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いつかの時、思い出として、僕の心にずっと残っている哲学がある。
人は人である限りまともではないし、
また、人は人でいる限り、ある意味まともと言える。
そんな、単なる言葉遊びとしか思えぬ言葉であるが、
どうにもその言葉が僕の心につっかかっていた。
人であるから『まとも』であるし、
人であるから『まとも』ではない。
意味が分からないと切り捨てるのは簡単であるが、
しかし、僕と言う人間はこの言葉に、ある種の共感を示しているらしい。
僕とて、どうして共感を抱いているのかなど分からないし、
ぶっちゃけ自分でも知りたいと思っている。
しかしながら、やはり人と言うのは『情』が存在するからか、
体は正直であるという言葉の通り、理屈を貫通した感情が備わっている。
何と忌々しい。
だが恐らく、この言葉の『まとも』の定義について、きっと、この『情』というキーワードは必要不可欠であり、また、ある意味、答えに最も近いのではないかと勘繰りを入れてみる。
詳しい解説なんてしてみたら、恐らく分かる人と分からない人が現れるであろう。
だから僕は誰にもこの言葉を話さないし、僕は他人を、言ってしまえばそこまで尊重しない。
何故ならば、人と言う生物は、精神――イコール『感情』を省いた際、自己完結できると確信しているからだ。
感情は愚かである。
これは教訓だ。
僕は、全てを終えた頭で、そう色濃く感じる。
両手に広がる生暖かさと、体の芯を凍らす鋭い冷気に怯えつつ、
僕と言う人間は、白い霧を口から漏らし、照明がままならない路地裏にて。
感情を用いて、殺人をしたからだ。
転がり不格好に倒れる男は、赤くドロドロで煮えた鮮血を腹から垂れ流す男は、
先ほどまで僕に対し嫌がらせをしていた奇妙な男であり、
そしてその男が言う事が、未だに馬鹿らしくて笑えるけれども。
しかしながら、その馬鹿げていた男の戯言をしっかりと聞いていれば、
このような最悪は訪れなかったのかもしれないと、僕は遅いが、後悔に近い物を抱いた。
――しかしその抱いた後悔が、後に後悔でないという事実に気が付くのだが。
それは僕が、今抱いている感情について解説をし、
そして理屈を用いて語れるようになってからの話であり。
とどのつまり、僕に今必要なのは、
考えるだけの時間と、そしてこの状況をしのぐ策であった。
「お困りかい?」
なんて、頭に響いた憎ましき声は、僕の耳から頭に通った空気振動であると共に。
その異常光景について、僕の解明を軽く阻害するほどの、害悪性を有していたと言わざるを得ない。
「……なんで生きてる?」
話しかけて来た男は、気が付くと僕の眼前に存在し、
僕が屠った死体を屈んで眺めながら、舌なめずりの音を出して、こう答えた。
「これが俺様の異能だからだ、殺人鬼」
男は、死体と同じ服装、同じ顔面を覗かせ。
僕の目の前に、亡霊として顕現したのだった。
これが神のいたずらであるならば悪趣味と非難するし、
これが僕の妄想ならば僕は既に手遅れだが、
この不可思議かつ解明不可であり、そしてあり得ない光景に。
僕と言う人間は愚かにも、感情でしか反応が出来なかった。