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ただ残ったのは、矛盾人間だった  作者: 夏城燎
1 『うつつをみろ』
3/18

3


 学校が終わり、帰宅中だ。


 僕は基本電車で通学しているので、自ずともというか、

 考えずとも電車で帰るのが決まっている。だから今、駅へと足を進めている。


 歩道の左側を歩きながら、僕は読書をしつつ、落ち葉を踏んで前進する。

 そろそろ冬らしい寒さが体を蝕んでくる頃だ。

 家にあるコートやら手袋やら、そのあたりを掘り起こすべきであるのだろう。


 とはいえ、僕の家には家族なんておらず。

 いるとすれば祖母であるのだから、必然的に祖母にお願いすることとなる(庭にある鍵付きのコンテナに冬用の物を詰めているので)。

 それかどうせなら、バイト代を使い新たな防寒具を揃えるのもありではある。

 バイトしているお陰でお金自体は少しあるので、そういう日用品を買う程度ならば特に苦もないのだが。とは言う物の、祖母も歳が歳なので、いざという時のため、お金は貯めておくべきだと思ってもいる自分がいる。


 貯金についてはあるとついさっき言ったけども、それでもお金という物は基本ないと困るものであるし、だから安々と、こうも気軽に、日用品を買ってしまおうと踏み切れない。

 僕も大概、貧乏性であるからに他ならないがね。

 別に貧乏な訳でもないが裕福な訳でもない一般家庭であるからこそ、そういうお金の使いどころは決め所が難しい。

 親がいれば違ったのかもしれないが、残念ながら親はいないので、僕の人生というものには、親の意志という物がそこまで関わっていない。

 だからこそ、本来生きていくうえで培う金銭感覚という奴が、僕の中でいささか甘いものとなっている。

 その自覚があるからこそ、僕はこうして悩んでいるのだが。


 なんて考えを重ねていると頭も柔らかくなってきたので、ふと一息をついて本を閉じた。

 丁度駅前に到着したころであるし、バックから定期券を取り出し、

 いつも通りの電車に乗ろうと考えていた。

 その時だった。


「こんにちは、学生さんかな?」

「……」


 誰?

 僕の眼前に、僕より背が高いスーツ姿のおじさんが、

 まるでとうせんぼするように立っていた。


 背丈は170センチ後半であり、何の変哲もないスーツ姿に、会社員が持ち歩いているイメージ通りの、手でもつ黒い革バックを右手に装備した男であった。

 顔も別にそこらへんで見かける男と変わりないし、特筆すべき部分は見当たらない。

 しかし、考えてみれば、面識もないこの男にこうやって話しかけられること自体、

 特筆すべき部分であるのかもしれない。


「あなたはどなたですか?」


 なんて、会話の中で「お前は誰だ」という事なんぞ、人生で初めてである僕が問う。


「ごめんねぇいきなり声かけて、驚かせてしまっただろうね。僕の名前は信義(しんぎ)鐘人(かねひと)って言うんだけども、君に要件があって話しかけたんだ」


 軽い自己紹介に聞いた事もない氏名を名乗る男は、僕の目の前で右手を胸ポケットに突っ込み、そしてわざわざ足を畳んでその場に屈んで、取り出した紙を僕へと渡した。

 書かれていたことは氏名と会社名、そして連絡先だ。

 そう言えば、学生の中に、こういった名刺の文化が存在しないから忘れていたが。

 大人になると名刺というアイテムで、本来口頭で行っていた自己紹介を済ませているのか。

 ……それも連絡先までここに書いてしまうという効率の良さ。

 これこそ、学生が見習うべき一種の文化なのではないだろうか……?


 それも学生内で起こる悲劇の一つである、『クラスラインに呼ばれていなかった』も、ある意味これで解決するのではなかろうか。

 なんて考えてしまうと、僕も僕で名刺を作成しようか迷う。ラインのQRコードを印刷し、財布の中にでも常備しておこうか。


「ご丁寧にありがとうございます」


 と名刺についてお礼を言うと、男は同じ頭の高さのまま、続けた。


「唐突な所申し訳ありませんが、君は現実に飽きていたりしませんかな?」

「へ?」


 唐突すぎて唐辛子を口に突っ込まれた気分になった。

 それくらい理解が遅れる、そして辛め痛めの摩訶不思議な質問である。

 もちろん頭の上に『?』が生まれた。


「言っている意味が分からないんですけど、言っている意味が分からないので失礼してもいいですか?」

「そう仰らないでくださいよ。あそうだ。あなたのお名前を聞いても? 私はこの通り、信義鐘人と名乗ったわけですしね」


 この男は僕の個人情報から握るつもりなのか。

 そうはさせまい。


「いいえ、お断りします。この名刺も必要であればあなたにお返ししましょう」


 と言い、男が口を開く前に、僕は名刺を男へ無理やり押しつけ、そそくさと駅の中へ走った。

 男は特に追っては来なかった。




 先ほどの恐怖体験について、僕は電車に揺られながら妄想していた。

 妄想と言ってしまうと聞こえが悪いけども、予想というより、予想できる程の情報が揃っていない現状で、予想をするにしても、その結果導き出された答えがまるっきり空回りしている可能性の方が高い。だから妄想だ。

 では、妄想の内容についてまとめておこう。


 ・新手の宗教勧誘。

 普通の会社員の様なスーツという見た目から、考えるにそうは思えなかった。

 が、文言だけみるとそうも思えなくない。不満や欠落した部分に付けいってどっぷりハマらせる。

 それこそ、宗教勧誘のセオリーだ。

 もちろん僕はそういう系に疎いけども、そのくらいの認識は、今の世の中では一般常識であると思う。

 教育が行き届いているようで素晴らしい。拍手。


 ・祖母関係の知り合い。

 一応この可能性についても一考してみたものの、心当たりという物にはぶつからなかった。

 こう、がつんと心が当たってくれれば分かりやすかったんだけども、そういった心当たりや思い当たりは今のところない。

 不注意で小指をぶつけるくらいの衝撃が、一番分かりやすくはあるんだけども、かといってそう安々とぶつからないのだ。まさに足の小指と同じだね。


 とは言っても、実際僕が知りえない祖母関連の事件である可能性も捨てきれない。

 事件と言うと大げさだけども、僕の恐怖体験の恐怖度で言ったら事件と形容しても問題がない筈だ。

 インタビューされたら構いなく恐怖映像を紹介する番組へ赴こう。

 さすれば、テレビへ出演して、僕の芸歴に新たなログが残る。……やはり、祖母関係はあり得る話なので、『祖母関係の知り合い』については視野に入れておこう。

 そうであるならば、今後彼が訪れた際、少しは役に立つ。


 ・誘拐犯。

 にしては、誘い文句の威力が弱い気もする。

 だが可能性は無きにしも非ずだ。

 確かに、ここ最近周辺で誘拐事件は耳にした。

 けど、耳にするほどの誘拐犯が、あんな怪しい宗教の様な文言を子供相手に使うとは到底思えない。


 そうであるならば、当然ながら頭が悪いと言わざる得ないし、とても馬鹿にされている気もする。

 僕がませているというのならば、否定はできないが。

 あの誘い文句でついていくのは、まだよちよち歩きの赤ん坊しかいないだろう。

 まだ、僕の大好物であるお菓子などを出されたら、もう数センチくらい物理的にも心理的にも動いたかもしれないが。


 と言ったところでネタが尽きた。

 結局の所、一番可能性があるのは『祖母関係』なのか。

 ま、最初から情報も少なかったし、あの名刺があればまだ調べようもあったかもしれないけど、

 それも恐怖心に任せて男へ押し付けた。

 情報が足りなくなったことを考えると、

 やはり感情的になると言うのは生産的ではないな。うんうん。


 今後できる対抗策としては、男の姿をみかけたらすぐ逃げる事だし、

 話を聞かず名刺も受け取らず顔も見ず、とにかく無視を貫く事だ。

 最悪の場合帰るルートを変えるし、もっと最悪、極悪をいくのならば学校へ報告するのも手だ。

 まぁ、極悪である前にそれが当然と言うか、本来なら即刻学校へ報告して、生徒全体に注意喚起するべきなのだろうが、あいにく僕はそこまで優等生ではないし、そんな事をクラスの連中にしてやる義理も人情も誇りも激情も正義感もからっきしなので、実害が酷くない今のうちは構わないだろう。

 なんて気楽思考が、ある意味ませていると言われる要因なのかもしれないな。

 そう思っていると、電車が目的の駅に止まってくれたので、僕は降りて、もう一度定期券を手に改札へ向かう……。


「……」


 改札の向こう側に、見間違えるわけがない。

 170センチ後半くらいのスーツ姿の男がいた。


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