殿下。その罪の重さを教えてくださいませ。
お読みいただきありがとうございます。
ふとした思い付きによる短編です。
悪役令嬢の罪の重さについて考えてみました。
恋愛要素はほぼないのでご注意ください。
いつの時代でも人気のある戯曲というものはお決まりのパターンがある。
例えば悲恋。国や家柄などによって引き離される恋人たち。
例えば立身。奴隷や乞食が武勲を立て王になる英雄譚。
例えば断罪。富や権力を振りかざし他者を虐げていた者が罰せられ処刑される。
それは物語の中だからこそ面白おかしく、同情したり共感したりして楽しめるものだ。
そう、その物語の悪役の気持ちなど考える必要がないから。
……
…………
………………
「パルザモン公爵令嬢!」
私の名前が鋭い声で呼ばれたのはこの国の第1王子であり私の婚約者でもあるゴルビム王子の18歳の生誕パーティーの中盤。王子その人の声によってだった。
それまで楽し気に談笑していた他の参加者も、剣呑な王子の声によって声を潜め、さっと私と王子から距離を取った。
「どうなされましたか殿下。ダンスのお誘いにしては随分と遅いようですが」
「ふん、白々しい」
私の皮肉に鼻を鳴らす王子。いつもならお行儀が悪いと小言の一つも言う所ね。
ちなみに既にダンスの時間は始まっていたし通常ならファーストダンスは婚約者と踊るのが慣例だ。
にも拘らず、王子はその時隣にいた私ではなく別の女性を誘って踊っていた。
それを見た周囲の人の呆れと憐みと嘲笑を含んだ視線は私だけでなく王子にも注がれていたのですが気付いてはいないのでしょうね。
「私は今日で18になった。これは公私に渡って私の裁量権限が広がった事を意味し、今日この場では私の言葉は強い力を持つ」
「はぁ。そうですね」
この国では15歳で新人。18歳で成人と呼ばれる。
新人はまだ親の庇護下でありつつも発言には責任を負う立場になり、成人になれば自分の意志で物事を決定する権利を得ることになる。
もちろん、権利には相応の責任が伴うし、何でもかんでも好きなように出来る訳でもない。
またこの18歳の生誕パーティーでは今後の自分の行動理念を明確にするという意味も込めて、多少身の丈を越えた権利の行使も認められていた。
その事を王子は言いたいのだろう。
「よって今日ここで貴様の罪を明らかにするとともに断罪し、私の婚約者からも外すことを宣言しよう!」
「はぁ……あの殿下。酔っておいでですか?」
「馬鹿者!私は酔って等いない!」
いや発言の内容は酔っているとしか思えないのだけど。
私の罪と言われても何のことか身に覚えはないし、婚約破棄については……ギリギリ裁量の範囲内かしら。
確かに過去の歴史を振り返れば同じように婚約破棄したり別の人と婚約を結び直す、なんてことは時々ある。
そしてそのお陰か戯曲の題材として取り上げられることもしばしばだ。
……あら。そう考えると私が断罪される悪役令嬢ってことになるのね。
断罪された悪役令嬢は勘当されたり修道院送りにされたり、酷いときは処刑されることもある。
残念ながら謂れのない罪でそんな罰を与えられるなんてまっぴらごめんだ。
「殿下。私の罪と仰いましたが私には身に覚えがございません」
「ふん、この期に及んで白を切るとはな。
こちらには証拠もあれば証人だって居るんだぞ」
そう言いながら王子がさっと手を挙げると周囲の人垣から見覚えのある人物が数人と、見知らぬ人が数人出てきた。
見覚えのある方は騎士団長の息子に宰相の息子。あとあっちは辺境伯の息子ね。
それと男爵家の少女がその身に似合わない豪華なドレスを着てなぜか王子に寄り添うように立てば、王子もその腰に手を回していた。
もっとも、その少女は王子とファーストダンスを踊っていたのだからここにいる誰もが知っている存在だ。
(ふむ。こうして見ると正に戯曲のままって感じね)
「ドミニク様にケント様にフリッツ様とは随分と錚々たるメンツですね。
それとそちらは確かパッパラパー令嬢でしたでしょうか」
「パ、パラップよ!」
「これは失礼致しました」
「ふんっ。いつまでそうやって偉そうにしていられるかしらね!」
わざと名前を間違えては優雅にかつ下品にならない程度に謝罪すると随分と上から目線の返事が返って来た。
かと思えば王子に縋りついて猫なで声を出し始めた。
「殿下~。あの女はいつもああやって私を馬鹿にしてくるのよ」
「おぉ、よしよし。大丈夫だ。あいつは私がすぐに懲らしめてやるからな」
「そうだぞ。俺達がそばに居るんだ。これ以上は好き勝手させないさ」
「彼女の天下も今日限り」
「明日には俺のところにあるオンボロ修道院送りにするのもいいな」
ふむ、何というか面白いくらいに周りの男どもがデレデレだ。
これも戯曲の通りって感じね。
それとフリッツ様は自分の所の恥部を胸を張って宣言するとか頭は大丈夫なのかしら。
「えっと、それで殿下。私の罪についてご説明頂いてもよろしいですか?」
「ほぉ自ら首を締められに来るとは見上げた根性だ。
良いだろう。その耳を良く開いて聞くがいい。
まず一つ。
貴様はパラップ嬢と学内ですれ違う度にねちねちと悪態をつき、時には厳しくしかりつけ続けたそうだな。
これについては彼女本人からの陳情だけでなく学内の多くの者が聞いているし私も何度か見かけているので間違いない」
「厳しくしかりつけていたのは事実ですね」
なにせ婚約者の居る男子に対して過度に接触を繰り返しておりましたから。
あの調子ですと早晩背中を刺されても不思議ではないわ。
そうならない様に適切な距離を取るようにと何度もお伝えしていたのですが、やはり正しく伝わっていなかったのか。
残念で仕方がない。
「続いて今年に入ってから計7回。彼女の教科書やノートを破いたり焼却炉の中に投げ捨てたりしていたそうだな。破られたドレスの切れ端だって残っているんだぞ」
「……それは全く身に覚えがございませんが」
「嘘をつくな。ちゃんとそちらに現場を見たという者がいる!」
そう言って指さされたのは見知らぬ生徒たち。
一人はよく分からない赤い布の切れ端を持っている。
「私あの人が放課後にパラップさんの教科書を破り捨ててるのを見ました!」
「俺はあの人が焼却炉の中にまだ半分も使ってないノートを投げ込んでるのを見たぞ」
「俺も見た」
「私もよ」
「これがあの人が破いたドレスの成れの果てよ」
彼らは突然留め金が外れたかのように口々に発言しだした。
あとそのドレスは子供用?にしても布の量が少なすぎるけど。
そしてまったく事実無根なのだけど、気になることがひとつある。
「あなた方は何で私の事を判断していたのかしら」
「「え?」」
自分で言うのもあれだけど、私は特別目立つ容姿はしていない。
身長も女子の中では平均だし髪は栗色のストレート。胸だってそれなりだ。
学生会の副会長を務めているけれど主に前に立つのは会長の王子で私は裏方だし私が活動しているところを見たことの無い人も多いだろう。
そりゃあ王子の婚約者で公爵令嬢なのだから何かのパーティーの際に着飾った私を見たことはあるだろうけど、普段の私は似た女性を探してこいと言われたら学内に5人は見つけられる。それくらいぱっと見の特徴がない。
そんな私を遠目から見て判別できるのだとしたら彼らの鑑定眼を褒めてあげても良い。
でも途端に目を泳がせたところを見ると自信が無いのかただの嘘かのどちらかね。
問い詰めてあげても良いのだけど、それには王子が邪魔か。
「ええい。煙に巻こうとしても無駄だ。
お前の罪はそんな間接的なものだけじゃなく、日に日にエスカレートし、挙句の果てには一昨日、階段から彼女の背中を押して突き落としたそうじゃないか。
その時たまたま階下からドミニクが上がって来たところで、ぎりぎりのところで受け止められたから良かったものの、一歩間違えば大怪我をしていたんだぞ!
大方彼女が私達と仲良くしていることに嫉妬したのだろう」
それも身に覚えはない。
というかだ。
「その階段から突き落とした犯人が私だとどうやって判断したのですか?
背中を押されたという事は、もちろん彼女自身は私の姿は見ていないのでしょう?
流石にそんな犯罪行為を衆人環視のもとにやるとも思えませんが」
「それは……」
「わ、私が突き落とされた直後に後ろからあなたの嘲笑が聞こえたのです!
それに慌てて犯人を追おうとしたドミニク様が走り去るあなたの後ろ姿を見ていますわ」
「一瞬チラッとだが確かに君らしき後ろ姿だった」
繰り返しになるが私の後ろ姿はそれ程特徴的ではない。
ドミニク様なら確かに私の姿を間近で何度も見ているから、今回もじっと見られたというのであれば信頼できるかもしれないが、チラ見ではちょっと……。
まあいいか。
「それで他には?」
「ん?いや。聞いていたのは以上だ。だがこれだけの悪事があればお前を断罪するのに十分だろう」
「そ、そうですか」
それを聞いた周囲の反応は微妙だ。
白熱して盛り上がっているのは王子達だけ。
どうしよう。これ本当のこと言ってしまってもいいのかな。
「殿下。婚約破棄の件は確かに承りました。
既に陛下並びに私の父にも報告が飛んでいることでしょう」
「ふっ。ではお前は自分の罪を認めるというのだな」
「問題はそこなのです」
「なに?」
「殿下の仰る罪とはどれほどの重さのものなのでしょうか」
「どういう意味だ」
ここまで言っても気付かないか。
取り巻きも含めてこんなに馬鹿だったかしら。
「例えば。
学園祭の折にとある商会から賄賂を受け取り不正に販売業者を変更した事に比べたらどうでしょう」
「なっ」
「そんな不正行為はもちろん重罪だ。比べるべくもない。
不正の内容に合わせた重い罰金刑だな」
多少の賄賂や上納金は犯罪ではない。けれど自分の権限を越えて不正に業者を変更したとなると重い罪になる。
今年の学園祭のその辺りの責任者は私だ。提出しておいてと渡した書類が何者かによってすり替えられていたのは記憶に新しい。
心当たりがあるらしい宰相の息子が顔色を変えてるけど今は気にしない。
「他にも指導してやると言っては下級生を校舎裏に連れ出し、複数人で暴行を加えた挙句、全治半年の大怪我を負わせた者や、同じ領地出身で身分が下の者を奴隷のように踏みにじっては悦に浸っている者についてはどうでしょう?」
「そんな者、貴族としてあるまじき者だ。見つけ次第投獄すべきだ」
「で、殿下」
「そこまでしなくても」
私の質問を聞いて、だんだん王子の周りの人間の勢いが無くなって来てるけど、その事にすら王子とあとパッパラパーは気付いていない。
「では最後に。
この国でも過去に何度か、既に婚約者がいる男性にアプローチを掛けて寝取ることに成功した女性が、後日そのことを罪に問われて罰せられたことがあるのはご存じですか?
またその罰の内容についても知っておられますか?」
「ん?ああ。そういえば先日、戯曲の後日談ということで聞いたことがあるな。
確か身分の低い方の人物、これは男性でも女性でもそうらしい、が罪に問われ、男性ならナニを切り落とされて国外追放。女性なら最下級の娼婦として気が狂うまで働かされたそうだな」
「ヒィっ!!」
「だが安心しろ。私とパラップ嬢ならそんな事にはならん。
なにせ私はこの国の王子だからな!はっはっは」
あの。
王子の腕の中で今にも気を失いそうな顔をしてますけど。
むしろ王子が捕まえてるせいで逃げ出す事すら出来なくて哀れね。
まあ自業自得でしょう。
「それで王子。私の犯した罪に対する罰はどのくらいだと考えられますか?
罰金でしょうか、投獄でしょうか。それとも国外追放か娼館行きですか?」
「んん?いや待て待て。
お前のしたことなど過剰かもしれないが嫌がらせの域を出ていない。
階段から突き落としたのも幸い未遂で終わった訳だし、最悪慰謝料を幾らか払って謝罪すればいいんじゃない、か?あ、あれ?」
どうやら自分で言っててやっと気づいたらしい。
だけど時すでに遅しだ。
俄かに会場の外が騒がしくなってきたのは陛下か公爵家からの使者が来たからだろう。
ならばこの後はその方々にお任せして私は退散しましょうね。
「では後日改めて謝罪に参ります。
あ、そうそう。
もし今回の話で虚偽の報告をしていた者が居れば後日罪に問われますから覚悟しておきなさい。
少なくとも今こうして前に出てきているあなた方の顔は覚えましたからね」
「「ひぃぃっ」」
声にならない悲鳴が聞こえたけど知らない。
彼らの自業自得だ。
さて、と。
晴れて自由の身になってしまったけど明日からどうしようかしらね。
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