第10話 傭兵団
傭兵四人を抱えてカランは、ソラナムらのところへ戻ってきた。
そんな彼に気がついて、ソラナムがおかしそうに眼を細める。
「ただいま」
「おかえり。用意できてるよ。で、彼らは?」
「傭兵ですか。いつ出て来るものかと思っていましたが、一人になるのを待っていたようですね」
ソラナムとジニアは、カランが抱えて来た傭兵たちを見ても特に驚いた様子はない。
やはり二人は最初から彼らがいることに気がついていたようだ。
「彼らがいることに気がついていたのなら、教えてほしかったな」
その辺にぽいと寝かせながらカランは溜め息を吐く。
「あなたならその程度、問題ないと思ったからね」
そう言いながらソラナムは傭兵たちの仮面を外して匙をくるくるしている。
「ありがとう。でも、心構えとかあるから今度は教えておいて」
そうカランがお願いすれば、ソラナムは立ち上がって満面の笑みを浮かべる。
「考えておくよ」
「そもそも、自分で探査して気づいてくださいよ」
カランもアストラガルス王国の魔導を修めた身だ、探査の魔導なども使用できるし、気配を探ろうと思えばずっと前に探れた。
「考えておくよ。それよりご飯だ。運動して、お腹が空いたからね」
「そうだね、食べよう」
ソラナムの作った料理はこれまた美味しく、野宿で食ベることができるものとしては最高と言っても良かった。
ジニアすら美味いけれど、絶対に認めたくないという二律背反でとんでもない顔になっていたくらいだ。
その良い匂いは傭兵たちにも届き、彼らを目覚めさせた。
「ここは……」
最初に気がついたのは、剣で襲い掛かって来た男だった。
どうやら先ほどまでの問答無用で襲ってくるという雰囲気ではなくなっている。一度気絶させたことで相手の術の効力から逃れられたのだろうか。
「気がついたか」
相対するのは同じ傭兵のジニアだ。
「あんたは?」
男も相手が傭兵だとわかって警戒する。
「ジニア、傭兵だ。水魔退治に来た。オマエたちもだろう?」
「そうだ」
男はウェルへ・チックウィードと言い、自分は赤銅の鷹団という傭兵団の団長だと名乗った。
彼らは傭兵団として水魔退治を請け負い、カランたちと同様に水底へとやって来たという。その過程で多くの団員を失いつつ、敵の首魁がいるだろう宮殿まで到達した。
「だが、そこで俺たちは負けた」
「負けた? オマエらは結構手練れだろう。傭兵神の加護も厚い。それでも倒せないほどに強いとなると魔王か?」
ジニアのいう通り、ウェルヘたちは強い。カランにこそ負けたが、それは操られていたということと、元勇者を相手にしたからだ。
並みの相手であれば普通に圧倒されるし、傭兵神が与えている加護もとても強い。
貴族や魔王ですらこの一団ならば相手にできるとジニアは考えていた。
「フン、お前に何がわかるよ。ああやって敵の術に操られていたことが証明だ。傭兵なんだ、結果がすべてだろう」
「それもそうだ。じゃあ、これからわたしたちも挑むことになるから、情報をくれないかな」
ソラナムの提案にウェルヘは頷いて宮殿で出会った女について話始めた。
「良いだろう。俺たちもやられたまま済ませるわけにはいかない。まず俺らがやられたのは女だった。えらい美人だったが、こんなところにいるんだ油断はしねえ。魔だと思って殺しに行った。だが、一瞬で三人やられて俺一人になっちまった」
「使っていた技や魔導は見たか」
「使っていたのは水だ。それと一人じゃねえ。もう一人いた。俺らを操ったのはそいつだ」
二体というのならば、暗黒の水底ともいえる領域と、この水に沈んだ遺構ともいえる二つの領域があるのは納得できる話だ。
二つの領域を重ね合わせで配置し、そこに誘い込み、二人で倒すというのがこの領域を作ったものたちの戦い方ということだろう。
ジニアは顎に手を置きながら考え込む。
「連携か。水魔らしいな。どう思います?」
それからカランに意見を求めて来た。
「ん? どうと言われても、そんなに美人なら見て見たいなと思ったくらいかな」
ジニアはカランの言葉に溜息を吐いたが、それ以上は何も言わずウェルヘとさらに深く話を詰めていく。
ソラナムはカランに向かって宣言した。
「わたしの方が美人だ」
それはまるでまだ見ぬ、ここの主に対抗心でも燃やしているかのようであった。
意外に思えたが、婚約をしていたアネモネも他の女の子――主に姉である中天大姫――をカランが褒めた時には似たようなことを言ってきたのでそういうものかもしれない。
こういう場合、どうするのも否定するのも面倒なことになるのは九百年前に学習済みである。
なので、話を続けつつ別の方向に持って行く。
「まだ見ていないのに、わかるのかい? もしかしてここの主と知り合い?」
「知り合いではないけれど、大体想像はつくかな。こんな水底にこんな世界を広げてる存在なんてそう多くないからね。それにわたしはわたしのことを世界で一番美しいと自負しているからね」
「凄い自信だ。で、その想像の相手はとは?」
「宿で話したでしょ、水の神ネリネ」
「それはおかしい。神は魔のように領域を作れない。他人に加護を与えるだけだからね」
「そう? じゃあ、神が魔にでもなったんだ」
ソラナムには珍しい子供の発想だなとカランは思った。
「それはない。神から魔になることはあり得ないと言われている」
人は神になれるし、魔にもなれるが、一度神に成った者が人になることはない。人から外れた時点でこの大陸すべての人に与えられているカルマ天秤は別物に変貌する。
それは魔に成る時も同様だ。
「だから、神が魔なることはない」
「でも、それを誰かが確かめたのかな?」
「少なくとも神のことを全て収集していると豪語する聖神教会が言ってないんだからか、ないだろう」
もっともカランが知っている教会のことは随分と昔のことだ。
眠っている間に起きたことはわからないから、もしかしたら今の常識は違うのかもしれない。
「それもそうだね」
ソラナムの返答は、カランの中の常識と今の常識が、そう変わらないことを確信させた。
そんな風に話している間にジニアの方でも話はまとまったのか、カランのところへやって来た。
「明日、一番に宮殿を攻めます。彼らが水を操る女の方を、オレが洗脳に対処します」
「うん、わかった」
「ついて来る気、ですよね」
「もちろん、わたしは行くよ。良い機会だからね」
そういうわけで明日一番に行くことにして、今日は休むことにした。
外は明るいが建物の中で目を閉じれば幾分かは眠ることができる。
だが、カランは慣れない環境で目がさえてしまって拠点からでると、ジニアと傭兵団員たちが鍛錬をしているところに遭遇した。
「やあ、精が出るね」
「カランさ……いえ、あなたも鍛錬を?」
「いや、眠れなくて出て来ただけだよ。ここは明るすぎて眠れない」
「あの女はぐっすりなようですけどね」
「旅慣れてるんだろうね」
それからしばらくジニアは言うか言うまいか迷ってから口を開いた。
「いつまであの女と一緒にいる気ですか」
「さあ、いつまでだろう。僕に行くところはないし、お金もない。なら両方持っている彼女と一緒に行った方が良い」
「それで……本当に良いのですか」
「そうだね。僕もどうしたらいいのかわからなくなってしまったよ」
「だったら……」
「でも、不思議と彼女と一緒にいたいと思うんだ。その似ているんだよ、昔好きだった人に」
それは本心だ。本来ならだれにも話す気はなかったが、昔の友人である傭兵ハーゲアナに似ている彼になら話しても良いかと思った。
魔王討伐の後こういう話をすると思っていたけれど、ついぞその機会は訪れなかったからその代わりと思っているのかもしれない。
それを聞いたジニアは心底呆れたと言わんばかりに溜息をついた。
「はぁ……わかりました。そう言われたら何も言えません。ただ、何かあれば言ってください」
「ありがとう。君は本当に良い人だ」
「……いえ、オレは」
言いよどむジニアの表情は、どこか苦悶があって、何があったのか気にはなったがカランとジニアはまだ出会ったばかりだ。
昔のことを話すなんていうことをするには付き合いが足りない。
なによりカランは昔の既に死んでいるはずの人間で、現代を生きる彼とは色々と違う。
生きる理由もなく、生きる意義も見いだせていないカランがいったいどうして他人のことについて聞けるだろう。
まずは自分のことをすべきと言われるのがオチだ。
だから、空気を換える目的で、くだらないことを言うことにした。
「それにしても、美しい女か。僕らもそっちに行きたかったな」
「何も言いませんよ。オレにはおっかない人がいるので」
「へぇ、それは意外だ。良い人がいるんだね」
「ええ、ずーっと昔からオレのことを思ってくれている人がいます。あなたは?」
「いたよ。もうずっと昔に」
カランは宮殿を見ながらそう呟いた。




