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第18話 ツンベルク

「さて、到着だよ。ハイドランジアだ」


 翌朝、カランらを乗せた船は、海上国家ハイドランジアへと到着する。


「…………」


 到着する前、船から都市が見えた時から、カランは妙な懐かしさを感じていたが、ここにきてそれはほとんど確信に変わろうとしていた。

 自分はここを知っている。来たことがないはずだが、そんな気がしてならない。


「なんでだろう、ここを知っている気がする」

「そうなの? でも、来たことないんだよね」

「そのはずなんだけど……。もうすこし、中心街の方に行こう、それでわかる気がする」

「わかった、何が起きるかわからないから注意しておくよ」


 中心街へ進む。路地を折れたり、通りを横断するたびに、記憶が何かを訴える。

 それは警告だった。


「そう、か……」


 カランはようやく気がついた。

 大通りを折れた裏路地へと入った時、カランはようやくここがどこだがを悟った。


「ここは、トリティスだ……」


 かつて剣の国と呼ばれ、カランが滅ぼしたと言ってもいいグラジオラス国の首都だ。

 あの日、あの時、地獄の窯の底に沈んだ都市が今、ここにある。

 ここはかつてカランがアストラガルスの城砦を空間鞄から取り出した場所だった。


「いや、ありえない。だって、トリティスはあの日、僕らが滅ぼした」


 それは間違えようのない事実だ。

 つまり、ここはそれを模して造られた都市だ。誰がそんなことをする。そんなことができるのは九百年前にここに住んでいた者だけだ。


 ここで死んだモノの怨念が長い時間をかけて魔へと転じたか?

 カランの中で多くの仮説や予測が立ち上がっては泡のように消えていく。

 さらに彼を追い詰めるかのように、彼の背後で城砦が顕現した。


「アストラガルスの移動城砦……!」


 それを見間違うことはない。アストラガルス王国に起こされてから、ずっと使ってきた王国の戦術の代名詞。

 ずっとそれを運んできたカランは、本物であると確信する。


 同時に炎が都市中に噴出する。

 それすらも、トリティスの大虐殺の時、そのまま。これではまるで、あの時の再現のようですらある。

 悲鳴が嵐となって、炎に巻かれて消えていく。


「くそ、こんなの――」


 都市の住人たちをアストラガルス王国が襲っていた。

 とめなければとカランが都市住人を殺そうとする影を殴り飛ばした。

 確かにそれは人だった。


「なんなんだ、これは。なにが起きて――」

「落ち着いて。ハイドランジアが何かしていると思う。そうでなければ―――」


 最後まで言う前にカランの目の前からソラナムが消え失せる。


「ソラナム! くそ、領域の転移か。どうして気がつかなかったんだ!」


 ここはハイドランジアの領域だ。


「とにかく、ソラナムを」


 ソラナムの居場所はすぐにわかった。

 グラジオラス城。かつて、王族を殺すため、カランが向かった場所へ再び向かっていた。

 立ちふさがる者すべてをカランは倒さざるを得なかった。

 そのたびに、重石でもつけられたかのように身体が重くなっていった。


「ソラナム!」


 王城の庭にソラナムの姿があった。

 見たところ無事のようだ。縛られているのが、少し不機嫌な理由だろうか。

 カランは安堵して彼女に駆け寄ろうとする。


「一つ、護るべき民を奪うこと。二つ、武具を奪うこと。三つ、時間をかけること」


 その時、声が響いた。

 同時にカランの背後に莫大な圧力が生じる。

 普段のカランならば、それを躱すことは容易かっただろう。

 二百年前ならば、反撃くらいは返せただろう。

 九百年前ならば、そもそも奇襲すら不可能だった。


「魔剣――ハイドランジア」


 己の名を冠する魔剣。

 超常へと届いた技術が、魔を帯びて放たれる、理を超えた理外の剣。

 その剣は無限と呼ばれていた。


 無限に加速しつづける円運動により、ただ一刀で無限回の斬撃を放ち続けるというそれ。

 まるで水の流れのようであったと、その剣を見た時、思ったことをカランは覚えていた。

 そうだ、カランは斬りつけられたその剣を、無限回もの斬撃を覚えていた。


「そう、か……」


 吹き飛ばされ倒れる瞬間に、そのモノの姿を見た。


「久しいな、勇者カラン」

「……ツンベルク・ミードスィート」


 それはかつてアネモネに剣を教えていた男の名だった。

 別人ではない。彼の名を冠したハイドランジアの魔剣を使えるのは、アネモネとツンベルク以外にいない。


 たとえどれほどの遠い過去だろうと、己が受けた剣閃をカランが間違えるはずがない。

 アネモネと比肩する剣士となったカランの判断は正しかった。

 ツンベルクはにんまりと邪悪な笑みを浮かべる。


「そうだ、やっと思い出したのか。キミは存外ニブいんだなぁ。ツンベルク・ミードスィート・()()()()()()()の名をようやく思い出すだなんて。でも、いいさ、ようやくやってきたんだ、キミを殺す時がさ」

「なぜ……」


 カランが知る、ツンベルクは老境に入りながらもかなりの使い手だった。人柄も良く、アネモネに振り回されながらも笑って許す好々爺だった。

 それが今では、その顔は憎悪に歪み、人とは思えない形相と化している。


 魔になったからか? カランがグラジオラス国を滅ぼしたからか?

 それならば、復讐だとするならば、これはツンベルクに正しさがある。

 だが、彼の口から出たのはカランの予想外の言葉だった。


「なぜ? なぜだって? おいおいおい、キミと、キミの気持ちの悪い姉がボクのアネモネを殺すからだろ」

「は……?」

「アネモネはボクが殺すはずだったんだ」


 そう信じられない、ありえないことをツンベルクは言った。

 ツンベルクはまるで気安い友に語るのと同じ語り口でカランに告げる。


「アネモネはとてもすごい剣士だ。知ってるだろ? で、ボクも剣士だ。水の剣王なんて呼ばれてさ、トーってもいい気持ちだった。で、そこでアネモネに出会った。ボクより強い剣士には初めて出会ったよ」


 まぎれもなく、剣士最強はアネモネだ。

 剣技に限れば、カランはアネモネに負ける。魔導も使ってようやく互角。

 カスレフティス・メルアァもあれば、十回中八回は確実に勝てる。

 うち一回は勝負がつかず引き分けで、最後の一回だけ、アネモネが勝利する。

 そう、アネモネという女は過去、現在においても最強の剣士だ。


「で、アネモネは強すぎた。ボクは最強じゃなくなって、全然気持ちよくなくなった。だったら殺さないとダメだよね。ボクは最強でいたいんだ」


 ツンベルクは白金に染まった髪を撫でつけながら、ニヤニヤと意地の悪い笑みをさらに深めながら、カランへと歩を進める。


「で、ボクは色々と考えてキミの所の気持ちの悪い姉とも通じて、ボクのアネモネを殺すつもりだったんだ。あの大虐殺の日に、そうするはずだった」


 だが、そうはならなかった。 

 アネモネと戦ったのはカランだし、殺したのもカランだった。


「あの気持ちの悪い女は、計画を勝手に変更した。ボクを騙していたんだ! あろうことか、キミなんかにボクのアネモネを殺させるだなんて!」

「だが、それならこんなことをする意味はないだろう」


 最強でいたいというのなら、アネモネがいなくなった時点で達成されている。

 わざわざ自分で殺す意味は、彼の言を信じるならばなにひとつとしてないのだ。

 それは奇しくも、オーキッドもたどった結論だった。そのために計画を変更した部分でもあった。


 オーキッドもカランもこの男のことを何一つ理解していなかった。

 オーキッドはカラン以外に興味がない故に。

 カランはそもそも、アネモネから言われなければすべてに対してニブかったが故に。


「バカかね、君は。愛だよ、愛。ボクはアネモネを愛していた。キミより先に。なのに、キミが取っていっちゃうからさぁ」


 そこに在ったのは確かな狂気だった。

 白金の瞳の中に渦巻く暗黒は、カランが見たどの魔王よりも濃い。


「最強だし、ボクのことだけを見てくれないし、だったら殺すしかないだろう? そもそも剣士の愛は斬り愛しかない。だから、殺すことが告白なのさ」


 だからこそ、それを奪ったカランを赦せないのだと憤っている。

 怒髪天とはこのこと、今、このハイドランジアの都市を燃やす嚇炎のように怒りが沸き立っている。


「許せるはずがない。だから、キミを大いに苦しめて殺すことにしたんだよ。でも、さー、キミ酷いよねぇ」


 何度かツンベルクは、カランが眠りについている魔導施設に入り込み、殺そうとしたと明かす。

 しかし、殺せなかった。カランはオーキッドの術式により不老不死になっていたからだ。


「あの気持ちの悪い姉が刻んだ術式のせいで、キミは殺せなかった。だから、ボクはどうやったらキミを殺せるのか考え続けた。何をしたのか聞きたいかい? 聞きたいだろう? なあ、聞きたいだろう?」


 ツンベルクは語りたくてしかたがないようだった。

 自分のやったことを知らしめたいのだという自己顕示欲が見て取れた。


「なら、教えてやろう。不死を殺せるような魔剣さ。それを使って殺そうとした。でも第七災禍、不死軍団の残党にすら効いたのに、キミには効かなかった。そもそも、キミは不死なのか? だからもーっと考えた」


 さあ、わかるかい、とニンマリと口で三日月を作って、語って聞かせる。そうしたくて仕方ないとツンベルクは笑う。

 ツンベルクは考え続けた。カランの、いや、勇者の力は何なのか。

 死ぬような傷を受けても回復し、莫大な魔力や気力を持つ勇者とはいったい何なのか。


「それで、二百年くらい考え続けてボクは気がついた。勇者ってのは、国なんだってさぁ」


 勇者カランは、アストラガルス王国そのものでもあった。


「キミの魂に刻まれた術式がアストラガルス王国の国民すべてと繋がっていたんだよ。キミはその力を少しずつ得ていた。そうでなければ、ただの人があれだけの力を振るえるはずがない。今のキミが全然雑魚なのも、アストラガルス王国が滅んでいるからさ。間違いないだろう?」


 アストラガルス王国国民のほとんどが一般人であるが、塵も積もれば山となるというように、少量の生命力や魔力であろうとも数があれば巨大な山脈になる。

 アストラガルス王国の全盛期、黄金時代の国民の数は数百万に及んだ。

 それら全てから、影響がないだけ、一でも二でも徴収すれば、普通の魔王ではひとたまりもない。


「だから、次にボクがやろうと思ったのは、アストラガルス王国国民を殺すことだった。でも、普通に殺したんじゃだめだ」


 そうしないと、勇者カランが起きて来てしまう。

 アストラガルスを襲う継続的な災厄ともなれば、アネモネを失って生きる理由を喪失した勇者だって出てくるだろう。

 起きてこなければ、王族が出張らせる。


「だから、時間をかけることにしたのさ」


 時間をかけてゆっくりと計画を練った。


「その時に気がついたよ、とっくの昔にお迎えが来ても仕方ないはずなのに、ボクは死ななかった。ボクはいつの間にか魔になっていた」


 それが魔王ハイドランジアの始まり。

 そして、これをツンベルク――ハイドランジアは好都合だと考えた。時間は常に味方だった。


「いやぁ、これは嬉しい誤算だった。なにせ、寿命を気にしなくて良くなったんだから。ボクは幸運だ。その運を使って、ボクは少しずつ行動を起こしていったんだよ」


 戦争に次ぐ戦争で、徐々にアストラガルス王国の国土を減らし、国民を減らしていったのだとハイドランジアは言った。


「それだけじゃなくて、アストラガルスに仕官して、宰相とかまでになったんだぜ、ボク」


 内部に潜り込み、勇者の伝説などを改竄し、徐々に忘れ去られるようにしていった。

 それはまるで大偉業を成し遂げたのだと言わんばかりの語り口だった。


「数百年かけて、削って削って、二百年前、キミの手で処分させたんだぁ。ラペイルージアの王様にアストラガルス王国の血を絶やすように進言したの、ボクなんだぜ」


 カランはアストラガルス王族の命令を順守する。

 カランはアストラガルス王族の命令しか効かない。

 ラペイルージアの王にはアストラガルス王族の血が混ざっていた。


「じゃあ、あれは……」

「そう。見事な自殺さ」


 カランはラペイルージア王国に目覚めさせられ、命じられた瞬間、王の首を刎ねた。


「なるほど、アストラガルス王族の血を絶やせって命令には自分も含まれていたってことか」


 ハイドランジアの言葉の続きは、口の縛りを抜け出したソラナムが引き継いだ。


「だーいせーいかーい!」


 それを小馬鹿にするようにハイドランジアは、顔をいびつに歪めて、ぱちぱちとこれ見よがしに拍手する。


「ん? いや、待て、オマエなんで喋れる? このボクが直々に縛ったんだぞ?」

「さあ? 君が下手だっただけじゃないかな?」

「ふん、まあいい。小娘一人、何ができるはずもない」


 ハイドランジアの興味は、カランにしかないようで、ソラナムのことなど放って彼の方に向き直る。


「これだけ時間をかけてようやくキミを殺せるというわけだ。さあ、処刑の時間と行こう。抵抗してくれても構わないよ――」


 ハイドランジアが指を鳴らす。


「――できるのならね」


 ハイドランジアの周囲に人々が群がってくる。

 驚くべきことに、それらは全て魔王だった。

 カランの驚愕を見て取ったのだろう。ハイドランジアは気分が良さそうに自慢げに口を開く。


「どうだい、魔王の軍団だよ。苦労したんだぜ、ボク。これでキミを確実に殺せる」


 魔王の軍勢がカランへと迫る。


「さあ、遊んでみてくれ。災禍の魔王とこの魔王軍団、どっちが強いのか性能試験だ。その後に、ゆっくり殺してやろう」


 カランは何とか立ち上がり、ジニアから借りたままの短剣を抜き放つ。

 このまま決死の戦いに挑む、その瞬間、時が止まったかのように全てが静止する。

 ふわりと、法衣をひるがえしてカランの前にソラナムが出た。


「こっちだ」


 一言、命じる。

 ただそれだけで、魔王軍団の目標はソラナムになった。

 魔王軍団は量産されてた存在だとはいえ、そのエネルギー総量は魔王そのものと言っていい。そんなものに呑み込まれたならば、形すら残らないだろう。

 だというのに、カランを見返る彼女はとても美しく、微笑んでいた。


「息を吸って、落ち着いてやればいい。それでいつもやれていたでしょう、カラン?」


 魔王軍団は、荒波のように彼女の身体を飲み込んだ。


「ソラナム!」


 カランが慌てて助けに入ろう。

 ハイドランジアは救出を阻む。


「はは、ちょうどいい!」

「くそ、どいてくれ!」

「どかしてみな! まあ、そんなに衰えたキミでは、ボクには敵わないんだけどねェ!」


 ソラナムが気になって精彩を欠いた剣捌きに加えて、本来の武装ではない短剣に、アストラガルス王国民の不在。

 カランは全盛期からすれば悲しいほどに衰えている。

 ハイドランジアの剣技は全て知っている。かつてはそれを圧倒した。

 だが、今は彼の肉体を傷つけることすらできずにいる。剣に合わせて触れることもできない。


「くっ――」

「お粗末お粗末! これのどこに目をかける要素があったのか、ボクのアネモネの考えは本当に理解できないよ!」


 ハイドランジアが剣を一振りするたびに、百の傷が刻まれる。

 魔剣を使わずとも、ハイドランジアにはこの程度の剣技など児戯に等しい。そんなものですら、カランは防戦一方。

 かろうじて、急所を外して生きながらえているような状態だった。


「どうだ、あの時とはまるで逆だ。あの大虐殺の時、ボクはキミにまるで歯が立たなかった。それがどうだい、キミの強さの秘密を暴いてやれば、この通りだ」


 七度剣が振るわれる。見えたのは最初の二つのみ。それ以外は全てカランの肉体に刻まれる。

 せっかくの花嫁衣装が血で赤く染まっていく。

 このままでは、失血死するか、斬り殺されるかもしれないという、死の予感がカランの背後に迫ってきていた。


(それも良いか……終わりたかったんだ。終わらせてもらえるなら、これで……)


 もとよりカランは最初から諦めている。

 世界は灰色のままだ。アネモネを失ってしまった、あの時から、ずっと。

 ただ……その時、カランの世界にソラナムの声が届いた。


「すみません、アネモネ様、わたしでは、カランを前に進ませてあげられなかった。約束は守れそうにない」


 それははっきりとした謝罪の言葉だった。


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