第9話 遺跡
水底に向かって選考していた三人は何かの幕をくぐったと感じた瞬間、宙へ放り出されていた。
下方は岩場が広がっており、このまま落下すれば常人ではひとたまりもないだろう。
無論、カランは問題ない。ジニアもそうだろう。ソラナムだけがわからない。
助ける義理はないが、見捨てる理由もない。
「掴まって」
カランはソラナムに手を伸ばす。
ソラナムはわずかに躊躇ってからその手を取った。
彼女が握ったことを確認して、カランは自らに引き寄せ抱きとめる。
「ありがとう。でも、このまま落ちてるけどどうするの?」
「着地する。まあ、大丈夫。この程度なら死なないから」
「あなたはすごいね。まるで伝説の勇者みたいだ」
その伝説の勇者なのです、とは言わずしっかりと抱えて着地に備える。
轟音とともに衝撃が脚を伝わるが、その程度では魔王と戦った勇者の肉体は砕けはしない。
しっかりと衝撃を受け流しつつ、地面を滑って勢いを殺す。
「はい、これで大丈夫」
ソラナムを降ろしてからジニアの様子を窺えば、彼は剣技を放ちそれで勢いを殺して無事に着地し、すぐにそばにやってくる。
「大丈夫ですか」
「うん、僕らは見ての通りだ。それよりここはどこだろう」
辺りを見渡すと、ここはどうやら水底に出来上がった空間のようで、上の方には空ではなく水が見える。
さらに、この場所事態にも水があり、その中には遺跡群が見える。
古ぼけた遺跡は、異国のものもあり統一感がない。
ほとんどが水没しているようであるが、一部が水面に出ていてそこを渡っていけそうであった。
それら遺跡群を見てソラナムが声を上げた。
「へぇ、見て、この特殊な紋様はラペイルージアのものだ。二百年前にただ一日で滅び去った大国の遺跡だ」
その国名を聞いてカランは思わず俯いて強く拳を握りしめる。
ラペイルージアという国をカランは良く知っていたからだ。
二百年前、勇者カランを目覚めさせたのはまさしく、ラペイルージアという国だったからだ。
古くアストラガルス王家の血を引く王が勇者の力を求めて、彼を眠りから目覚めさせた。
その結果は、ソラナムが言った通りだ。
そして、その滅びはカランの手で行われたに等しい。
それはあまり思い出したくない過去であり、それがこんなところで出てくるなど完全な予想外だ。
ついてきたのはやはり間違えだったのかもしれない。
「どうかした?」
ソラナムが顔を覗き込んできたので慌てて普段の表情を取り繕う。
「いいや、何でもないよ。それで僕らはどこへ向かうべきかな」
「それなら、あっちだと思うよ」
ソラナムが指さしたのは水が溜まった大きなくぼ地の中央に存在する水上宮殿だった。
「ジニアはどう思う」
「まず間違いなく、この領域の主がいるのはあそこでしょう。行くしかありません」
そういうわけで一行は遺跡群を渡りながら宮殿へと向かう。
しかし、ここは広大でしばらく歩いても宮殿にはまるで近付いた気がしなかった。
もしかして、化かされているのではないか。何らかの術法が働いているのではないかとジニアは考えたが、魔導反応を見るにそれもなく、ただ単純にこの空間が非常に広大であるとい結論に達した。
最初に音を上げたのはソラナムだった。
「ふぅ、まだ着かないの?」
それを嘲笑うようにジニアが鼻を鳴らす。
「軟弱だな」
「わたしはか弱い女の子だからね。君のように歩き続けられるほど頑丈じゃない」
「それなら待っていればいいものを」
「こんなところに婦女子を一人残すだなんて、君は酷い男だね。モテないでしょ」
「う、うるさい!」
「図星とは」
「何を」
微笑ましいやり取りであったがジニアが腰の剣を抜きかけたので、カランが慌てて止める。
「待って待って、剣を抜くのはやりすぎだよ。ソラナムも、そんなに煽らないの。まったく、どうして君たちはそんなに仲良くできないんだい」
ジニアは目を背けてそのままずんずんと進み、ソラナムは苦笑しながら肩をすくめた。
「でも、雰囲気は和らいだでしょ」
「ありがとう。でも場合を考えた方が良い、ジニアはどうやら怒りっぽいみたいだからね」
「あれは怒りっぽいというより……いや、それよりここは良い景色だよ」
示された方をカランが見ると、どうやら今自分たちがいる場所は、かつては都市だったらしい場所で、水没した都市は実に趣深かった。
「確かにこれは綺麗だ」
「でしょ。少し遊んで行こうか」
「いいや、やめておこう。またジニアが怒るかも」
「確かに」
その後、歩き続けても宮殿にはつかず、野営をすることになった。
丁度いい遺跡があり、その中でしばらく休むことにした。
「今日はこの辺りで野営しましょう。外は明るいですが、体感的にはもう日が暮れてもおかしくない時間です」
この領域は時間の概念がないのか、常に明るい。
それでも体内時計はもう日没の時間を示している。
「それじゃあ、わたしが食事を作ろう」
ここまで歩きどおしだったので食事は必要だ。美味しい食事ならばとても良い。
ソラナムの食事は美味いというカランの推薦で彼女は一行の料理当番ということになった。
「食材だ、無駄にするなよ」
「はは、無駄にするわけない」
ジニアが腰に下げた鞄から野菜や肉、香辛料などの食材を取り出す。
「いい空間鞄だね。新鮮だ」
空間の魔導を用いた鞄は、空間鞄と言う。見た目よりも中が広いのが特徴だ。高級なものでは中に家や都市すら収めることができた。
もっとも有名な空間鞄の逸話と言えば、アストラガルス王国の一夜城だろう。
かつてアストラガルス王国とグラジオラス国が戦争になった際、敵国首都の目と鼻の先にあざ笑うかのように城を持ってきた。
その時にもこの空間鞄――もっとも使われている魔導はけた違いだが――が利用されている。
アストラガルス王国が滅んだあとは、技術が流出し様々な場所で使われているようだった。
(便利だからなぁ、僕も持っていたけれど、盗まれていたし。今はどこにあるのやら)
自分が持っていた空間鞄に想いを馳せながらカランは、食事ができるのを待つ間、宮殿とこの空間を観察することにした。
上は川で暗いが、この空間は明かりに満ちている。これは珍しい。
もし魔が領域を作るとすれば、大抵の場合それは夜になる。ここに来るまでに通って来た暗闇は大分魔の領域っぽかった。
「けれど、ここは凄く明るいし穏やかだ」
このような領域を作る魔とはいったいどのような存在なのだろう。
そんな興味がカランに湧き上がってくる。
「ん」
ふとカランは足元に落ちていた破片を惹かれるように手に取った。
それはどこか見覚えがあるようで、あるいはないような不思議な代物だった。それに手を伸ばしかけたところで背後に感じた気配で飛びのく。
一瞬前までカランがいた場所に矢が突き刺さった。
同時に物影から剣を振り上げた男が襲い掛かる。
カランは冷静に遺跡の壁に指をかけ、背後に流れていた体勢を留め指の力だけで前への推力へと変換する。
男は向かってくるカランに驚いたようだが、一瞬でそれを内へと戻し剣を振り下ろす。
そのわずかな隙間にカランは腕を伸ばして差し込む。剣を握る腕を取り、動きを止める。
攻撃を防がれたとわかるや否や、二つの風がカランの背後から吹きすさぶ。
カランは腕を押さえている男の足を崩すと同時に背後に倒れ込むようにして、二人の襲撃者への壁となるように投げる。
そこでようやくカランは襲撃者と対面した。
「傭兵か」
仮面をかぶった武装した集団は、ソラナムが言っていた水魔退治に行って戻っていない傭兵たちだろう。
彼らも船を転覆させられてここに辿り着いたということか。
彼の服や肉体にも目立った傷はなく、死人となって襲ってきたわけではないようだ。
「待ってくれ、僕は人間だ。ここの魔じゃない」
そう告げるが傭兵たちの闘気が薄れることはない。戦闘態勢を解くことがないのは、こちらの話を聞く気はないのか、ここの主に操られているのか。
できることなら後者であってほしいものだとカランは思った。
操られているだけなら、その洗脳か魔導を解けばまだ話し合う余地がある。
特に怪我を負わされたということでもないし、争わないでいいならそれに越したことはない。
「ただ、まあ」
すくなくとも今の段階では行動不能にするべきだ。まずは――。
カランの思考と同時に背後から放たれる弦の快音。後頭部に正確に放たれた矢は確実な直撃コース。
カランは、それを驚異的な反射で目も向けずに掴み取る。
「見つけた」
即座に反転、そちらへ向かって駆けだす。
最も厄介な相手は見えない射手だ。掴んだ矢じりのぬめりから毒が塗られていると判断。かすっただけでもアウトになるのだから、脅威は見えている三人の傭兵よりも高い。
こちらに来ると悟った瞬間に、もう一射来る。動きを止めて後ろから一歩で遅れている三人を追いつかせる目的の矢だ。
さらに言えば背後の仲間に当たる可能性も考慮して矢には毒の気がない。
「なら、避ける必要はない」
撃ち落とすという動作に割く気もなく、カランはそのまま加速する。
矢はカランへ直撃するが、魔導もなく、ただ弓と個人だけで放たれた矢だ。特殊な加護もないのなら彼の肉体を傷つけることはできない。
弾かれた矢に対する驚愕に射手が一瞬だが呑まれた。
カランは射手を捕捉する。
外套を纏った女だ。矢は効かないとわかった彼女は、戦いの経験から即座に腰の短剣を抜き放ち向かってくる。
ナイフにも毒を塗っているようだ。当たったところで解毒の魔導を起動すれば、よほど特殊な毒出ない限りは解毒可能だ。
ただ痛いのは嫌なので、カランは足刀で毒塗りのナイフを天高く蹴り上げる。
今のカランでも領域の向こう側である、暗い水底にナイフを吹っ飛ばすことは余裕だった。射手も思わず上を見上げていた。
そのまま流れるように射手を制圧する。
追いついてきた三人へと放り投げ、足払いから拳をそれぞれに叩き込んで意識を刈り取る。
「さて、それじゃあ持って帰ろうか。そろそろご飯もできているだろうし」
四人を無造作に積み上げて抱えカランはソラナムとジニアが待つ拠点へと戻った。




