『日常』を忘れてしまう恐ろしい体験を経験したから。

 僕はああいう『当たり前』を見て、何だか感傷に浸ってしまう。

 僕が経験した恐ろしい出来事と言うのは、既に何話かほどかけて書き綴られている事であるから

 、きっと、この独白を読んでいる人は、把握しているのだろう。


 そう。

 人を殺した。


 コンビニから出て来たスーツ姿の会社員が、レジ袋片手に車へ乗り込む様を見届けつつ、僕はまた、校門へと視線を移した。


 僕は、信義鐘人という異常者を殺害した。


 まず初めに、出来れば、正当防衛であると言い訳をしたいけど。

 それでも、それを証明できる証拠なんて存在しなくて、

 だから僕は今、愚策だが逃げるという手段を取っている。


 つい先日、朝のニュースで彼の死が流れていて、でも僕の事とか、容疑者については何も言及していなかったから、少し安心したい。

 ……という楽観思考もある。

 しかしああいったニュースで言っている情報は、多少伏せられている情報もあるだろうし。

 だから、実際は、そこまで安堵することは、まだかなっていない。


 そして何より、僕が今、一番頭を悩ませているのは。

 わざわざ明言してやるのもはばかられるのが本音だが、しかし、これを説明しなければ、今この独白を約一万七千文字近く読んでいる方々からするに、少々うるさい声が入る故、結果的に説明責任は僕にある。


「お前から説明してくれると助かるんだが……」

「あ? 何か仰るなら、しっかり名前で呼んでくださいよ」


 と、僕の横で、少しスカした立ち方をしている男がそう言う。

 僕が彼へ視線を移すと、170センチ後半の彼は、何故か僕へ微笑みを返した。

 是が非でもやめていただきたい。


「信義鐘人。やっぱり僕はお前がここにいることが気にくわない」

「と言われましても、俺様の異能である『デストロイ』を発動させたのは君で」

「ちょっと待て、お前の能力名変わってないか? 前聞いた時は『デススイッチ』とかだった気がするが」

「気分で変えようかなと」

「センスないから普通に『地縛霊』でいいよ」

「それこそナンセンスです」


 英語の意味を考えて『デストロイ』とか命名してんのか?

 全く愉快な野郎だな。

 もちろん罵倒だこれは。


 何という事か、この信義鐘人はどうやら『異能』という物を所持しているらしく、

 そしてその『異能』がどうやら

 “生体機能が停止した瞬間、魂だけの存在へと昇華できる”

 という馬鹿げたものだったらしい。


 僕も、正直信じられないが、今目の前にいるので否定が出来ない。

 ちなみに彼の存在は、僕以外の人間には見えないようだ。

 理由は知らないし、聞きたくもない。


「地縛霊。お前が色々と説明しろ」

「ん? はて、何を説明しろと言われるのですか?」

「お前の存在から始まって、お前が参加していたっていうバトルロワイアルについてだ」

「それなら何度も説明している筈では? あまり何度も説明するのも、大変なのですよ?」


 厄介事を持ち込んだお前が、そこを面倒がるとは。

 我儘なこった。


「はぁ。俺様はとある会社員でした。しかし、ある日出会った女に、異能の力を渡されゲームへ参加しろと言われました。当然最初は断ろうと思いましたが、現実に飽き飽きしていた俺様はその参加を受け入れ、異能を手にしました。その異能バトルロワイアル、名は『スキルハント』はここら周辺を含んだ大部分を指定区域とし、その中で殺し合いを行っています」

「それで、お前の能力ついて」

「……はぁ。俺様の能力は『背後霊』」

「地縛霊ですらないのか」

「死亡すると、俺様を殺した奴に憑く事が出来き、それを用い生き抜くことが可能です」

「憑く? 憑依に似たものなのか?」

「ええ、その筈でした」 

「筈でした?」

「……はあぁ。どうやら俺様は騙されたらしいです。本来なら、というか俺の解釈は、君の体をそのまま乗っ取れる算段でした。しかしどうやら、そううまくはいかなかったらしいですね」


 なんて、大袈裟なため息と共に、僕の方を横目に見られても困るんだけどね。


「……ふん」


 と言ったようで、彼、信義鐘人は僕の視界内で生きている。

 僕が人を殺したのは公然たる事実であるが、そんな僕が、どうして今こうも冷静なのかと言うと。

 言ってしまえば、彼が幽霊として出て来た事が要因としてデカい。

 もちろん人を殺してしまい、罪悪感やら何やらある。

 僕とて常人。ただの一般市民であるから、当たり前のように、人を殺してしまった事への後ろめたさ、苦しみ、恐怖は芽生えているが。

 それを踏まえても、僕は今、案外冷静だ。

 いいや、思えばずっと冷静ではあったな。

 ……なんて、信憑性が限りなく薄い事を、口にする。


 僕が人を殺したあの晩。はっきりと分かったことがある。

 確かに僕は頭では冷静であった。

 だが、僕は間違いなく、感情的になっていたのだろう。

 こればかりはどうしようもない真実だ。僕はあの時、確かなる殺意を手にしていた。

 とても悔しいと共に、僕は自分に自信を無くしそうになる。いいや、無くして当然だ。

 感情的になってやってしまった事が、まだ彼氏に対するヒステリックなら可愛かったものの、実際犯してしまった事象と言えば、この世で一番罪が重い人殺しだ。

 もちろん、もし法廷に立つのならば正当防衛と証言したい。

 だが、今の僕でも正直、

 あの時、心臓に二撃目を食らわせる必要は、無かったんじゃないかと思っている。


 だからやはり、僕は、確実な殺意を用い、人を殺害した。

 どんな状況であっても、あの場で、二撃目を食らわせた時点で、

 僕はもう、人間ではなくなってしまったのかもしれない。

 人を殺してしまった僕の言葉なんぞ、一体誰が信じるのか。

 なんて、一般常識らしい事を言ってみる。

 今更人間ぶるのは、真人間どもからすると気持ち悪いのかもしれないがね。

 僕もニュースとかでみる連続殺人犯は、当たり前のように軽蔑の対象であったし。


「お前のお陰で散々な目にあっているよ、信義鐘人」

「そんな、酷いじゃないですか」

「酷くて当たり前だ。僕の態度が酷いなら、お前の行為は僕の更に下の最低だよ」

「最底辺なんて、それはまぁ悲しい事ですねぇ」


 僕に人殺しさせたお前が何を言うか。

 お前にさえ出会わなければ、僕はここまでの恐怖体験を味わわなかった。

 お前のせいで、僕はお前を殺したんだ。

 だからまぁ、自分で自分が悪いと認めるのは、とても不本意。

 常人であるならば、きっと、全ての責任をお前に擦り付けているよ。


 僕? 僕はもちろんそうはしないさ。

 さっきも認めていたじゃないか。

 二激目は不必要であり、明らかに僕の気持ちがお前を殺そうとしていた。

 そこに、嘘偽りは存在しない。

 人間元来の生存本能が、奇しくも最悪な方法へ作用したらしい。

 だから僕は、感情が大の嫌いなのだ。


「……僕はどうなる?」


 僕が目前の疑問、そして今後の課題について、信義鐘人に問い詰めた。


「知りませんよ。君の自由なんじゃないですか」

「じゃあ、お前はどうするんだ。僕に殺されて、不服とかじゃないのか?」

「元々俺様は人生に飽きていたんです。今更感じる後悔なんて、微塵もありません」

「そうか」


 さて、目前の課題と言えば、まず、『殺人犯』としてどうやって生活するか、

 そして『バトルロワイアル、スキルハント』についてどうするかである。

 僕はもちろん、さらさらバトルロワイアルなんて参戦する予定はない。

 だから出来るならば棄権したい。

 というか、別に僕はまだ異能を授かったわけではない。

 ただ異能の有無を認知し、ゲームの存在を知ってしまっただけの一般人だ。

 という、一般人と自称するのも、今後は出来ないと思うと、寂しさを覚える。


 『殺人』について、一度逃げるという選択を取ってしまったから、僕はもう手遅れなのだろう。

 現場で自ら通報して、「俺はやってない」と血だらけの包丁片手にいえば、もしかすると、僕は悪くないことを証明できたのかもしれない。

 ……なんて、甘ったるい世界ならば、イエスは十字架に釘で打たれて死ぬことはなかったのだろう。

 だからまぁ、少年法があるとて、問答無用で起訴されるだろうね。

 そうなると、僕がこつこつと積み重ねて来た人生というブロックタワーが、ネコに蹴り飛ばされるようにぶち壊されるわけだけど。


「……」


 まぁ、因果応報なのかな。こういうのって。


 僕も人ひとり、そいつがどういう奴かなんて関係なしに命を奪った訳で、

 それらの償いは恐らく、牢獄の中で生きて苦しむことが最適解だ。

 だから僕はそうするべきであるし、そうしていない現在は、とても僕的に都合が良すぎて酷い話だけど。

 でも僕は、少なくとも、自らが間違えていた事は認めるが、

 見ず知らずの疑いを掛けられ、弁明しても意味がない裁判なんて御免だ。

 最初から疑いしかない負け試合裁判なんて、この世にあっちゃいけないというのが僕の希望ではあるけど。

 でもこの世の中、女性が電車の中でお尻を障られましたと虚言を吐けば、少なくとも世論は女性を支持する程、人間は感覚で生きている。

 そういうのを知っているから、なおさら現段階で自首はしたくないな。


 僕も僕とて、証拠を用意するべきだ。

 弁護士なんていらない。は暴論だけど。

 弁護士をいざつけたとき、僕にも発言権があるような、公平な裁判をしたい。それが僕の望む未来だ。

 公平な場で裁かれれば、僕は、異論なし。

 ふむ。これが僕の、理屈での答えだ。

 まぁ、胸やけはとまらないけど。


 さて、そろそろ時間が過ぎて来て、校門前の有象無象の数が減り始めた。

 僕も考えがやっとまとまり始めたし、それを目指して動きますか。

 学校はしばらく休んでもいいだろう。

 祖母も別に、学業への固執はそこまでない性格だ。

 強いて言うなら、殺人をして裁判になった場合の、祖母のメンタルが心配だ。

 ただ、そのくらい。

 僕の次の目的が決まったよ。


「ん?」


 出来る限りこいつ、信義鐘人の情報を集めて、証拠を集めて、

 公平な裁判をとり行えるようにする。

 それが僕のこれからの目的だ。

 そのうえで、信義鐘人には、これらの事を悟らせるべきではない。

 無論、それはこいつが、僕を殺そうとしていたから、未だに信用に値しないだけだが。


「行こうか、そろそろバイトの時間だ」

「そう言えばバイトをしているんですよね? いいんですか? こんな時期に、バイトに行っても」

「学校と違って、バイトは迷惑が掛かるからね。辞表を出すにしても、先に入れていたシフトくらいは、こなしておかなきゃ」


 学校は既に何日も休んでいる。

 しかし、バイトはやはりそうはいかない。

 辞表は既に出したけども、突然辞めると言っていかなくなるのはあまりにも人として終わっている。

 社会不適合者である自覚はあるけども、最低限、迷惑が掛からない生き方をしたい。

 それが僕の流儀だ。


 流儀というと、何だか硬い意志みたいでまた違うか。

 言葉から漂う雰囲気がヤクザに近いものね。

 だから適切な単語を探すなら、約束事だ。

 僕の心を、良心を守るための約束事。

 案外僕は弱メンタルなのでね。そのくらいの甘さは見せていくよ。


 方針が決まって、幾分か心が落ち着いて来た。

 まともに寝られない日々が続いていたから苦しかったが、

 今日くらい、少しはまともに寝れそうで安心だ。



 この地獄はいつ終わるのだろうか。まだまだ先が見えないな。

 でも、いい結果で終わらせたい。


 人殺しが願う事ではないかもしれないけど、僕は、平和が好きなのだから。


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