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ただ残ったのは、矛盾人間だった  作者: 夏城燎
1 『うつつをみろ』
4/18

4


 夜、肌寒い冬の始まり頃、

 白い煙が口元から零れるようになった時期である。


 そんな時期に僕と言う人間は、まだ防寒具を装備していなかった。

 優等生ではない学生はまだ遊んでいる時間だろうが、冬を感じる温度の元、僕はそこに立っていた。


「……」


 ――男、信義鐘人に後をつけられるようになって、はや二週間が経過したが、そろそろ、僕は堪忍袋の緒が切れそうである。


 なぜかと言うと、それはまあ簡単な話で、

 この二週間毎日三回ほど彼を見かけ、そして彼を避けても避けても、

 何があっても追いついてくる事象が、面白くて面白くて仕方がないのだ。


 聞いているだけでは本当の恐怖体験に聞こえてしまうかもしれないが、

 そろそろ僕の認識は恐怖体験ならぬ恐怖事件ではなく、

 もう一周回って面白事件でもある。

 前回は恐怖動画を紹介する番組へ呼んでほしい気持ちがあったが、

 今は打って変わって笑える番組。ほら、再現VTRとかがある番組に呼んでほしい。

 そして出来れば、旬の濃い芸人さんを使って、既に番組にキャラ付けされた彼らに、この僕の状況を演じてもらいたい。

 一笑いくらい起こしてやる自信がある。

 まぁ、そんな自信より危機感を持つべきなのだろうが。


 とはいう物の、僕とて理由もなくこうして腹を抑えて笑っている訳ではなくて、しっかりと、れっきとした、理由があって笑っている。


 つい数時間前、僕はついに、あの男に話を聞きに行ったのだ。


「……いた」


 いつもの駅の駐車場に、あの男はまた居た。

 170センチ後半のスーツ姿で、自動販売機の横で腕時計を眺めている。

 そんな彼に出会ったのは二週間前であり、その当時僕は関係を持とうとしなかったが。

 そろそろ、僕からも話しかけてみようと踏み切ってみた。


 もちろん生身で行くのは危険だから、催涙スプレーくらいは持参した。

 それと加えて、両手を縛られた際の抜け出し方もネットで調べて来た。

 まぁ、ガムテープ限定だが。

 なんにせよ、そういった万全な装備を整え、僕はあの男へと再戦を仕掛けたのだ。

 さながらその風貌は、万全の準備(すぐ逃げるインスピレーション)をし、仲間を集め終えた(ソロ)勇者であり。伝説の剣(催涙スプレー)を携えながら、難攻不落であった魔王城へ攻め入るかのような意気込みであった。

 勘違いしないでもらいたいのは、僕は別に読書をしているからと言って、そういった異世界ファンタジーは全くと言っていい程読まない。

 ので、勇者が魔王を倒しにいくと言う、どこかのカセットゲーム並みの知識しか異世界への理解がない為、そこは許してほしい。

 もしかしたら、そんなもの異世界にねーよ。

 なんてヤジが飛んでくるかもしれないしね。※注意書きはどんな時代も大事だね。


 ま、さておき、この催涙スプレーを勇者の剣と仮定し。

 僕はあの男――信義鐘人へ突撃訪問を行った。

 その会話の一部始終がこちらだ…………。(再現VTR)




「こんにちは」

「おっ、こんにちは。君はもしかして……」

「ええ、二週間前に話しかけられた者です」

「これはこれは」


 と、信義鐘人さんは嬉しそうに微笑みを零した。

 そしてまた、僕に対して名刺を差し出し。


「改めてどうぞ」


 なんて渡された名刺は、あの時渡されたものとほとんど同じであった。


「羽部株式会社ですか。そちらで働いているんですか?」

「ええ、そちらの方で営業マンをしております。君の名前を教えてもらっても?」


 男は営業スマイルを見せながら、何故か舌なめずりをしてきた。

 不思議な人だ。

 そして僕の名前を聞いて来た。

 ふむ。今回ばかりは教えてやってもいいだろう。


「はい。田中幸村と言います」


 もちろん、友達の名前だけど。


「田中幸村様ですか。わざわざすみません。ではお聞きしたいことがございまして」


 おっ、話が早くて助かります。


「君は現実に飽きていたりしませんか?」


 でた。

 僕があれだけ妄想を膨らませ、そして考えに考えた末に何も分からなかった質問である。

 これで宗教であったら適当にあしらおう。

 これで祖母関係なら話を聞こう。

 これで誘拐犯の下手な誘拐文句であるならナンセンスなので不貞腐れよう。


「と言いますと? 詳しく聞いてもいいでしょうか?」


 ……さあどうくる?


 僕は男の言葉を身構えつつ、

 ポケットに備えている催涙スプレーを片手に掴み上げ、

 何かあった場合、すぐさま逃亡してしまおうと画策した。

 そしてその男は小さく息を吸って、僕を見ながら、営業スマイルのまま口元を開閉した。


「はい。詳細に話してしまいますと、というか、話すともう君を逃がしてはおけないのですが、そうした方が強制力があるので話してしまいますと。実は私、とあるゲームに巻き込まれておりまして。そのゲームと言うのは、言ってしまえば殺し合いの様な物なんですけども、それぞれに与えられる異能を用い戦いを制していくバトルロワイアルといった形式を取っていまして。これらの参加者にならないかというお誘いでございます。無論、それ相応の代金も出ます。手当、異能の保証、身体の安全も全て安心です。ただ少し、人を殺す事となってしまいますので、そういう点で私は、この話をしたあなたを逃がすことが出来なくなってしまい。また、あなたがもし今首を縦に振って、異能を受け取ったとしても、あなたは私の糧となって頂く未来しかありませんので、そのあたりを了承してくれなければ、今ここであなたの人生を終わらそうと存じております」

「………………へ?」


 饒舌に語り出した男の言葉は。

 一つ一つが予想していなかった単語ばかりであり。そして。

 やけに平然と、『あなたを殺す』と言われ、――僕は思考が停止した。


「聞こえませんでしたかね? もう一度、復唱しましょうか?」


 ……聞こえてはいた。

 だが単純に、理解が追いついていないだけである。


 なんせ僕が予想していた事柄のどれともあわず、そして思わず吹き出してしまいそうな設定の数々に、僕と言う人間は本来なら大爆笑しているだろうが。

 しかし、先述した通り、こうも平然と『あなたを殺す』と言われてしまっては、流石に脳が追いつかなかった。

 理屈で言葉を理解しようとすればすんなり入るが、感情がそれらを害している。


 殺される?

 異能?

 バトルロワイアル?

 そらいったい、どういう冗談なんだ。


 きっとそれらの設定をかき集め、原稿用紙にまとめてみると、編集の人とかにウケるんじゃないだろうか。

 ありきたりであるのは重々承知ではあるものの、こういった王道作品は万人受けする。

 なんせバトルロワイアル物なぞ死ぬほど流行っていた時期があるわけで、

 漫画や小説のジャンルの中で、一時代を築いたと言っても過言ではない舞台だ。


「……ええっと、それって本当なんです?」


 我ながら腑抜けた言葉であるが、大真面目で言ったつもりだ。

 言葉の端々に震えが混じっていたものの、これらは感情から来る表現なので気にせず行こう。


「ええ! 残念ながら、私の異能は特異である為お披露目が出来かねますが、それでも信じてもらいたい。でなければ、せっかく話したと言うのに」


 男は上々のテンションで僕の言葉を肯定して、頬を赤く染めながら、嬉しそうに。


「あなたをポイントとして消化できないじゃないですかっ」


 そう、言った。


「お、おもしろそうなお話ですね」

「……お?」


 その言葉は、発した僕ですら、分かりやすく、何言ってんだと思う程。

 そして、それを聞いたこの信義鐘人ですら、驚きの言葉を漏らした程。

 僕の表情と、全くマッチしていなかった。



 再現VTR終了。と。

 さてさて、みてくれた皆さんに問いたい。

 ……僕、状況的に結構ピンチですよね?


「ん、ん~ん」


 なんて僕は、自分の行動に首を傾げた。

 あの返答の後、信義鐘人と言う男は僕を笑った。

 どこがおもしろいのかとても分かりやすかった。

 なんせ僕でも同じような感情を抱くに決まっているからだ。


 あのような話を、というか、要約すると『自らが殺される事を面白そうな話』だと形容した。

 やはり、僕は思っている何倍も、傍から見たら面白いに決まっている。

 あの言葉の真意について解明を急ぐのであれば、あれはその前の話である『バトルロワイアル』だとか『異能』だとか、そういうハチャメチャさに引っ張られた言葉であり、あくまで自分が殺されるという話について、面白いと断じて思ったわけではない。

 しかし、これまたどうして僕の言葉という物は、やはり傍から見ると『自らが殺される事を面白そうな話』と自称したものであり。

 だからこそ、勘違いなのだが、本意ではないのだが、まことに悔しながら、この信義鐘人の笑いのツボを揺さぶったということだ。


 本来なら、話の通りに進むのならば、僕は今頃殺されている筈なのだが、

 なんと信義鐘人からの提案で、『何かコンビニでおいしい物を買ってやろう』と言う事となり。

 今この大手コンビニエンスストアの前にて、僕は彼が会計をすませるのを待っている。


 冬の始まりだからと言って、流石に骨に響く寒さをしており。

 その上、防寒具すらもまともに纏っていない僕は、

 さながら冷蔵庫の中で一人孤独にいるような感覚であった。


 というか、僕はこんな場所でこんな怪しい人物についていってもいいのだろうか。――否だ。


 間違いなく身に危険が迫っている。

 それどころか、本人から『あなたを殺します』と言われているのだから。

 危険も危険だが、その中でも特別危ない命の危険である。非常に危うい。


 ……『危』と言った漢字を並べれば緊急性が伝わるのかなとも思っていたのだけど、やってみるとそうは思わないな。

 テレビでよく見かけるエマージェンシーとか、『きけん』『あぶない』とかそう言った単語は緊急性が垣間見えるのに。

 どうして『危』という漢字はそこまで思わないのだろう。

 まぁ、単純にイメージしやすいか、しやすくないかの問題だろうか。


 はて、そんな事は置いておいて、恐らく今、僕が行うべきは、

 このコンビニエンスストアから走り出し交番へ急ぐことだ。

 しかし懸念点があるとするならば、もし異能という物があるのなら、

 彼、信義鐘人のあの『異常な移動速度』も理由が付くのかもしれない。

 もし僕の目の前に二週間、毎日三回ほど姿を現していたのを可能にしていたのが、

 そういう類であるならば。


 悲しきかな、

 異能やらバトルロワイアルなどの妄言に説得力が付属してしまう。

 そんな付録は嬉しくない。


 かといって正常な判断をするなら今すぐ逃走することだ。

 自分の身は自分で守るべきという当たり前を義務教育にて習った僕だからこそ、

 そういう思考もしっかりと働く。


 とはいえ、まあ言ってしまうと、文学少年として、ある種の好奇心は存在する。

 いいや、っていっても、もし文学作品内で、こういった立ち回りやら思考やらをする人物が主人公なら、僕はそれを読みたくない。

 絶対にストレスがたまるからだ。

 もしこの世界がそうであるのならば、謝罪会見でも開くべきなのかもしれない。


 ……なんにせよ、僕は迷っている。

 逃げるか、残るか。

 命運を分けそうな選択だ。

 実際、命が関わっているので命運と言った言葉も適切であろう。

 だが運は関わっていないだけ、まだ良心的だ。


「……」


 ――逃げるべきだ。


 だがあの男は恐らく、逃げても追ってくる。

 実際、逃げても逃げても、この二週間、ずっと後を付けて来たのだから。

 ……だが、それを理由に逃げないという選択は間違えている。

 選択しないが選択に入る現実世界で、僕は今二択を迫られている。

 それも状況が状況だ。

 命が関わっているなら尚更、どういう理由があっても逃げるべきだ。

 そこまで命の重みを理解していないわけじゃ、ないしね。

 冷静になれ、僕。冷静に逃げる選択をするんだ。


「……」


 一歩踏み出した。

 コンビニエンスストア内部の白い蛍光灯から発せられる灯りが、

 僕の背中に当たって影を作っている。

 その自分の影を踏むように前に進んで、一歩目こそ遅かったが、

 次に一歩踏み出した時、踏み出した、から、走り出した、へと変わった。


 こんな必死に駆けだした事なんぞ、人生でも指折りの回数であろう。


 無我夢中で、命懸けで、死に物狂いで、精一杯、最大限、力の限り、全力で、両足で地面を蹴り上げて、寒い空気を突っ切って、前へ前へと走り出す。

 交差点を無視して、路地裏を渡って、学校の前を走って、街の市役所を通って、公園のベンチを飛び越えて、公園の名前が書かれた石を蹴飛ばして、逃げて逃げて逃げて。


 僕はどうして自分が、必死なのか分からなかったが。

 それはいわゆる。

 僕が大嫌いな感情に基づいた。いらぬ恐怖心が原因であった。


 人生において、僕は自分の感情を抑える事で生きてきた。

 その理由、そうするようになった原因、エピソードについて、僕はまだ黙秘を貫くけども。

 それらの事を加味すると、やはり僕は、自らの感情を制御するべきで、だから、要するに、僕は落ち着くべきであるのだが。

 どれだけ息があがっても、どれだけ胸が苦しくなっても、酸素が足らなくなっても、それでも芽生えた恐怖心は、機関車にくべる薪のように全身を突き動かし続けた。

 果たしてこの消耗に意味があるのか、ここまで逃げてしまえば大丈夫なのではないか。

 ここまで走ったならば、あの信義鐘人もこちらへは来られないのではないか。

 そう思いたく、考えて考えて、自分へ言い聞かせて、やっとの思いで、僕と言う人間は、静止した。


「はぁ、はぁ、はっ、はっ」


 息が苦しかった。

 しばらくはその場で動けなくなった。

 視界内から見える情報からみるに、横断歩道の目の前だろう。

 歩行者用信号機が、僕の進行を、赤いランプで停止してくれたようだった。


「ごほっ、っぱぁ、あぁ」


 寒さなんて忘れるくらい、体に熱が籠っていて。

 防寒具を着込んでいないと言うのに、着ているような熱気が全身を包んでいた。

 持ち合わせの荷物なども手に持ったまま走っていて、だからやけに全身に負荷がかかっていた訳で、

 僕は肩を大きく揺らしながら、息を整えていた。


 涙の様な物が瞳から垂れていた。

 僕は自身のメガネを左手で外して、右腕で涙を拭いた。

 そして眼鏡をかけ直した。


「……」


 歩行者用信号機には、地域によって音楽が流れる物もあるだろう?

 僕が住んでいるこの地域では、この地域専用の愉快な音楽が流れている。


 時に思うのだが、愉快な音楽と言うのは、逆に恐怖演出として使われることが多々ある。

 それらが持ちうる印象はもちろん、名の通り愉快であるのだが。

 しかし、何故かその愉快な音楽が、状況によっては悪寒が走る悪趣味な演出となりえるのだ。


 僕は今、とても怒っている。


 どうしてそのような演出を作ってしまったのだと、怒っている。

 流すならば、それらしい低いピアノ音などの、いいや、クラシックなどもいいではないか。

 どうしてそういう演出をするうえで、愉快な音楽を選んでしまったのか、僕は問いただしたい。

 問いただして詰め寄って、そして理不尽にブチ切れてやる。


 貴様のお陰で今僕は戦慄していると。理不尽にキレてやる。



「こんにちは、学生さんかな?」


 眼前。

 向いている方向の、数メートル離れた場所に立っていたのは。


 何の変哲もないスーツ姿の男性であり、暗闇でよく見えなかったが。

 シルエットから、右手に黒い革バックを握っていて、ネクタイをしっかりとつけていて。

 それから。

 左手に、包丁を持っていた。

 会社員の様な風貌の男が。

 僕と真反対側の歩行者用信号機の真下に立っており。

 そして次の瞬間。



 歩行者用信号機の色が変わって、愉快な音楽が途切れた。

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